抱かれる梅
皆が祭りからの帰路に就く夜の街。人の流れとは逆方向に、高杉と歩く。 花の市やら盆踊りやら、催し物はとっくに終わってしまったようだが出店はまだまだ賑わっている。 「なあんで平日にやるんだろね」 「鬼兵隊のシマだからな」 「はあーん?またまたあ。 …マジで?その辺のかき氷屋とか?焼きそば屋とか?マジで?!」 「な訳ねえだろ。…そりゃ勤め人は来づらいだろうが。どうだろうな。結局これだけ賑わうだろ。謂れとか、何かに忠実なんだろうな」 祭りの匂いは何処から来るのか。 出店の煙、炭、人々の汗、香料。 楽しい思い出もそうではないことも、全て一緒くたになって優しい渋さが出来上がるのかも知れない。 今夜は珍しく、約束を踏まえての逢瀬だ。 夜空の下に提灯と出店の灯りが並ぶ。光同士が滲んでぼやけて、永遠に続く夢の中みたいだ。 祭りそのものが見れなくたって幸せだ。この道をのほほんと2人で歩ける、それで満足だった。 それに、今夜は重大なプライベート任務がある。 皆様方の御好意を振り払って来たのかも知れない。そう思うと優越感ににんまりした。 隊で夕飯は食べてきたと言う。それならと自分だけ食べたいものを順に買ってはどんどん食べた。いま散財せずしていつするってんだ。 高杉はと言うと、酒屋の出店で買った冷酒の小瓶に直接口を付けてちびちびと飲んでは、それだけで嬉しそうにしていた。 俺フランクフルト買うけど。おう、行ってこい。 綿菓子どうよ。さっき林檎飴買ってやっただろう。…あれは後で大事に食うからさ。 かき氷要る?いや、いい。 やはり気になるから幾度か誘ってみたが気のない返事。 それでも、ひとすくいの氷を口元に向けると素直に啜って「あまい」と呟いていた。 道端に座り込みお喋りに興じる少女たち。崩れた浴衣から軽やかな若さが伺える。 「…みっともねえな。着付け、直してやりてえ」 「怖いお兄さんがいますね。着物崩れてるぞ、そこの影で直してあげよう。…って怖いわ」 「ククッ。やめとくぜ」 「あ、そこのちょっと低杉お兄さん。帯が緩んで…ないけど銀さんがホテルに一緒に入ってあげよう」 「うるせえ」 危ないお兄さん2人は歩くうちに夜も残る蒸し暑さに辟易し、結局ご休憩2時間コースを利用した。 かぶき町からそう距離はないのだが、この町はあまり知らない。 一度だけ荷運びの仕事で来たが、肉と寿司どちらに報酬を化けさせるか揉めたりで町並みに目を向ける余裕なんて皆無だった。 こうして訪れてみると、かつての花街の香りを色濃く残していて風情がある。祭りで賑わう通りから狭い路地に踏み込むと、如何にも高杉が好きそうな空気だった。 これはもしやと期待すると案の定。建物自体は古い作りながら、照明等で今風に設え直された所謂和風ラブホテルを見つけた。 一見すると料亭に見えるが、石垣に嵌め込まれた料金表でそれと分かる。さぞやお高いのでしょうと身構えれば、休憩コースならこちらの手持ちでも足りる値段だった。 2人でにやりと顔を見合わせ、垂れ下がるシュロの葉の向こうに覗く木戸を開けた。 部屋はシンプルな和室だった。それらしい設備と言えば、畳の上にフラットなダブルベッド。 それと、ラブホテルにしては随分そっけない気もするが、現代風の広い浴室。 部屋に入るなり、雰囲気作りに一役買っている古い木机で隠れた小窓を開け、満足そうに一服する姿が可愛いと思った。 その背後から窓の隙間を覗くと、街の灯りが白く夜空に滲んでいる。 星は見えないが、雨が降ることもなさそうだ。 「暑かったな」 「ああ、うん。でもさあ昨夜はちょっと冷えたよね。いつもの甚平がちょっと寒くてよお。 朝とかちっと腹痛かったわ」 こちらの言葉に頷きながら高杉は帯を解く。綻ぶ着物の合わせから甘く香った。 「なに、それ。今日の香水?なに?」 「馬鹿でも分かるのか?フン、嬉しいもんだ。 これは梅。の、練り。 なかなか良い品なんだぜ」 「ふうん」 聞いても良く分からん。けれど何となく気になるからたまに聞く。 特にがっつくつもりもなかったが何となくその身体を見つめてしまった。 顔から首、胸元は変わらないように思うが、足の甲に薄っすらと草履形の日焼けが出来ている。 夏だもんな。こいつも普通に人間なんだよな、と変に感心してしまった。 綺麗に切り揃えられた足の爪。少し長い中指の形が好きだ。 と、こちらの目線に気付き、高杉は脱ぎかけた着物を引っ掛けて風呂場へ消えた。 いくら慣れた関係でも堂々とされすぎると萎えるよな、と話したのは誰とだったか。 流石の高杉くんは良く分かってらっしゃる。 水音を聞きながら自分も着物を脱ぐ。すると懐からぽろりと零れ落ちる林檎飴。 忘れてた、さっき出店で高杉が買ってくれたやつ。いつ食べるのが一番良いかなあ、舐めて待とうかなあ。 舐めて…あ。せっかくラブホなんだからぼおっとしてる場合じゃなかった。待って、ちょ、待って待って。 急いでインナーも脱ぎ捨て浴室を開けた。 湯気の立つ広い浴室には、浴室いすに座り泡にまみれる背中があった。 「あ?」 振り向く顔は額が露わ、髪は洗った後だろう。 外での楽しみは何といってもこれだ、一緒に広々と楽しめる風呂。 「洗ってやろうか」 後ろから薄い腹に腕を回し抱き着くと押し退けられた。 「良いから手前の体をまず洗え」 …ちょっと酷いと思う。 シャワーの位置をずらして蛇口を捻り、立ったまま浴びる。...