犬派が立つ説
犬猫どちらが好きか。 当たり障りのない会話の常套手段だろう。 桂率いる攘夷党でもご多分に漏れず持ち出され、そこそこの盛り上がりを見せてくれる話題となった。 新しい面子が増え、今夜は歓迎会が開かれた。 「して、シバ田さんはどちらか?」 「私は…やっぱり犬派ですかねえ」 「そうか。エリザベス派が少なくて寂しいですよ俺は」 「エリザベス?」 「頭に入れておくように。そう言えば、猫派の方がビジネスに強い、なんてどこかで聞いたが、シバ田さんの意見や如何に」 「如何に、と言われましても。そんな話あるんですか?いや、やっぱ犬は可愛いですよ。遊ぼう?仲良くしよう?って顔してきますもん」 「ああ、確かに」 「どうですかね、振り回されるのが楽しめるっていうか、そんな感じが、猫派は仕事に、みたいな話なんじゃないですか?」 「むむう、確かに」 「桂さん、飽きてます?」 「俺はエリザベス派なんだ」 「……」 「では諸君、改めて乾杯だ!桂一派へようこそ!」 「「「シバ田さん、ようこそー!」」」 「よろしくお願いシマス…」 その後、数人ずつ宵闇に紛れての解散となった。 二次会に向かう者は、店を決めてから別の道を行くことになる。 桂は、ではよろしくとエリザベスに任せて皆と別れた。 ろくろく人の話も聞かない男なのに何を以て判断するのかと周囲は頭を捻るが、そうやって迎え入れられた人間は不思議と「仲間」になってくれる。 新しいシバ田さんも、いつの間にか桂一派のかけがえのない一人になっていることだろう。 月の明るい夜だ。 良い人が来てくれた、と桂は道々ひとり上機嫌だ。 桂は、動物全般が好きだ。モフモフ、肉球、愛すべき温もりたち。 但しエリザベス以外に飼ったことがないので、どちら派ですかと聞かれても困る。本当のことだった。 「お」 街灯の光から外れた場所、橋の向こう側に見慣れた後ろ姿を見付けた。 「と思ったらオジャマムシまで」 思わず悪態が漏れるも、自然と歩みは早まった。 「いい夜だな、オジャマタクシ君」 「だから、」 振り向くスピードが既に気に食わない。立てた髪が癪に障る。やれやれ、と雰囲気に出してくるのがいけない。 「拙者は出してないでござる。そんな安っぽい結びつきではないからして」 「間男」は相も変わらず夜でもサングラスだ。 此奴は強いからお主なぞ不要…いやいや本当にそうか?一番良い装備を頼む、で戻ってくる事態になってからでは遅い。 いやしかし、こんな夜更けに二人きりで、だがしかし …で、ぼそりと口にする言葉は「ご苦労だった」となる。 「桂殿に言われる筋合いは微塵もござらん」 「可愛げのない部下だな。お主、若くてシュッとしているからと言ってな…」 「ヅラ。早かったじゃねえか」 呆れ顔で肩を小突かれ、桂は口をつぐんだ。 細く吐き出された煙の行方を何となく目で追う。ぽちゃ、と川で魚の跳ねる音がした。 「火、いま入れたんだぜ。…空気読め」 酷い言い分だ。しかし裏を返せば一服してここで待つつもりだった、ということだ。 猫然とした奴だ。なら俺は猫派だろうか。 「万斉、また船でな」 「後でな」 本当は知っているのだ。 優秀な「間男」である。高杉は高杉で、良い仲間を持っている。 見送りこそしなかったが、川面に目線をやりながら桂も呟いた。 「…バイビー」 暗い川に映る街の煌めきに、高杉は足を止めた。 風を受けて水が揺れる。とろりとろりと粘ついて見える。 ターミナルの赤い光が点滅するのを三つ数えたところで、満足した。 前を見ると、桂は速度を落とすこともなく歩き続けている。笑った。 「満足したのか」 小走りになって追い付いてみると、見計らったように白い顔がこちらを振り返る。 ただ放置された訳でも無いらしい。 分かってやがる。また、笑えた。 だから俺は自由に歩ける。 「あと五秒遅ければアウトだったぞ」 「置いてくなんざ出来ねえ癖に」 「減らず口も大概にしろ。…慣れたものだからな」 走る、早歩き、再びのんびり。 桂の歩調は案外気まぐれだ。だが高杉は大人しく後を追った。 従っていたほうが得策である。それなりに信頼なんかもある。 それまで小走りだったのが、一度こちらを振り返った後に安定してゆっくりになった。...