雨に願う
友人が帰ってしばらく後、どんより雨空ながらも一応の朝の光に急かされて目覚めた。 「ん…。いま何時?」 「おはよ、あいつ帰ったよ。今ねえ、えっ7時。…ハイおやすみ」 「待て待て待て。俺夕方からバイトだからさ、ほどほどに起こして。…おやすみ」 「ちょ、そんなら1回シャワー浴びようよ」 「いやほんと無理、俺は眠ってしまったのだった…」 「晋助ケムリは?ずっと我慢してたでしょ、ほら、はい。おあがりよ」 1本吸えば、シャワーに行くくらいの元気は出るんでしょ? デスクの隅からタバコの箱を指先で何とか引き寄せ、1本取り出しお寝ぼけさんの口にぷすりと差し込む。 灰皿も取ってきて、どこの甲斐甲斐しい彼女なんだか。俺はジッポ使えないから自分で点けてね。 間近で吸われると煙がキツいのでベランダ全開。男祭り明けのショボ目の先には、重い雲と、しとしと雨。 友人は、雨に降られる前に帰り着けただろうか。 喫煙者における長い我慢の後のタバコは効果てきめんな切り替えスイッチ、と晋助と付き合ってから初めて知った。 俺はツルピカの肺で死にたいので絶対吸わないけどね。 晋助の機嫌がその前より悪くなる事は絶対に無いのでつい吸わせてしまうが、それ程ヤバい物って事で。 けだるい様子で煙を燻らせるほっそりした背中は、部屋着の赤いシャツを纏っている。くったりしていて今やほとんどえんじ色である。 部屋でよく着ているから以前「お気に入りだったの」と尋ねたら、「高校の頃よく着てた」との事。 ん?「私服校だったんだっけ?」と重ねて聞くと、言いにくそうに「いや…学ランの中に着てた」そうで。 晋助にしてはセンスのない冗談だ。 いや流石におかしいでしょ、そんな奴いないって。笑ったらちょっと不機嫌になってしまった。 本当にそうだとしたら校則破りにも程がある。 でも、例え妙に目立つ格好をしていたとしても、同じ校舎で当時の晋助と話してみたかった。 ぼーっとしながら1本吸い終わると晋助は大人しくシャワーへ向かった。 奴の指に挟まれ、赤い唇に細く煙を運んでいる間はあんなに素敵な物に見えるのに。 くしゃと火が消され彼から離れると、やっぱりただの吸い殻だ。 ざあざあとシャワーの音が聞こえてくる。 最初にするのは日曜と決めていたのに、俺たちはまだ最後まで出来てない。 晋助がしているらしい1人遊びについて、何となくは知っている。 どの位の頻度で、いつから、かは知らない。 物凄く気持ち良いとはネットから得た情報。俺もお年頃だし気にはなるけど、実際にすると考えるととんでもなく怖い。 あいつ…よくそんな事出来たな。 時に意外と行動力がある男で、感心してしまう。 あぁー。 1人で小さく呟いてごろりとベッドに寝転がる。 壁際のチェストの上には図書館の本が数冊。 手に取りめくってみると普通に面白い。けどこれについてあれこれ考えて何か書けなんて俺には到底無理な話だ。 違う勉強してんだな、とよく分からない納得。 手の爪は昨日バイト前にきっちり切りました。 切りたてじゃないからトゲトゲもしていない。これで安心して触れられる。取り敢えず、指は。 日常生活の中での自然研磨、と教えてくれたのは何故か国語の教師だった。記憶違いかな。 前にもこの部屋で晋助が借りてきた本を手に取り、自分の爪を確認した。今とは違う本だった。 晋助の本に触れたあと、彼自身に触れるまでは出来るのに、ね。 自分の指と穴を濡らし、小さな穴の中を慎重に解した夜の事だ。 女の子のより硬くてきついなと思った。 ごめんね…心の中で呟きながら晋助の顔を見ると真っ赤で、目をきつく瞑っている。 男にされる男の子って何でこんなにいやらしいんだろうと思った。それとも晋助限定なのかしらん。俺のズボンの中はぱんぱんに苦しかった。 「晋助…、晋助。大丈夫?」 「ん…」 大きく息を吐く裸の背骨が綺麗だ。 ベッドにうつ伏せて腰だけ上げた姿勢から赤い顔でこちらを見遣る様子が、電車でおじさんに触られていた時の姿を思い出させた。 中を弄る手を止めてゆっくり背中を撫でてやった。背中、腰、腹、胸。どこも熱い。 肌は風呂上がりの湿り気に加えて薄っすらと汗が滲み、しなやかなビロードのようだ。 胸元を撫でながらそっと突起に触れると、びくりと体が震えた。 そんな自分の反応に驚いた顔をする晋助と目が合う。 「あ、あ、ぎん…」 その目には怯えが潜んでいて、急に可哀想になった。 それで、何となく続けられなくなってしまったのだ。 しかし穴の中に指は入れたままで、急には俺も止まれない。 その体に自分の体を寄せて抱き締め、腰を擦り付け、そのまま。 「ごめん…いっちゃった…」 かっこ悪すぎる。 俺だけ履いたままのパンツの中が気持ち悪かった。 呆然としていた晋助は微笑った。 銀時が苦い気持ちにしょんぼりしている頃、高杉は浴室で同じ場面を別の思いで反芻していた。 壁に背を向け頭のてっぺんから湯を浴びつつ、くすりと思い出し笑いをしてしまう。 いい加減、最後までしてみたいなあ。 確かに、そういった意味でもって男に体を明け渡す事は想像を絶する恥ずかしさだった。 それでもやっぱり銀時で良かった。 遠慮なんか要らないのに。 あれから銀時は俺に触るのを我慢している様だ。...