箱に下心

勝手にロボ編・前 依頼をスムーズにこなすためにはどうにも人手が足りなかった。 おまけに、埋めるべき穴とは天気の良い日ほど忌み嫌われるポジションだった訳で。 悩んだ挙句、銀時は禁断の手を使ったのだった。 万事屋を出た三人は、イベント会場である近所の公園に向かう。 準備万端、意気揚々。一行の姿は、いつもの万事屋に見えた。社長を名乗るには幾分か若い銀髪の侍、色白の美少女、それと。彼に関しては準備を「施された」が正しいだろう。あれの中身は可哀想なツッコミ少年か。 彼らを知る近所の人々は、笑って手を振り見送った。 中身は可哀想な…本当だろうか? 何と問われれば、道行く人々は着ぐるみと答えるだろう。 しかしこの着ぐるみ、ちょっと珍しいレトロなロボット型だ。 清清しいほどに段ボール箱だけで出来ていて、全体が直線的だ。潰した状態ではなくあくまで「段ボール箱」で全身が表現されている。 頭と思しき部分が一番大きい。それに比べ胴体に使われている段ボール箱は少しだけ小さく見える。手足は細長く、もちろん段ボール箱。 酷く簡単に作れそうだが、実は繋ぎ目の部分の処理が非情に難しいかも知れない。中の人間に求められるバランス感覚は、想像を絶するレベルかも知れない。そこには未知数の闇があるようにも見えた。 どちらにせよ、悪びれもせずに見る者を混乱に引きずり込む、万事屋渾身の作品であることは間違いない。 人々は思うだろう。斬新で間抜けで、どこか愛らしい。 「良いか、何があっても新八だっつって押し通すからな」 「でも被ってるからちょっと大きくても気にならないネ」 「被ってるからね。そうねサイズが…気にならないね、下から見ても。被ってて。ふ、っぶふ、あだっ」 一体何を考えたと言うのだろう。銀時の心に巣食う悪魔に、ささやかな天誅が下ったようだ。 休日の商店街は人が多い。目的地に向け、一行はおしゃべりをしながら進んだ。 ロボットは注目の的だったが、笑いかけてくる人々に手を振ったり「十時からゲンガトイ本日限定オープン!よろしくネ」と軽く宣伝をしたのは銀時と神楽で、本人は無言で歩き続けた。 ごす、ざす、がさ。 彼が歩く度に、素材が掠れ合う音だけはする。 ロボットらしいと言えばそうだ。 そうして三人は今日の仕事場に到着した。 大した報酬は望めないものの、単純に面白そうだったから受けたまでである。 広い公園を会場とし、百以上もの出店が集う。 骨董品(人によってはガラクタ屋だろう)、金継ぎ実演、採れたて野菜、即興似顔絵屋、コーヒー、若旦那の漬物屋…。 『かぶきもの市』 新緑映える季節に如何にも相応しい、和やかな催しだ。 「よお。また作り足したのか」 「おはよう銀の字。可愛いだろう。やあ、お前らも立派なロボット拵えたな。沢山呼び込んでくれよ」 『げんがとい』 黒ペンキで書かれた無骨な立て看板の後ろから、機械工風の男がぬうと立ち上がる。 ばしばしと背中を叩かれ、段ボールロボットは困ったように手を上下させた。 その様子に、近くの出店者の子らが寄ってくる。 物は気になるが店主が怖い。と思ったかは不明だが、どうにも近寄りがたい風情ではあったらしい。 「俺だけじゃあな。お前ら、今日はよろしく頼むぞ」 段ボールロボットは、おっかなびっくり、直方体の手で子どもたちの肩を叩いてみた。 果敢な少年が一人、ロボットの胴体を突付き返す。 ロボットはふざけて、いきなり両手を上げて見せた。 わーっ、と笑い声を上げ、子らは母親たちの店に戻って行った。 「また来るネー!」 「売れても売れなくても、うなぎ串くらいは買ってやる。あっちで見たぞ。確かに冬ものが一番だが、鰻はいつ食っても美味い」 「爺さん太っ腹アル!」 「神楽、ちゃんと持って来ただろうな」 「アイアイサー!」 神楽は、専用のベルトで斜めがけにしていた炊飯器を掲げて見せた。 源外の長机には、手のひらサイズのロボットがからりと並んでいた。 ロボットの背中にはこれまた小さなぜんまい。得意気な源外に促されて神楽がそれを回すと、ミニチュアロボットはぎいぎい言いながら白い手の上で足踏みをした。 「何に使うんだ?」 「最近の奴らは分かってねえな。これだけだから良いんだろうが」 銀時が別の個体を手に取りぜんまいを回すと、こちらはバチッと弾かれたように頭が数センチばかり伸び上がった。 「うおっ」 「それは当たりの卵割り機だ」 「銀ちゃん、これ欲しいアル!」 「そんならこっちはどうだ、ダニ起こし機。枕に当てて連打させると、何匹かは出てくる」 「…微妙アル」 段ボールロボットは、じいっと様子を見つめていた。 丸くくり抜かれた目には濃い色のサングラスのレンズがはめ込まれていて、その奥は窺い知れない。 だが、興味津々で覗き込んでいるように、見えた。 周囲にアナウンスが響き渡る。 『出店者の皆様にお知らせします。間もなく一般開場の時刻となります。笑顔を忘れずに、楽しい市にしましょう。繰り返します、間もなく…』 「俺はヘラヘラ手を振ってれば良いのか。ケムリ休憩は貰えんだろうな」 源外から一番遠い場所に立った段ボールロボットは、くぐもった声を出した。 何やら弱腰だが、ここまで来たらやり遂げて貰うしか選択肢は無い。 げんがとい、の出店位置は会場のちょうど真ん中辺りだ。公園の入り口の方は早速賑わい始めていた。 「ケムリ…そうね」 銀時は段ボールロボットの頭部を顔側にずらし、出来た隙間から手を突っ込む。 大切な回路か何かに傷を付けたら大変だ。指を軽く折り曲げ、そろそろと中身を探る。...

May 28, 2017

茶会

けものの明日4 高杉は、かつての仲間を訪ねる事にした。 部下と言っても、当時すでに妻子持ちだった男である。目まぐるしく二転三転する世情を押さえながら、よく冷静な意見をくれたものだ。 そうして立ち寄った湖のほとりの街には、涼やかな風が吹いていた。 訪ねた家は全体的に黒っぽく見えた。聞くと、柿渋で染めた、らしい。 「昔、隊で借りていたお家で、こんな所あったでしょう」 そう彼に言われても、とんと思い出せない。頭をひねったところで出てくるものもなく、彼の仕事を褒めるだけにしておいた。 ところどころ禿げてはいるが、屋内の漆塗りの柱も良い。 彼の子どもたちは既に成人して家を出たという話だった。家の中は静かである。 彼の女房と直に会うのはこれが初めてだ。 「その節は。ご亭主には感謝してもしきれません」 玄関で揃って出迎えてくれた夫婦には、まず深く礼をした。こういう時、何も言わないでもフクは一緒に挨拶してくれるようになっていた。この素直さのまま育ってくれると嬉しいのだが。 部下本人よりも、何故か彼女の方に会いたかったように思う。頭を上げるとちょうど二人も上げるところで、目が合うと女房は微笑んだ。 これが、あの頼れる男を支えていた女房か。 切れ長の目が、笑うとますます細くなる。きびきびとした立ち居振る舞いが美しい。頼り甲斐のある婦人だと思った。 茶道の心得がある女と聞いたことがあったが、今は街で師匠をしているそうだ。 実は楽しみにしていたのだ。これは良い機会、と彼女に申し入れると、快くフクへの稽古付けを承諾してくれた。 これが間違いだったのである。 屋敷で見せられた桂の手前を面白がってはいたが、そこはまだ子ども。改めて「授業」とされると耐えられなかったらしい。 女房に連れられ街の教室に入ると居並ぶ土地の少女たち。それは確かに驚いた事だろう。 見よう見まねで入室の作法を教わっていたが、いざ座敷に並んで座るタイミングになると「これは」と彼なりの判断があったらしい。 「少し散歩してきます」 教室を出たきり、フクはエスケープしてしまったらしいのだ。 女房から連絡を貰った時、高杉は亭主と差し向かいで昔話と土地の鮒鮨を肴に、のんびり昼間から酒盛りをしていた。 特段慌てなかった。 荷物を開き、取り出した竹製の電子手帳に電源を入れる。フクの背守を探索すると直ぐ見つかった。 本人に知れたら悪い結果が予想されるので、自分がこんな機器を使っていることは内緒だ。 画面を亭主に見せると、そこは材木の問屋街だという。 迷惑を掛けてしまったと女房に詫び、重い腰を上げた。 街を歩くのも良いものだ。 しかし、示された場所に立ってもフクの姿は見つからなかった。 大型の輸送船がぽつぽつと停まる通りである。家具を扱う店や、材に関する貼札と共に角材をずらりと並べる倉庫。 隙間に隠れてはいまいかと、店との間や物陰を覗くもやはり居ない。 七つの男児だが、と細かい端材を取り扱う店の店主に聞くと、笠を被った母親に連れられた子なら見たが後は分からないとの返答だった。 さてどうしたものかと懐を探るが煙管は無い。久しぶりに出る癖だ。 煙をせずに今までどうやって、と考えたが、そんな時はフクの頬を突付いていたのだった。 困った奴。 溜息をついてぼんやり周りを見渡すと、車止めの上に、見慣れた小さな上着が乗っていた。 フクは、女の子ばかりの空間から必死に逃げおおせたのも束の間、街外れの公園で懐から取り出した飴を舐めているところを捕まった。 「先生の弟子」を名乗る若い女だ。 「先生は怒ると怖いんですよ。頼まれてお迎えに来ましたよ」 心底驚いた。逃げ出した事は父の耳にも入り、教室で平謝りをしたらしい。 父様が…。背筋が凍った。 もう逃げ場が無いと流石に観念する。 「特に今日は、逃げてしまうなんて勿体無いですよ」 女の言うに、今日は特別で、皆は山に建つ庵に向かったという。 途中の小川で水を汲み、野の花を摘んで庵に生けるというのだ。 ほんの少し、心を動かされた。 堅苦しい座敷での授業は始めだけ、とどうして誰も教えてくれなかったのだろう、意地が悪い。 「向こうにはお父様もいらっしゃいますよ」 なんだ。 「じゃあ行きます」 フクは素直に、その若い女の後を付いて歩き出した。 おかしいと気付いたのは、歩く道が、よく手入れされた針葉樹の森から、倒木と広葉樹が入り乱れる密度の高い森に変わって道がどんどん細くなってきた頃だ。陽はもうこれから傾き始める時刻だった。 「まだですか?」 「もう少し」 「あの木の向こう?」 「そうね」 女の歩みは変わらない。 木戸先生の言う「奴ら」について、もっと父から聞いておけば良かった。 どんな顔をしているのか、着物は何色か。 背は高いのか、どんな武器を持っているのか…。 「お前は、自分の父様がしてきたことを知っているの」 引かれる先の手が強張っていることに気付き、初めて本当に怖いと思った。 恐る恐るその横顔を見上げるも頭巾の影で表情は見えない。 「父様は、優しい、よ」 しゃきん。 何処からか刃物の音がして女は早足を止めた。 ぐっ、と急に地面が遠くなる。 「お待ちどうだったな」...

May 21, 2017

へたなし奥さん

R18 桂の小屋を訪ねたがもぬけの殻。小屋だなんて呼んでいると知ったら、彼は怒ることだろう。 生暖かい春の夜である。 繁華街の外れにある墓地を通り過ぎ、ごちゃごちゃと古い商店が密集する小道を抜ける。崩れかけたような八百屋のオレンジ色の裸電球が、その小さな町の、終わりだった。 そこから先、二つ角を曲がると目当ての長屋が見えてくる。それなりに心持ちが変わるものだ。 けれど今夜の小屋には、光が無かった。 参ったな。 大して思っても居ないが、高杉は一応ため息を付いてみた。出直しか。 特別に持って出てきたものと言えば、右の袂に入れてきた替えの褌のみ。 これは無えよなあ。 お前はそうやって、いつも自分のことしか考えておらん。 高杉の周りの者に言わせると実際そんなことはないのだが、本人はそれなりに気にする部分があった。 今は不在の家主の言葉が、ぴしゃりと振ってくるようだ。 そっと戸に手を掛けてみたが、やはり開かない。 何もせずに帰るのも寂しく思い、一瞬迷ったが、結局合鍵を使った。 そのために持ってきたのだから、次の機会にと置いて帰るくらい許されるだろう。 小屋には彼の残り香があった。数時間で戻るのかもしれない。 待つ?俺が? 生憎そんな悠長なもんは御免こうむる。 窓から差し込む街灯のささやかな光を受け、小さなちゃぶ台が輝いていた。 座布団は、くたびれたのが二枚。しけてやがる。 窓に近い方は、チューリップのアップリケが縫い付けられていた。んなもん前からあっただろうか。 再び目線をずらした先で艶めくちゃぶ台の飴色に、喉の渇きを覚えた。 桂の小屋を出て、高杉はもと来た道を戻った。 ぽてぽて、と歩く。 他所の家から、湯気と石鹸の香りがした。 先程の八百屋はまだ開いていて、しかし全体的に傾いているように見えた。物理的にも、経営的にも。 店主の趣味みたいなもんだろうか。 例えば、ここの家族は土地持ち。今しがた通り過ぎてきた賃貸物件の、大家。 緩い風に揺れる裸電球につられ、何となく高杉も首を傾げて店内を覗き込んだ。 こんな時間に開けている物売りなんて、無駄に上乗せしているものだ。 細かく気にする質でも無いが、ふん、と小馬鹿にしてしまう。 ところがどうだ、並ぶ商品はなかなかに魅力的であった。 枇杷、白黒の葡萄、柑橘類、メロン。今の時分に良く採れる果物が良く分からなかったが、夜の商店街にしては驚くほどに、何でも揃っているように見えた。 「お兄さん、いい人にお土産、だあね」 掛けられた声に、商品を夢中で見つめていた自分に気付く。少し恥ずかしくなった。 六十代くらい。若々しく、洒落た爺さんだ。店の奥の暗がりから、人の良さそうな金縁眼鏡の男の姿が浮かび上がった。 仕立ての良いシャツを着ている。やはりこの店は土地持ちなのだ。 軽く会釈をして目を逸らした。 このまま船に帰るなら。この中で、また子がいちばん喜ぶものは何だろう。 「今日のおすすめね、いちご」 男が顎でしゃくった先には、化粧箱に行儀よく並んだ大粒の苺。別に何でも良い。 「それ、一箱」 買って出ることを考えると、途端にあのちゃぶ台に、似合う気がした。 洗ったらすぐ食べられる。 俺は喉が渇いているんだった。 人ってのは現金なものだ。 「苺は可愛い。俺は好きだ」 「そうかよ」 桂が丁寧に洗ってくれたのを、ちゃぶ台を囲んでつまんだ。 今日の桂は見るからに変態だ。 話には聞いていたが、こうして目の当たりにするのは初めてだった。 八百屋を出て再び長屋に向かうと、有り難いことに今度は中が明るかった。 高杉だって、少しは浮かれていたのだ。 警戒も忘れて迷わずカラカラと引き戸を開けると、そこには怪しく着飾った和装の女が二人。 思わず目頭を押さえてから再度目を上げると、何のことは無い、見知った者の仮装大会だった。 チューリップの席は、ペンギンのおっさんの席だったらしい。 気遣い無用と断ったが、身振り手振りでそこに座らせてくれた。良いから良いから。 よく合う女帯があったものだ。この人は、桂に優しすぎる。 あんたはどうするんだと申し訳なく思ったが、おもむろに立ち上がった彼は押し入れからもう一枚の座布団を引っ張り出してきて、それに座った。 「高杉にも、可愛いのを縫ってやろうと思っていたところだったんだが」 お尻をずらし、ペンギンのおっさんは自分が座る座布団を見せてくる。真ん中が擦り切れたままだ。 「俺のはな、人妻風の、薔薇!」 『かわいー!』 …貧乏くせえ。 思いつつ、二人が妙に楽しそうで、まあ良いかと思った。 ふん。鼻で笑って苺をもう一粒。 「アップリケとは奥が深いんだぞ。穴が塞げる程度に丸っこい形で、ほどほどに可愛くて、アイデンティティを主張できるものを選ぶんだ」 「…着替えてきたらどうだ」...

May 14, 2017

ぎん、ときしん

R18 「白夜叉と子供たちに、お土産どうぞでござる」 「これ神楽も好きだし、また子ちゃん喜ぶんじゃない」 船を出るとき、万事屋を出るとき。 何処かで聞いた台詞だと思うことが続いた。 そして気付いた。 俺は、どうやら伝書鳩でもさせられているらしい。 確信を持たせてくれたのは万斉だった。 それはつまり、彼が鳩の遣い手の片方ということである。 「今夜はかぶき町でござるかな」 夕飯は要らない、と伝えて出掛ける間際のことだ。首の動きだけで肯定を伝えると、白い紙袋を持たされた。 「そんなに気を遣わなくて、良いんだぜ」 まさか銀時の機嫌を気にしているのだろうか。お前は何も悪くねえんだぞ。少なくとも俺はそう思っていた。 そんな俺の野暮をよそに、万斉は唇だけで笑うのだった。 「今日、また子と出掛けたついでにな。子供たちもお好きだろう」 子供たち、も。あいつの印象が強過ぎて、人が甘味で喜ぶ度合いが分からなくなるのは頷ける。俺も時々そうだ。 「喜ぶさ。悪いな」 ありがたく受け取ると、心底満足そうな顔。 「お前は優しい奴だ」 サングラスの奥がきらりと光る。 いや、つい。 後悔するも遅かった。 「そうだろう」 さっと伸ばされた手で首筋を撫で上げられ、慌てて身体を引く。 じゃあな。言いながらそそくさと外に出た。 万事屋に着いてから中身を開けると、たっぷりのクリームと季節の果物が乗ったショートケーキが四つ。 子供たちを差し置き、銀時の歓声が一番大きかった。 俺は一口だけ。銀時が殆ど二個食べたことになる。 翌朝「また子ちゃんに」と持たされたのは風呂敷包みで、船に帰って開けると手のひら大の白いまんじゅうが四つ転がり出てきた。 一緒に確認したのは万斉と来島で、後から武市にもやって、残った四つ目はまた来島のものになった。 初めこそ甘いものの遣り取りだったが、いつしかそれに限らなくなった。 流石に毎回ではない。行きだけの日もあれば、逆に帰りだけの日もあった。 白夜叉と子供たちに、と口にするのが万斉。 銀時は必ず、また子ちゃんに、と言うのだった。 船から万事屋へ、今日の定期便は銀杏である。 今回の献上品を選んだのは、他でもないこの俺だ。と言っても貰い物だが。 「堅そうアル」 神楽は不思議そうな顔をした。 小さな白い手の上に乗った殻付きの銀杏。 どちらも同じくらい白くすべすべしていて、溶け合ってしまいそうに見えた。 坂本の差出人名で小包が届いたときは、皆が警戒した。 揺すると中からざらざらと妙な音が響く。しかし近頃は武器を頼んだ覚えもない。 親切で新型を贈ってくれたとも考えられるが、武器が収まる箱としては小さ過ぎる。 武市に桶一杯の水を持って来させ、下がってろ、と幹部以外の隊員は離した。 総督総督と心配してくれる声も嬉しかったが、何でもこの手でやらないと気の済まない性分なもので。 万斉はまな板、来島はフライパン。頭を守れ、の結果に各々が持ち出したのは何故か食堂のものだった。 後になって思えば妙な光景だが、大まじめだったのだ。 かく言う俺の装備は、万斉の予備のサングラスと圧力鍋。 皆が息を呑む中でガムテープを慎重に剥がした。 その中身が、季節外れの銀杏だったのだ。 『取引先から沢山もらいましたのでおすそ分けです。たつま』 同封は紙切れが一枚だけ。 その文章を読み上げると、一呼吸置いて隊員たちの吹き出す声が聞こえた。 「最悪ッス」 来島を除いて。 船の整備用の金槌を数本借りてきて、皆で殻を割るのは楽しかった。 「それじゃ指打つ。貸してみろ」 口うるさいかと我慢していたが、的確に引き金を引く来島の指は唯一無二だ。怪我でもされたら隊にとって大損失であるので、と心で言い訳をした後に声に出した。 「晋助様メッチャ早くないっスか」 「ああ、この繋ぎ目を狙うと一発だ」 言いながら新しい実を割って見せる。 ぱちん、と軽い音。 「さっきまでアタシの方が上手かったのに」 尖らせた唇は無意識か。近頃この娘は素直になった気がする。万斉は本当に素晴らしいプロデューサーらしい。 「年の功だろうな」 金髪頭にそっと手を伸ばし掛け、下ろした。 ほんの少し不機嫌な顔になってしまった彼女越しに、万斉と目が合う。 その生暖かい目をやめろ。 「晋助、拙者にも教えて」...

May 3, 2017

オプショントレーナー

公園で一服。 木製ベンチの、アーチ状の背もたれに沿って空を見上げていた。良い座り心地である。 これからの新しい世が、こんな椅子だらけになるって約束してくれるんなら、喜んで援助でも何でもしたい気分だ。 「ふんふんふーん」 どこかで聞き覚えのある低い声がハミングしている。空耳だろうか。否、きっと大正解。何と言っても、この街は彼の庭なのだ。 素知らぬふりで目を閉じたまま日差しに暖められていると、鼻歌はだんだん近付いてきた。のし、のし、と大きな足音も一緒だ。それがすぐ左隣に来た、と思ったところで、ぴたりと止んでしまう。 ゆっくり目を開けた。目に突き刺さってくる明るい水色、と、木漏れ日。 かつて左目があった場所、その奥底にも暖かな春を感じる気がした。 「ぶふうー」 それも束の間の感動で、視界はすぐに人影で覆われてしまう。人影どころか人そのものである。馴染みすぎてしまった、体温と匂い。 「…本物だよな」 「そっちこそ」 「新手のテロだとおっかねえ」 「銀さんのお、ハイテクサイバー攻撃、っつって」 酒の匂いがしないのを不思議に思った。ついでに血の匂いも無し。満点だ。 「退けよ」 「今ねえナノマシン注入中。もう、お前は俺の言いなり」 「残念だったな銀時、俺は抗体マシン入れてんのさ」 「知ってる?金色の闇ちゃん」 「うちの来島のほうが良いだろう」 覆い被さる身体が退く気配は、ない。話しながらずるずると下がっていくのが気になった。 「着物、ずれる」 互いの腰の獲物が変に引っかかり合っているのが邪魔だ。 「やっと捕まえたと思ったのにさ」 にあ。 小さな鳴き声がした。彼の足元からだ。 「そのまま出掛けるからってさ、今度はお守りなの」 み。にい、に。 「ま、追加請求も、良い感じにいけそうなんだわ」 万事屋として銀時が預かってきた子猫は、籠から出て定春と直接対峙しても全く臆さなかった。 むしろ怯えたのは定春の方だ。猫探しに駆り出されたは良いものの、専ら小回りの効く銀時の足としての活躍に徹したらしい。 はじめは見慣れぬ小さな生き物から距離を置いていたが、神楽の仲介のお陰ですぐ慣れた。 「よおし、よし。ピイちゃん、何か面白いこと覚えないかなア」 慎重に抱く神楽の腕の中で、子猫はチャイナ服の袖に短い爪を立てていた。 「こらあ、私の一張羅アル」 それでも小さな身体を潰してしまうのが心配なのか、神楽は自分の手では引き離せないのだ。全く、なんと目に優しい。 「文鳥みたいな名前付けるんだな」 小さな前脚をそっと布地の引っ掛かりから離し、抱き上げてみた。取らないでヨ、などの文句に内心身構えたが、神楽は何も言わなかった。 柔らかく長い毛をした三毛猫である。ソファに座って両手で脇下から持ち上げ、丸い瞳に目を合わせる。つやつやの煮豆がはまっているみたいだ。 み。小首を傾げ、小さな舌が自分の口周りを舐めた。 ついてきた新八と神楽が、背もたれの後ろから覗き込んでくる。 「神楽ちゃん、もう何号か分からないもんね」 「分かるアル!多分三十号くらい…でもピイちゃんアル。ピイって鳴くから」 「さて。そろそろ支度しねえとな。今日のスケジュール覚えてる人?」 俺は子守りならぬ猫守りだろうか。銀時の言葉に、思わず口元が緩んだ。 「あっ、今日のは行きたいアル。ピイちゃん…」 「う、僕もです」 名残惜しそうだが、神楽は張り切っている、ように見えた。 「じゃ頼んじゃおっかな。ヅラも来るってさ。まかない時間になったら銀さんに電話するように」 「仕事してない奴はだめアル」 「もう銀さんしてきましたあ」 「それもそうですよね、って幾松さん関係ないですけどね」 「でも優しいから普通においでって言ってくれそうアルな」 何だろう。少年少女が進んでやりたい手伝い。 「今日は何の仕事なんだ?」 「ラーメン屋さんです」「終わったらチャーハン食べ放題アル!」 「町内会のプチ打ち上げで、昼から大口らしいのよ」 勤労少年少女を見送ってしまうと、思いがけずあっという間に二人きりの時間が訪れた。 み。 そうか、三にん、か。 「せっかくだから、しとくか」 「猫にも躾するもんなのか」 「多少はね、必要らしいよ」 子猫を抱いたまま、横から銀時に抱かれる。 朝の仕事してきた?本当はまだまだラーメン屋の手伝い、できた訳だ。 「仕事が途切れなくて、景気が良いなあ」 「最近そうなの。春だからな。引っ越しとかはしんどい」 みい。み。 「餌は良いのか」 「銀さんもご飯欲しいもん…」...

March 26, 2017