雨に願う

友人が帰ってしばらく後、どんより雨空ながらも一応の朝の光に急かされて目覚めた。 「ん…。いま何時?」 「おはよ、あいつ帰ったよ。今ねえ、えっ7時。…ハイおやすみ」 「待て待て待て。俺夕方からバイトだからさ、ほどほどに起こして。…おやすみ」 「ちょ、そんなら1回シャワー浴びようよ」 「いやほんと無理、俺は眠ってしまったのだった…」 「晋助ケムリは?ずっと我慢してたでしょ、ほら、はい。おあがりよ」 1本吸えば、シャワーに行くくらいの元気は出るんでしょ? デスクの隅からタバコの箱を指先で何とか引き寄せ、1本取り出しお寝ぼけさんの口にぷすりと差し込む。 灰皿も取ってきて、どこの甲斐甲斐しい彼女なんだか。俺はジッポ使えないから自分で点けてね。 間近で吸われると煙がキツいのでベランダ全開。男祭り明けのショボ目の先には、重い雲と、しとしと雨。 友人は、雨に降られる前に帰り着けただろうか。 喫煙者における長い我慢の後のタバコは効果てきめんな切り替えスイッチ、と晋助と付き合ってから初めて知った。 俺はツルピカの肺で死にたいので絶対吸わないけどね。 晋助の機嫌がその前より悪くなる事は絶対に無いのでつい吸わせてしまうが、それ程ヤバい物って事で。 けだるい様子で煙を燻らせるほっそりした背中は、部屋着の赤いシャツを纏っている。くったりしていて今やほとんどえんじ色である。 部屋でよく着ているから以前「お気に入りだったの」と尋ねたら、「高校の頃よく着てた」との事。 ん?「私服校だったんだっけ?」と重ねて聞くと、言いにくそうに「いや…学ランの中に着てた」そうで。 晋助にしてはセンスのない冗談だ。 いや流石におかしいでしょ、そんな奴いないって。笑ったらちょっと不機嫌になってしまった。 本当にそうだとしたら校則破りにも程がある。 でも、例え妙に目立つ格好をしていたとしても、同じ校舎で当時の晋助と話してみたかった。 ぼーっとしながら1本吸い終わると晋助は大人しくシャワーへ向かった。 奴の指に挟まれ、赤い唇に細く煙を運んでいる間はあんなに素敵な物に見えるのに。 くしゃと火が消され彼から離れると、やっぱりただの吸い殻だ。 ざあざあとシャワーの音が聞こえてくる。 最初にするのは日曜と決めていたのに、俺たちはまだ最後まで出来てない。 晋助がしているらしい1人遊びについて、何となくは知っている。 どの位の頻度で、いつから、かは知らない。 物凄く気持ち良いとはネットから得た情報。俺もお年頃だし気にはなるけど、実際にすると考えるととんでもなく怖い。 あいつ…よくそんな事出来たな。 時に意外と行動力がある男で、感心してしまう。 あぁー。 1人で小さく呟いてごろりとベッドに寝転がる。 壁際のチェストの上には図書館の本が数冊。 手に取りめくってみると普通に面白い。けどこれについてあれこれ考えて何か書けなんて俺には到底無理な話だ。 違う勉強してんだな、とよく分からない納得。 手の爪は昨日バイト前にきっちり切りました。 切りたてじゃないからトゲトゲもしていない。これで安心して触れられる。取り敢えず、指は。 日常生活の中での自然研磨、と教えてくれたのは何故か国語の教師だった。記憶違いかな。 前にもこの部屋で晋助が借りてきた本を手に取り、自分の爪を確認した。今とは違う本だった。 晋助の本に触れたあと、彼自身に触れるまでは出来るのに、ね。 自分の指と穴を濡らし、小さな穴の中を慎重に解した夜の事だ。 女の子のより硬くてきついなと思った。 ごめんね…心の中で呟きながら晋助の顔を見ると真っ赤で、目をきつく瞑っている。 男にされる男の子って何でこんなにいやらしいんだろうと思った。それとも晋助限定なのかしらん。俺のズボンの中はぱんぱんに苦しかった。 「晋助…、晋助。大丈夫?」 「ん…」 大きく息を吐く裸の背骨が綺麗だ。 ベッドにうつ伏せて腰だけ上げた姿勢から赤い顔でこちらを見遣る様子が、電車でおじさんに触られていた時の姿を思い出させた。 中を弄る手を止めてゆっくり背中を撫でてやった。背中、腰、腹、胸。どこも熱い。 肌は風呂上がりの湿り気に加えて薄っすらと汗が滲み、しなやかなビロードのようだ。 胸元を撫でながらそっと突起に触れると、びくりと体が震えた。 そんな自分の反応に驚いた顔をする晋助と目が合う。 「あ、あ、ぎん…」 その目には怯えが潜んでいて、急に可哀想になった。 それで、何となく続けられなくなってしまったのだ。 しかし穴の中に指は入れたままで、急には俺も止まれない。 その体に自分の体を寄せて抱き締め、腰を擦り付け、そのまま。 「ごめん…いっちゃった…」 かっこ悪すぎる。 俺だけ履いたままのパンツの中が気持ち悪かった。 呆然としていた晋助は微笑った。 銀時が苦い気持ちにしょんぼりしている頃、高杉は浴室で同じ場面を別の思いで反芻していた。 壁に背を向け頭のてっぺんから湯を浴びつつ、くすりと思い出し笑いをしてしまう。 いい加減、最後までしてみたいなあ。 確かに、そういった意味でもって男に体を明け渡す事は想像を絶する恥ずかしさだった。 それでもやっぱり銀時で良かった。 遠慮なんか要らないのに。 あれから銀時は俺に触るのを我慢している様だ。...

January 11, 2017

高杉君の判定勝ち

スローセックスしてみよう。 昔使った技について考え出したらもう我慢できなくて、俺は微妙な嘘をついた。 高杉は、語りに流されやすい。 作戦名とか目的とか、尤もらしく話してやると、真偽はともかく話は聞いてくれる。 結局は良い奴なんだよな。 って本人に言ったらこちらの分が悪くなるので口が裂けても言えない。俺だけが知っている攻略法だ。 入るのが遅かれ早かれ、墓まで持って行くと、誓います。 「焦らして焦らして、溜めまくった後に出すの超気持ち良いだろ。今夜はさあ、そんなプレイを全力で推したいの」 更に言うと、俺にも長年溜めまくったものがあってだな。 顔見ちゃうと自信無いから、お茶を入れながら話した。案外すらすらいけたと思う。 何でも無いときの俺、どんな話し方してたっけとか考えながら。 高杉はソファに座り新聞をめくっていた。 目の前に湯呑みを置いてあげると、こくりと頷かれた。どういたしまして。 そうして高杉は、ふうん、と呟いた。 まだか、もう良いだろう。俺にやらせろよ。 やはりぶつくさ言い始めるのをああだこうだと宥めすかし、まずまず作戦は順調だ。 高杉は自分の腕の中に顔を埋め、良い子で時折ヒンヒン小さく鳴いている。 「大丈夫、分かる…俺たぶん分かるよ」 お尻は分かんないけど。 「ジリジリされるの苦し気持ちい、でしょ?ねえ、こういう攻め方、今度俺にもしてね…」 とでも言っとけばどうにかなるでしょうよ。 「ハハ。け、つ…ちゃんと洗えよ」 ええー、そっちか。 「ゆっくり虐められるお馬さんが良いかなあ」 「任せとけ…。銀時、はっ、辛い」 小さく笑った後、高杉は苦しそうな顔をした。 握った手が震えている。俺が言い付けたセルフ禁止を守っているのだ。 苦しいね、焦れったいね。 でもそれが醍醐味な訳だから。じっくり楽しもうぜの回だから、ね。 「そういうアレだから、大丈夫大丈夫。その感じこそ楽しまないとね」 新し物好きを上手く刺激すれば、割と何でもノってくれる男だ。 近年ますます磨きの掛かった銀さんの口八丁をもってすれば打率は悪くない。 正直まだ悩んでいる。どうしてもやってみたいが怒られて信用を失うのも嫌なんだよなあ。 そうね、もうちょい頭も蕩けさせてからだね。 「足すね」 充分潤ってるけどローション追加。 お尻の割れ目が始まる窪みを目掛け、容器から直接垂らす。 ぬる、ぶりゅりゅ、と絞り出されたローションは液溜まりを作った後、重力に従いゆっくり流れていく。 おっと、垂れる垂れる。 本当は身体とか、それこそ穴以外は全然触らない方がそれっぽいかなって控えてたけど、致し方ない。 流れに沿って指先でローションを伸ばすと、埋めたままの方の指がぎゅうっと締め付けられた。 高杉くん、これはマズイね。 指ずぼずぼしたい背骨舐め上げたい後ろから両手で細い首を包んで圧迫して苦しそうな顔させたい。…のを我慢して指をぬるうり、中から引き出し奥へ送り込む。 「ひっ、んぁ。ツベテ」 あらら、取り繕っちゃって。うんうん冷たいねごめんね。 腰回りの筋肉が細かく緊張するのが分かった。 「こっからだんだん強くしてくから。ゆっくりだったから刺激強いかも…。痛かったら言えよ」 「はあ、っは。至れり尽くせりだな」 嬉しそうね。 「気持ちい?」 「大したもんだ」 この調子だ。随分ご機嫌らしい。 「俺も何か、覚えて来ねえとな」 すっかり信じちゃって馬鹿な子。 では腰を高く上げましょうか。 足の付け根に沿って中心から外側に向け撫でると、高杉は自分で腰を上げた。お利口さん。 念のため両手、特に人差し指を重点的に再度ローションたっぷり。これを組んで、人差し指をピンと立てて、ああ1本ずつにするから許してくれ、穴の位置確認、指の爪オーケー、中の潤い絶好調。 行くぜ。 ぐぢゅっ。 「はっ」 ぐっ、と第一関節まで入れると、上も下も高杉の口は可愛く鳴いた。 ごめん、ごめんね。 「カンチョー!!!」 俺は目を閉じ叫んだ。 人差し指はスムーズに突き進み、組んでいる残りの指たちがごつりと肌にぶつかって止まった。 「いぁぁあーーーっ!!!」 少し低くはなったけれど、高杉の悲鳴はあの日とほとんど同じに聞こえた。 違いはと言うと、甘ったれた響きが混じっている事だ。 お前、痛いだけじゃ、無いだろ。 胸が隅々まで潤うのを感じた。...

January 4, 2017

厄にまみれて理想郷

お前の様に剥きたてを拵えるのが出来ないから、瑞々しいものを持って行こう。 屋敷に届いた木箱を開けると、行儀良く並んだ桃の柔らかな輪郭。 二つ失敬して古紙で包み、紙袋に大切にしまって友人の家を訪ねる。 「ヅラァ!美味いもん貰った。剥いてくれ!」 廊下の奥に呼びかけると、小さな影がたすき掛けを外しつつ廊下の奥からやって来る。 「手の掛かる」 「立派な桃だぜ」 その後頭部で揺れる尻尾に触りたい。 「なあ、首や手がチクチクするんだ」 「桃の毛だな。手を洗おう」 受け取った紙袋は予想したより重かった。さぞかし立派な桃だろう。 寄り道するも思った以上の暑さに弱ったか。小さな編笠を外すと乱れた前髪と湿った額。 「暑いな」 ふふ、笑ってみせても無理しているのは分かっているぞ。ちょうど掃除も終わったところだ。 「浅く水風呂でも溜めようか」 「それだとお前が大変だ」 何だって? 「小川に行かねえか。網に入れて桃も冷やそうぜ」 そうして連れ立って家を出た。向かったのはふしぎ沼へ向かう途中の浅いせせらぎ。 よく考えると、この水は沼と繋がっているのかも知れない。方向からするに沼から流れ出ている筈だが、それだと沼には更に上流があるに違いない。 小川に水を流し続けるには、沼にだってまた水が必要だ。しかし沼はやはり沼で、何処から水が注ぎ込まれているのやら。 やっぱりふしぎ沼だ。 足を浸すと良い気持ち。 桂家から持ち出した竹籠に桃を並べる。流されない様に一抱えもある石で網を挟み、流れに浸した。 水に揺らぐ桃に、小さな妹たちの昼寝姿を覗き見る時の心地がした。 「もう冷えた?」 「せっかちを直せと何度言えば分かるんだ」 その続きは分かっていた。 「良い子にしていればもうすぐだ」 とは言えそう早く冷えるものか、と桂は思っていた。ああほら、良い着物が。 「脱いでしまえ。また喧嘩かと叱られるぞ」 不満そうだったが、自分の足元を見下ろしてから納得したようで、高杉は水から上がった。 「お前だけだから、泳いでも良いよな」 止めてもどうせ飛び込む気だろう。 桂は腕組みをして笑って見せた。 可愛らしい褌一丁になると、まだ夏も初めだからその肌は白いまま。 何故かサワガニの身を思い出して、桂はむしゃぶりつきたくなった。 「お前、それが濡れたらどうやって帰るんだ」 ノーパン、いやノーフンか。 呆れていると「冷えてるぜ!」と嬉しそうな声。 いや俺は。 言いかけるも、不服そうな顔に気付き口を噤んだ。 「よし」 こちらがぼんやりしている内に、褌も解いてしまった姿に少々面食らう。 「少しだけ、良いだろ」 歯を見せて笑い一度こちらを振り返ると、素っ裸で小川の流れに逆らいざぶざぶ進んで行く。 「間抜けな格好で。虫に刺されるぞ」 如何にも心配する兄貴分の声を出してみたが、本当は困るのだ。 その体に自分の素肌を寄り添わせ、撫でてみたいような気持ちになるから。 しかし「痛って、小石」等と呟きながら大股で歩く姿を見ると追わずに居られない。 せせらぎの音を聞くよりも、草の香りをおぼえた時に何故か、如何にも水が気持ち良さそうに感じた。 「待てと言うに」 言いながら自分も袴と着物を脱ぐ。濡れるだろうかと躊躇したが、屋敷に帰ったら洗って干せば良いだけなのだ。 やはり俺は晋助ほど自由にはなれないな。 ひとり苦笑し、桂は褌だけ残して水に入った。 こうして子供達がよく遊ぶので、小川のへりには丁度良く段々が出来ている。 草が踏み倒されて絨毯みたいだ、と桂は思っていた。 石垣にぽつぽつ並ぶどくだみの白い花が爽やかだ。 水に入るまでが、草花の生気と小川から蒸発する水で暑く感じた。 船を抜けるのに手間取ってしまった。 若い奴らに任せた結果、今夜は慣れない舶来ものを食わされたのだ。 脂ぎっていて旨くも何とも無い、と思ったが万斉とまた子が嬉しそうで文句も言えず。 既の所で口の中のさまざまを飲み込んだ。 外に出たら出たで今度はキセルの葉を忘れたことに気付く。 我慢出来ずにタバコを吸ってしまって、ちょっとした厄日だ。 キセルはまだ許すがタバコは好かん。そう言われているのだ。 さっさと風呂で匂いを落とそうか。いや出迎えも捨てがたい。 悩むのも馬鹿らしくなり、そうして高杉は縁側で静かに往来の声を聞いていた。 待ちぼうけに文句が幾つか溜まる頃。 月明かりから身を隠すようにして、裏庭の茂みをがさごそ言わせながら待ち人がやっと現れた。...

December 14, 2016

いつかきっとミード

館内は噂に違わず曲がりくねり、何処に続くか分からない。 所々に灯る電気は暗めのオレンジ色。まるで物語の世界だ。 しかし雰囲気作りに忠実か、単に予算不足なのか。一向に判別不能な宿とも言えた。 そう若くなくても構わない、むしろ大女将みたいな、笑顔の優しい仲居さん。銀時はイメージを大いに膨らませ期待していたが、部屋に通してくれたのは話し好きのおじさんだった。 まあこれはこれで。 「坊っちゃん達は学生さんかい。仲良しなんだねえ」 一瞬どきりとしたが、言葉に含みは無いようだ。星の数ほどに様々な形の幸せを出迎えては見送ってきたのだろう、落ち着いた思い遣りに感じた。 「あんた達ね、運が良いよ。明日になると外国のお客さんが沢山来て随分と賑やかになっちゃうからね。 ゆっくり、2人で格好つけて文豪の先生ごっこでもすると良いやね。 ほら窓開けてご覧なさい、良い部屋でしょう」 言われて窓に駆け寄る。 「魔法瓶にお湯が入ってますよ。ではごゆっくり」 思わず息を呑む銀時と高杉に自慢げな笑顔を向けると、おじさんは部屋を出て行った。 中庭に面した部屋は2人で泊まるには広すぎて勿体無いくらいだった。 山が近いと夕暮れが早い。もう空はうす紫をしていた。 よく手入れされた木々をぼんやり照らす、客室からのまばらな漏れ灯。 敷地内は起伏が激しい土地で、一帯には凸凹と怪しい影が折り重なっている。迷宮に迷い込んだみたいで少年心を大いに擽られた。 灯りを写す池の水がとろりと蜂蜜みたいに煌めき、うっとりするほど良いものに見えた。 「銀時」 名を呼ばれ、長いこと息を呑んで景色に見とれていたのに気付く。 「ラブラブバスターイム?」 うきうきと銀時が振り向くと、高杉はもう浴衣に着替え、半纏を羽織るところだった。 風呂に辿り着くまでにどうしても好奇心が勝ってしまう。寄り道するとまさに不思議のダンジョンだ。 古いビロード張りの赤絨毯を辿る。好奇心のままに階段を登り続けたら、終いには恐らくだが一等室に着いてしまった。 旧家の立派な日本家屋のような引き戸。瓦の出っ張り屋根まで付いて、違う建物に着いてしまったかと思うが、そこはまだ屋内だった。 表札まであるのに、と顔を見合わせながら文字を読むと「松の間」。 さてはお化…、と中から聞こえる客の笑い声の正体を勘繰ってしまう銀時だった。 「晋助、マイシャンとか持って来ないの?」 「…そこまで傍若無人じゃねえよ。あと俺ピースだから」 「あん?…マイセンじゃなくて、シャンプーのこと。つかそうだっけ。じゃなくて、お泊りセット的な」 「ぶ、女子力高い」 「おおおお前こそ!なんで?何で?何で適当にやってるのにそんな綺麗なの?」 「適当って訳じゃねえよ、健康なんだよ。芯が真っ直ぐだから」 「失礼しちゃう。…お、超立派」 充てがわれた部屋から風呂に辿り着くまで、15分も掛かっていた。 「広っ」 「おっぴろげだ」 脱衣所から藍染めの暖簾をくぐるといきなりの露天風呂だった。やはりと言うか、薄暗い。 敷地内には浴場が3つもあるらしく、その全てを制覇するのは今回の旅のミッションに数えられていた。 探検する内に普通の汗と冷や汗とどちらもかいた肌は少々驚いた。 終わりとは言えまだ半袖の季節だと言うのに夜風が冷たい。 寒い寒いと騒ぎながら超特急で身体を洗って湯船に入ると今度は湯が物凄く熱かった。 「熱う!なにこれ死ぬほど煮えたぎってない?」 「大げさ…っ、う」 天国と喜び飛び込んだ銀時だったので受けたダメージも絶大だ。 彼に比べると冷静に、それでも常よりは慌てた様子で湯に浸かった高杉も然り。 「っつぅぅ」 揃って思わず無言になる。 我慢比べが始まるかとも思われたが、本当にそれどころではなかった。 「ここここれは非常にマズイ」 「マズイな。10秒だけ数えよう」 そんな。 前屈みで固まる銀時をよそに、静かに肩まで浸かってしまう高杉。 いよいよ逃げられず、銀時も意を決して沈んだ。 「ぷ、ぷしゅー、ぐお、ふしゅうう」 「うるさい」 もはやカウントダウンもクソも無い。口を動かしていないと何処かに召されてしまいそうだった。 あれ、でも慣れてきた?気持ち良いかも。 肩の力を抜いたところでざあっと風が吹き、竹が大きく揺れる。 やはり洗い場の控え目な光だけでは心許ない。 暗くてよく分からないが、湯船が面する岩肌は高くそびえ立っているようだ。 見上げた先に何かがいたらどうしよう。例えば光る目。火の玉。余計な事を考えてしまい、銀時は湯に沈み直した。 「よし」 高杉の声に目を開けると、身体が良い具合に温まっていた。 両手で湯を掬い、顔と耳に掛けると気持ち良い。しょっぱい湯だ。 「お先に」 湯船からさっさと脱出する高杉は、その途中で銀時に向けて湯を跳ね上げるのを忘れなかった。 不意に掛けられるとやはり熱い。 「っ熱ゥゥゥ!バカヤロ!あっ、待って、俺もう無理かも、あっ、無理!」 「浴衣って良いもんだね。この分け目?が好き」...

November 22, 2016

井の中で交わす

目が合うと、下着を身に着けながらギンは頷く。 そこで股間に宛てがわれたタオルに気付き、情けなさで消え入りたくなった。 醒めた先こそ夢なら良かったのに。 彼の純粋な優しさとは理解するが、それにしても耐え難い羞恥。 俯き言葉を探していると頭を撫でられた。不思議と心地良い重みだった。 と、フロアから辰馬の笑い声が聞こえた気がした。 咄嗟に腕時計を覗くと終電の時間まであと10分である。 「ごめん、電車やばい」 ギンを押しのけ急いで服を着る。 今更だが、ここはスマホ類の使用、並びに腕時計の着用は禁止だった気がする。 見るとギンの手首にも時計が嵌ったままだ。知っている。自分の感覚で言うなら、ボーナスひと塊を叩くブランドだ。 今すぐゴミ箱に突っ込みたい気分だが、と、引っ掴んだタオルに途方に暮れた。 「貸して、大丈夫だから」 「悪い、ほんと、ごめん」 差し出される手に、素直に甘える事にする。 「来週も多分いるから。 俺ね、甘いモン大好きなの。スイーツ男子。 あとね、最近観た映画、原作ロングセラーのやつ。あれ超泣いた。でも本の方がやっぱ良いね。1人で観たけど。そうだな、あとどっちかって言うと山派」 彼の声を背中で聞きながら、最寄りの駅までの道順を脳内再生する。 一応頷いて見せているつもりだが、分かってくれるかどうか。 辰馬は。 良いか。 見当たらなきゃ勝手に帰るだろうし。 翌日の昼過ぎ、辰馬の社員寮がある駅で落ち合った。 秋晴れの空が爽やかすぎて昨夜の出来事が嘘みたいだ。 特に何をするでもなく、肩を並べ公園まで無言で歩く。 降りる駅が変わり、溜まり場がボロアパートから小奇麗な寮に変わっただけで、何年も手順は同じようなものだ。 こんな日もある。よくある。 「ムツ氏はどうだった」 「ほとんど一瞬やった…お恥ずかしい話ぜよ。鼻で笑われての」 小さく丸まる辰馬の背中をポンと叩く。 「ただ、言い訳ちゅうか、よお分からんがまた会おう言われたんよ。うふふ」 なんだ。 「お前ならやれると思ってた」 終わり良ければ全て。 元より俺に辰馬を笑う権利は無い。タオルは濡れてしまったんだから。 許してくれないギンが全て悪い、と主張させて貰おう。 喘ぎの途中で、したい、離してくれ頼む、と押した肩の感触を思い出した。それは熱くて滑らかな肌だった。 人間の記憶力は気まぐれだ。どうでも良い時に忘れたい事を思い出すんだから。 ああ良かった俺は言葉を無くしていなかった、と薄っすら苦笑もしたと思う。 「えっどうしよう、えっと、タオル敷こうか。本当に無理?行ってくる?」 戸惑った声を出しながらも落ち着いた対応に面食らった。 こんな場所だ。プレイとか何とかで日常茶飯事なのかもしれない。 当人としては情けなくて涙が出るが。 みっともなく縋るような顔だったであろう俺から何を汲んだのか、小さく笑った後に結局ギンは腰を揺すり続けた。 次第に目尻に熱いものを感じ、口も開きっぱなしで。本当にいま考えると、だが、やはり下からも出ていた。 「高杉には笑われるかと思うちょった」 うきうきした声で現実に引き戻される。 「おう。まだまだ俺ら、若手だしな」 「おん。ピチピチやから」 「今日はもう酒って気分じゃ無いよな。そうだなあ、風呂は?」 「磨こうかの。電車使うけんど、えいとこ、ウチの後輩から聞いたんよ」 出るのが随分と遅くなってしまった。彼は居るだろうか。 また件の店にやって来てしまった。 「君、先週ギンさんと一緒だった?」 フロア内を見渡すも姿の見えない彼の代わり、では決して無い、つもりだ。 ギンよりもう少し年上に見える男に声を掛けられた。 世の中、物好きは幾らでも。そこまで考えて自分を呪った。 何と恥ずかしい奴だ。 と言っても、ここにまたやってきた自分の思惑を辿ると、何も言えない。 「俺、元々そういうんじゃありませんよ、マジで」 それでもきっちりラベルを貼られても困るので、控え目に宣言しておく。 「ええ?残念。違うの?」 顰めっ面を飲み込み、手にしたジョッキを持ち上げ彼と軽く乾杯。 ジョッキを手渡してくれたのは、まだ学生の様な若い女性店員だった。 髪の色は暗め、はにかんだ笑顔が少々場違いで、それがなかなかに魅力的に見えた。 彼女がこの店で働き始めた経緯を想像しかけ、つまらなくなって止めた。 昨年、家業の手伝いをすると言って海辺の実家に帰ってしまった女を思い出したのだ。 絵描きの女だった。 好きだったが、 引き止められなかった。...

November 11, 2016