若いと色々

万斉とまた子が引っ付いたようだ。 2人共、別段その前後で働きが落ちたでも無いから良しとして、高杉は見て見ぬふりを決め込んでいた。 言いたきゃそうしてくれれば良いし、もちろん言ってくれるなら喜んで祝福もしてやろう。 ただ面倒事だけは勘弁だと薄っすら思った。 もし今後の2人に何かあって喧嘩別れでもして隊内の雰囲気が悪くなったら…どちらかが隊を抜けると言い出したら…。 はたまたずっと仲睦まじくやってくれたとして、子供が出来たらまた子はすぐ休ませるべきだろう、無事に子育てが終わったら隊に戻ってくれるだろうか…。 ま、その時に考えりゃあ良いか。 過激派攘夷党の大将とは思えない程の高杉の意外な親心やおせっかいを知ってか知らずか、それなりに2人の仲は良く続いているようであった。 春の日に鬼兵隊の皆で花見をした。その頃には隊内でも何となく全員が察しており、ほとんど公認の空気になっていた。 高杉も初めに感じていた心配事などすっかり忘れ、手際よく準備をしてくれる2人を満足そうに見やったりしていた。 「少し酔っちまった」 人の輪から外れて寝転び、空を見上げこっそり夜桜を楽しんでいると、心配した2人がやってきて代わる代わる高杉を覗き込む。 大丈夫大丈夫、歩いて帰れるから迷惑かけねぇよ。そうだな、ちょっと水くれよ。 ふわりと舞い落ちる桜の花びらを前髪に受けながら赤い顔で微笑う高杉を、万斉とまた子は困ったように笑って見つめ返した。 この時の2人の目に欲が薄っすらと灯った事に、本人は全く気付かないのであった。 高杉は、以前は若気の至りか万斉に時々抱かれていたが流石にもうないだろうと一種の安堵を持って桂との逢瀬を楽しむ日々だった。 だが花見の夜から後、万斉は逢瀬帰りの高杉を良しとせず、また思い出したように高杉の部屋に来るようになった。 最初は戸惑ったが、どこか必死な様子で一晩に何度も強請ってくる万斉の姿を見るとつい許してしまう。 事実とは的外れな楽観さや優しさでもって受け入れてしまうのが高杉という男の意外な性質である。 些細な喧嘩でもしたのだろうか、仕事の憂さ晴らしだろうか、こんな無体を強いたい事も…男だしなァ、あるかもなァ、俺を身代わりとはいい度胸だぜ…しかし来島にこんな事されちゃ困るなァ。 俺で我慢しようってんなら、まぁ、仕方無ぇかなァ…。 茶屋で抱き合い別れたものの蕎麦で一杯をやりたくなったので、桂は家路の途中で方向を変え、高杉の船を訪ねた。 派は違えどお宅の高杉くんとはプライベートでは熱い思い出ほとばしる旧友の桂だ、と伝えると、門番は興味深そうに高杉の私室前に通してくれた。 しかし彼は襖に一度手をかけたものの一瞬動きを止めて不快そうな顔をした、ように見えた。 不思議に思いその様子を見つめていた桂を振り返ると、今は開けないほうが良いかも知れません、と早口で囁いた。 後は桂をそこに残したまま、彼は去ってしまったのだった。 逢瀬から船に戻った高杉が呑気に私室で煙管をふかしていると、久しぶりに万斉がやって来た。今日はもう疲れた、とやんわり伝えたものの万斉は引かない。 仕方ないから、早く終わってくれよと願いつつ「一回だけ、な」と受け入れてやった。 そんな夜に限ってだ。 最中にまた子が高杉の部屋を開けてしまったのだ。悲しい顔はさせたくなかったのに。妹分どころか娘みたいに思っていたのに。 ここに来てやっと事の重大さを感じ、己の楽観さに深く後悔した。 見るな、すまねェ…うわ言のように繰り返す高杉をよそに万斉は手を離さなかった。 「また子、いらっしゃいでござる。今夜こそ手伝ってみるか」 後ろから万斉にホールドされたまま、その言葉の衝撃のせいで何も行動を起こせなかった。 その間に襖を閉めて部屋に入ってきたまた子は頬を赤らめ高杉の正面に跪き、細い指を伸ばしてきた。 「な、ダメだ来島、悪かった、俺が。俺が、万斉を唆したんだ。それだけだ、もうしねぇ。信じてくれ」 辛うじて動く右手で小さな金髪頭を押しのけようとすると後ろの万斉に腰を深く抑え込まれて脱力した。そんな高杉にまた子は小さく微笑む。 「お目めが赤いっス、晋助様。大丈夫、また子しっかり練習したし、もうハタチなので本当に大人ッス。お願いです、一回だけで良いからさせてください」 「…っく。お、お前は自分の女に何をさせようとしてんだ。止めろ、止めさせろ、馬鹿、ばか」 自分を捉える非情な部下を振り返り、震える声で訴えるもサングラスの奥の瞳はらんらんと輝いている。 「晋助、拙者の大事なまた子の夢を叶えてやってくれ。お願いだ。ついでに拙者も物凄く興奮してるでござる」 こんなにぞっとする笑顔を見たのは初めてだ。絶句。頭おかしいんじゃないのか。怖い。若い奴って怖い。 パニックに陥る高杉をよそに、また子は小さな舌で高杉の中心を舐めた。びくりと腰が震える。こめかみと脇の下から冷や汗がだらだらと流れて来るのを感じる。後ろめたさで消え入りたかった。後ろから万斉の息が耳にかかってぞわりとする。かかったんじゃない、明らかな意図を持って注ぎ込まれたのだ。 「晋助…拙者のまた子は、可愛いだろう…?」 万斉は少しずつ腰を揺らし、頸動脈に沿って強く舌を這わせる。 その間にもまた子の舌はたどたどしくも全体を濡らし続け、遂に口の中にすっぽりと収めてしまった。 「離せ来島…ん、あっ。ふぁ…んん。っく…」 苦しそうだ、小さな口にそんなもの入れることないのに。可哀想に。ぼんやり思ったが体は言うことを聞かず、万斉の熱い舌の動きと、体の中心に収まりゆっくりと上下に動かされるものに対して素直に喘ぎ声を返すしか出来なかった。 酷い顔をしていることだろう。自然と目頭から流れるものを感じる。ついでに鼻からも少し。あぁ喉が、乾いた…。 このまま眠ってしまいたかったが、若い2人はまだまだ許してくれない。 「また子、そろそろしてみるか?」 万斉が低く囁くと、こくりと縦に揺れる金髪頭。働かない頭がそれでも何かを察して、高杉の目からいよいよ大粒の涙が流れ落ちた。 はにかみながら順にするりと着物を床に落とし、うっとりとした目で高杉を見つめながら腰を落としてくるまた子。 頬に白い両手を当てがい柔らかく口づけを一つ。いつの間にこんなに大人になってしまったのだろう。 どきりとするほど一丁前に大人の女の顔をして、自分の体に高杉のものをあてがい、飲み込んでいった。少女の体の中は熱く、キュッと良い締まりだった。 いよいよ言葉を失う高杉の胸元に万斉の手が伸び、両方の乳首をくすぐった。と思うと強めに指の腹で潰してくる。体の芯が震える。震えると体の中の万斉のものが弱い所に当たって更に強い震えを連れてくる。 「ん、晋助、様ァっ」 ぎこちないながらも自分で腰を上下に動かす姿がいじらしくて、あんなにいけないと思っていたのに、見つめてしまう。また子のテンポが早くなるにつれ、後ろの万斉もそれに合わせて下から突き上げてくる。 もう気持ちの良さは認めざるを得ない状況で、そう思う自分が浅ましくて。たくさんのピンに当って跳ね返って、いつまでもゴール出来ないピンボールのような気分だった。目の前がまた涙で滲んで、頭がくらくらした。 「そこまでだ」 突然、聴き馴染んだ凛とした声とともに襖がスパンと開けられる。 「貴様ら、何と破廉恥な。己が身の罪深さを知るが良い。行くぞ晋助、今夜は俺の部屋に来るんだ」 高杉は、少しずつ焦点が合ってきた目線の先に立つ桂の姿にいよいよ絶句した。 すかさずまた子が冷静さを手繰り寄せ、顔を上げて言い返す。 「…桂ァ。アタシ知ってたっス。喜んで聞いてたくせに。どうせ興奮してたんじゃないッスか」 顔から火が出るとはこのことだ。まさか襖の向こうで聞いていたのか?高杉は先程までの体の奥からの震えに加え、精神的に膝がガクガクしだすのを感じた。桂は無言でずんずんと目の前に進んでくる。こんな時でも姿勢が良い…。 また子を押しやり、高杉の前を陣取ってどすりと珍しくあぐらをかいた。全員が息を飲む中、当たり前のように高杉に口付けた。 それをしながら、高杉を挟み向かい合う万斉に向けてしてやったり顔を食らわせる。面白くない万斉はお前で終わらせるかと、再び腰を動かし始めた。桂も負けじと高杉の中心をしっかり握ると上下に擦りだす。舌を押し入れて文句も塞ぎ、あっという間にいかせてしまった。 「ヅラ、んむぅ。…は、や、いやだ…っん、むっ」 訳も分からないまま達し、恥ずかしいやら疲労困憊やらでとうとう高杉は気を失った。それを確認してから手早く後始末を行い浴衣を着せると、桂は高杉を背負って部屋を出て行った。毒にも薬にもならない捨て台詞を残して。...

August 7, 2016

咲かす梅

悪いな兄ちゃん、いつもバカの世話して貰っちゃって。 最近、時々そんな想いで高杉の褌に女物の香水をかけている。 高杉が万事屋から帰る朝。いつも身支度の前にシャワーを浴びるので、その隙にサっと拝借し内側にひと吹き。窓を開けて外の空気に軽く泳がせてから脱衣所に戻す。 風呂上り一番に身に着ける物に関しては、確かに嗅覚は上手く働かないかも知れない。 本人は気付かぬままにそれを身に付け出て行く。 短く別れを告げた後は、振り返らずに真っ直ぐ去って行く後ろ姿を見るのが無性に寂しい事がある。 奴の帰る場所は何やかんやで俺の懐、との自負はある。一応、いや当たり前だ。その筈なんだが。 そろそろ反撃してみても良いだろうと思っていた。 長らく俺は面白がりすぎた。 スパイスなんぞ無くとも愛しい事に変わりはない。 直近の逢瀬で数度試してはみたが、残念ながら状況はさほど変わらない様に思っていた。 今度の様子次第で次の手を考えよう。長期戦も辞さねえぞ俺は。と言ったところで具体案は特に無し…。 万事屋の社長椅子で1人、銀時が腕組みで難しい顔をしている頃。 高杉は真っ直ぐ船への帰路を歩いていた。これは彼にしては珍しい行動だった。 万事屋からの帰りは何となく物寂しくて、橋の上やら港場やらで一度のんびり煙管を蒸すのが常だが。 どうも最近、銀時の目が暗く光るように感じる。 「ほ。良い鈴を貰って帰ってきたものだな」 船に帰ると万斉の皮肉に迎え入れられた。何か具体的な物を指したのかと後ろめたい気がしたが、その筈はない。 風呂上がりにきちんと鏡で体を確認してきたのだ。何か、例えば赤い口吸いの跡なんかが残っているとしたら銀時の筈だ。 昨夜は大分ゆっくりとしたから、途中から意識は朦朧としていた。すぐ目の前にある肩口に唇を寄せた、と思う。しなやかに温い肌の感触は覚えている。 万斉の言葉は全て察した上での揶揄いだろうと思った。 笑って「本体が一級品だからな」と返し、彼の横を通り過ぎて自室に戻った。 隊内はちょうど朝食が済んだ後のようで、これから皆が動き出す活気があった。 「お前、仕事は」 「今日はあちらもこちらもオフでござる」 内心面倒に感じながらも自室を訪ねてきた万斉の相手をする。少し休んだら書を読みたかった。一人になりたかったのだ。 そろそろ本気で追い出すか、と膝上で甘える男をどかそうとしたら、何処からか甘い香りが漂った。 「万斉、香でも焚いたか?」 「…それはお主でござろう。ふむ、こうして嗅いでみると、首も、ふん、着物も、よく分からんが。ほ、腰から甘い香りがするような。 一体何の交渉だったのやら。花街にでも寄ってきたか?両刀と言うのは楽しみも倍で羨ましいものだ。この放蕩猫が」 随分な言い草だと思った。文句を言える身でもないのは重々承知だが、苛々した。 「偉そうな口を利くじゃねえか、え?」 穏やかに見下ろす姿勢から一変、その襟首を掴んで畳に押し付ける。睨み付けたが万斉はどこ吹く風。 「気付いていないのはお主だけでござる」 諭すように語り掛ける顔は笑っていたが、寂しげだった。思わず高杉は手を緩めた。 「そろそろ白夜叉の心を汲んでやれ」 起き上がり、万斉は両手で高杉の頬をそっと包んだ。額、包帯の無い方の裸の瞼、目尻、顎、口の端、と順に口付けを続け、迷ったがもう唇にはしなかった。 「何の話だ」 高杉には珍しく、本当に戸惑った顔を見せた。 「本当に気付いておらなんだか」 万斉が吹き出した。 「白夜叉のところから帰ってくるとすぐ分かるでござる。洗濯でもして貰って来るのか?その香りは洗剤か?お主、拙者は知らぬ甘い香りを纏っているぞ。 …今度奴に聞いてみると良い。拙者への言伝だというのは薄々感じていたが、何を使われているのやら。 それにしても今朝はよく香る。飼い主の顔がそこに見えるようだぞ」 思ってもみなかった事だ。万斉は本当に可笑しそうだった。 「本当は迷っていただろう。安心しろ、元より拙者は、お主の魂に惚れた身でござる。最後まで付いて行く。 …例えこれがあっても無くてもな」 笑って唇をとん、と長い指で叩かれた。 「それに、拙者も晋助から一人立ちせねばな」 目の前が真っ暗になった。最後まで付いて、なんて大嘘ではないか。それは、つまり。 「いやいや違うでござる。晋助には拙者の他にも優秀な部下がおろう。その、なんだ、今更隊内恋愛を禁ずるなど、ないだろう?大将」 はたと合点がいった。こいつも大概悪い男じゃねえか、笑ってしまう。 「仲良くしろよ」 立ち上がり、部屋を出かけた時。 「晋助、これを」 桐の小箱を差し出された。何だと思いながら受け取り、蓋を開けてみると中には青地焼の陶器の平たい壺。 更に陶器の小さな蓋をずらすと、高杉の好きな花の香りの、練り香水だった。 「誰と過ごすのかは知らんが。お主、誕生日は約束があるのでは?少し早いが拙者からの祝いだ」 あくる日。どう嗅ぎ付けたのか、「最近は物騒でござる」等と言って、どうしても供をさせろと聞かない。 仕方無しに万斉を連れてぶらぶらと船を出、夕暮れのかぶき町のはずれを歩いた。 夜、万事屋を訪ねようと思っていた日だった。 夏の夕暮れは如何にも平和で気怠い。 いよいよ上手いこと万斉を撒きたい、と焦れていた。 「おや、良い骨董屋でござる」 「刀の柄がシック」、などと肩を抱いて店の陰に引かれた。 万斉…もう良いだろう。獲物なら行きつけの店があるんじゃねえのか。 言いかけて隣の顔を覗き込むと口元が愉快そうだった。 全く何だってんだ、と溜息をついて顔を上げる。 と、後ろに立っている銀髪の男と、店のガラス越しに目が合った。 「銀時」...

August 2, 2016

犬派が立つ説

犬猫どちらが好きか。 当たり障りのない会話の常套手段だろう。 桂率いる攘夷党でもご多分に漏れず持ち出され、そこそこの盛り上がりを見せてくれる話題となった。 新しい面子が増え、今夜は歓迎会が開かれた。 「して、シバ田さんはどちらか?」 「私は…やっぱり犬派ですかねえ」 「そうか。エリザベス派が少なくて寂しいですよ俺は」 「エリザベス?」 「頭に入れておくように。そう言えば、猫派の方がビジネスに強い、なんてどこかで聞いたが、シバ田さんの意見や如何に」 「如何に、と言われましても。そんな話あるんですか?いや、やっぱ犬は可愛いですよ。遊ぼう?仲良くしよう?って顔してきますもん」 「ああ、確かに」 「どうですかね、振り回されるのが楽しめるっていうか、そんな感じが、猫派は仕事に、みたいな話なんじゃないですか?」 「むむう、確かに」 「桂さん、飽きてます?」 「俺はエリザベス派なんだ」 「……」 「では諸君、改めて乾杯だ!桂一派へようこそ!」 「「「シバ田さん、ようこそー!」」」 「よろしくお願いシマス…」 その後、数人ずつ宵闇に紛れての解散となった。 二次会に向かう者は、店を決めてから別の道を行くことになる。 桂は、ではよろしくとエリザベスに任せて皆と別れた。 ろくろく人の話も聞かない男なのに何を以て判断するのかと周囲は頭を捻るが、そうやって迎え入れられた人間は不思議と「仲間」になってくれる。 新しいシバ田さんも、いつの間にか桂一派のかけがえのない一人になっていることだろう。 月の明るい夜だ。 良い人が来てくれた、と桂は道々ひとり上機嫌だ。 桂は、動物全般が好きだ。モフモフ、肉球、愛すべき温もりたち。 但しエリザベス以外に飼ったことがないので、どちら派ですかと聞かれても困る。本当のことだった。 「お」 街灯の光から外れた場所、橋の向こう側に見慣れた後ろ姿を見付けた。 「と思ったらオジャマムシまで」 思わず悪態が漏れるも、自然と歩みは早まった。 「いい夜だな、オジャマタクシ君」 「だから、」 振り向くスピードが既に気に食わない。立てた髪が癪に障る。やれやれ、と雰囲気に出してくるのがいけない。 「拙者は出してないでござる。そんな安っぽい結びつきではないからして」 「間男」は相も変わらず夜でもサングラスだ。 此奴は強いからお主なぞ不要…いやいや本当にそうか?一番良い装備を頼む、で戻ってくる事態になってからでは遅い。 いやしかし、こんな夜更けに二人きりで、だがしかし …で、ぼそりと口にする言葉は「ご苦労だった」となる。 「桂殿に言われる筋合いは微塵もござらん」 「可愛げのない部下だな。お主、若くてシュッとしているからと言ってな…」 「ヅラ。早かったじゃねえか」 呆れ顔で肩を小突かれ、桂は口をつぐんだ。 細く吐き出された煙の行方を何となく目で追う。ぽちゃ、と川で魚の跳ねる音がした。 「火、いま入れたんだぜ。…空気読め」 酷い言い分だ。しかし裏を返せば一服してここで待つつもりだった、ということだ。 猫然とした奴だ。なら俺は猫派だろうか。 「万斉、また船でな」 「後でな」 本当は知っているのだ。 優秀な「間男」である。高杉は高杉で、良い仲間を持っている。 見送りこそしなかったが、川面に目線をやりながら桂も呟いた。 「…バイビー」 暗い川に映る街の煌めきに、高杉は足を止めた。 風を受けて水が揺れる。とろりとろりと粘ついて見える。 ターミナルの赤い光が点滅するのを三つ数えたところで、満足した。 前を見ると、桂は速度を落とすこともなく歩き続けている。笑った。 「満足したのか」 小走りになって追い付いてみると、見計らったように白い顔がこちらを振り返る。 ただ放置された訳でも無いらしい。 分かってやがる。また、笑えた。 だから俺は自由に歩ける。 「あと五秒遅ければアウトだったぞ」 「置いてくなんざ出来ねえ癖に」 「減らず口も大概にしろ。…慣れたものだからな」 走る、早歩き、再びのんびり。 桂の歩調は案外気まぐれだ。だが高杉は大人しく後を追った。 従っていたほうが得策である。それなりに信頼なんかもある。 それまで小走りだったのが、一度こちらを振り返った後に安定してゆっくりになった。...