アンドスパイス

大学生パロディ銀高「サーズデイ」シリーズ 晋助の学部の授業に潜りで来てみたが、これはこれは。 面白くない。 文系なんて遊びまくリア充の掃き溜めかと思ってたけど、そうでもないのな。 隣のイケメン含め、テキストやら配布物やら、何事か書き込みをしている学生は多い。 早々に飽きた俺はざっとスレタイ見て、ゲーム攻略、ライン返信、ツイッター。 良さげな飲み会無し、シフトヘルプ無し、休講も無し。残念。 何回か行ったことあるテニスサークルの告知。明日、そうだよね、そうそう。ただ変に貰っちゃったらそれはそれでお返し面倒臭そうだし。いやでも欲しいし。迷う。 男祭りメンバーはチーズフォンデュするらしい。行こうかな。こいつ連れて。 しかし何でチョコ溶かさねえんだ。甘いのとろーりさせようぜ。 そう、明日はチョコの日なのだ。 待て待て、と俺はにやける。 別に抜け駆けで勝手に溶かしても良い訳だ。 我ながら素晴らしい企みにほくそ笑んでいると、ブ、と長机から振動が伝わった。 「ん…?」 怪訝な目をする晋助。横からスマホ画面を覗くと、俺にも見えるように傾けてくれる。 学生っぽいじゃないの。ジャンプもだけど、授業中にこそこそやんのがイチャつきの醍醐味だね。 顔を寄せ合うと、そのまま細い首筋に潜り込みたくなるから困る。 「めっずらし。知り合い?」 新しくフォローされました。 「知らねえ奴。フォロー10フォロワー0、怪しいな。絶佳、だとさ」 「どら。…宣伝だね」 あるある、よく分かんない起業家とかね。 「そういや今日、打ったな」 何、ツイートか。 「お前それ呟くって言うんだよ」 「おう。…ぼやいた」 嘘っ。 「見たい見たい、知らなかったんだけど。どれ?」 不穏な動きは見逃さない。さてはお前、消す気だな。 「させるか」 「離せっ馬鹿!」 「いや離すのお前、はい没収う、オフオフ」 眠りに落ちる画面。 「…別に良いけどな」 どれどれお手並み拝見。俺は自分のスマホから件のアイコンをタップ。 『辛いチョコなら食えるだろうか、若しくはパイプチョコ』 ぶはっ、ナニコレ! 「丸が点々に見えちゃった、やだもう高杉くん卑猥。若干ポエミーなのがまた。うわあ、無いわあ。っどぅふ」 脇腹に肘鉄を喰らい、取り敢えず黙る。 「ん」 仏頂面の高杉は、唐突にかばんをごそごそさせティッシュ箱ほどの小包を取り出した。 リボン?と包み紙をよく見るとチョウチョ柄。十字に掛けられた金色のリボン、全体的に若干ギャルっぽい。 顎でしゃくるので、まさかと思いながら丁寧に開けた。 薄いプラスチックの箱、の中に細長い… 「晋ちゃん!?」 「しぃ」 横目で咎められるがそれすら楽しい。 まさか。手作り男子の愛がたっぷりこもった、 「違うぞそれ。後輩のガトーショコラ」 はあ!? 晋助は腕組みをして目を閉じる。 「明日は忙しいってんで、今朝くれたんだ。悪いな。こういうのは俺には出来ねえよ」 そ、そうですか。 因みに参考文献ではですね…。マイク越しに、キレイ系おばさん教授の声が響く。長年のスモーカーだろうか、意外とガラガラ声だ。 ぎ、と椅子を軋ませて晋助が座り直した。 「銀時、今日バイト無いよな。食べ放題なら行くだろ」 怪しい話、気になる話。 晋助がフォローされたアカウントは、まだ関西に1店舗だけの、個人経営の洋菓子店だった。 ツイートを遡ると、宣伝にしては少々そっけない文章が続いていた。 頻度は週に一度か二度。新作のギモーヴは冬季限定、店頭ではチョコレートケーキ限定発売中、今月の季節のショートケーキは金柑です…。しかし辛いチョコを宣伝する訳でも無く。 何でフォローされたのかは、結局よく分からなかった。 『大江戸屋新宿本店にバレンタイン期間だけ出張出店中。お待ちしております。』 これが最新のツイート。 「デパートならどこでもチョコ売ってるからな。新宿、行くか」 甘いものが苦手なのは知っている。俺のために、で良いんですかね。 晋助が楽しそうで、俺は何だか物凄く嬉しかったのだ。 やって来た大江戸屋は、平日の夜だってのに結構な賑わいだ。 気の所為では無いと思う。入り口からして女の人の出入りが多い。 なるほどデパ地下ね!と思ったら何と、特設会場なるものがあるらしい。そんな文化、俺は今日はじめて知ったよ。...

February 14, 2017

あいさつ強化週間

ある日の万事屋での逢瀬のこと。 高杉が帰り支度を始める頃、鬼兵隊員の相性が話題になった。 「あの2人、案外仲良いよね」 「本人達は嫌がるが実際そうなんだよな。あれじゃ仕方ねえよ、船の奴らで一番喋ってんじゃねえか」 銀時の疑問は、あのロリコンのおっさんとまた子ちゃん、実際どうなの、だ。 「やっぱそうだよね。ぷ、そこ仲良いと総督ちょっと寂しいんじゃない」 「そうだな。クッ」 「上手い使い方とかあったりして」 「まあ、な。そうだな。あいつら、別々に見てると面白いぜ」 「親子みたいだよねえ」 下手に口にしたらどうなることやら。ずっとあった印象について、さらりと恋人の口から聞くと余計笑えた。 「たまに武市がくどくど言ってんなって思うと、その後の来島がむすくれてんだ」 「お説教かよ。してんのマジで」 「じゃねえかな」 「普通におっさんだね。また子ちゃん超反発しそう」 「と思うだろ、だがな。少し時間置くとケロッとしてよ、掃除やら挨拶やら随分キビキビし出すんだ」 「どんなこと話してんだろね」 「な。正直、助かってるんだ」 「ふうん。ロリコン氏もちゃんとおじさんだね。やばいじゃん、トップも日頃の行いを見直すべきじゃねえの、銀さんへの愛情表現とかさあ。ある日突然、さすが晋助様とは違って年の功ッス!とか言ってたらどうする。俺だったら立ち直れなくなっちゃいそう」 「武市はちゃんとしてるさ実際。じゃなきゃ一緒にやってねえ。しかし俺だって武市に呆れられたら困りもんだぜ。俺はどうすりゃ良い、挨拶でも見直すか」 どうだか。似合わない心配しちゃって可笑しいね。ほんの少し思案した後、銀時は思い出の中の師匠の真似をした。 「じゃあ高杉、さようなら。またね」 なるほど。 「おう。さようなら銀時。またな」 型にはまるのも楽しいもんだ。船に帰る高杉の足取りは、どことなく軽やかだった。 今日は月に一度の真面目な幹部会である。 トップの仏頂面には余念が無い。今回の議題については全て何かしら次の行動など決定したものの、まだ言いたいことがあるように見えた。 ただ、そう見えるだけで実際は特筆すべき考えごとで無いことも多い。まあ良いか、と万斉が「それでは、」と席を立ちかけたその時。 「お前ら最近、声を出してねえな」 はて。唐突な話題に皆は頭をひねった。心当たりが無いのは皆同じだ。 最近、変わった出来事などあったろうか。 「声とな」 万斉が顔を覗き込んだ。 「貴賎問わずとしたのはお主だろう。我々に至らぬ点があったら、率直に教えて欲しいでござる」 やさしく問われ、居心地悪そうに腕を組む姿。拗ねる子供のようだった。 「責めてる訳じゃねえんだ。挨拶を、だな。するべきだ」 誰しもが耳を疑った。そんな中でもおじさんは強い。 「高杉さん、わたし小さなお子さんに話しかける時は、お母様にもきちんとご挨拶しておりますよ。お側にいらっしゃる時に限りますけど」 「抜かりないのが益々気持ち悪いッスね」 ほら。武市は流石だ。動機を掘り下げるとまずい方向になるが。 「晋助に蛇が出ると怒られたから、夜中のハーモニカはやめたでござる」 高杉は顔をしかめた。したいのは、そんな話じゃないのだ。 「…俺がやめろっつったのは夜の口笛だろう。万斉お前、本当に音楽なら万能なんだな」 「滅相もないでござる」 「ハーモニカって」 「おや。さては晋助、実は吹きたいのだろう」 「いや要らねえ。珍しいな、新曲は郷愁系か」 「違う、違うでござる」 「新型兵器か」 「いや、思いついたメロディーをな。ササッと吹いてみるのにうってつけなのだ」 「河上さん、お部屋からハーモニカ、意外と聞こえますよ。中止は良い心掛けです」 「ほら万斉先輩、やめて大正解ッスよ」 さてどう言おうか。高杉は一度煙管を吸った。 それにしても来島はいつまで「先輩」呼びを続けるんだろう。自分を含め他の者の手前、気恥ずかしいからそう呼んでいるのかと思っていたが、どうやら違うらしいと気付いたのは最近だ。 「そうだな。他人の目線や迷惑を考えるのも勿論大切だ。しかしその前にもっと簡単で重要なもんがある。挨拶だ」 挨拶。 開いた口が塞がらない幹部の顔に照れ臭さを覚えたが、もう戻れない。 「とにかく。気分の入れ替えだと思え。今週は挨拶強化週間だ。何のとは逐一言わねえが、朝昼晩、出掛け、見送り、出迎え、食事。あとはそうだな、感謝か。どこか心に留めて生活するように。良いな」 「晋助、行ってきます」 「ただいまでござる」 人斬り前も新曲封切り前も、万斉は船の出入り時には同じ言葉を使った。 「お疲れ様っした」 また子は、倒れゆく先程までの敵にも軽く一声掛ける。 「お嬢ちゃん、お気をつけてお帰りなさいね」 元から余念が無かったものの、武市の一言は信用できる者のそれとして磨きがかかったようだ。 幹部のちょっとした変化が広がり、鬼兵隊では気持ちの良い声が多く飛び交うようになっていた。 「こんばんは」 つい癖で万事屋の引き戸を開けながらはきはきと声を掛けてしまった。 「こ、こんばんは高杉さん。どうぞ」 まだまだ緊張する相手である。出迎えた新八は、違和感を感じつつも反射で言葉を返した。...

February 5, 2017

僕の、怖い方の

昨夜遅くに帰ってきた銀さんが泥だらけだったのはびっくりした。 血を出すような怪我はしていなかったからもう一安心してしまって、この位なら慣れっこの僕は適当に迎え入れた訳だ。 「もう。びっくりするじゃないですか、大丈夫ですか」 僕も神楽ちゃんも待っていたのだ。3人で毎週欠かさず観ている深夜のバラエティ番組、好き勝手な銀さんの適当な文句もとい笑えるコメント。 ささやかな楽しみだった。 始まるまであと1時間。銀さんの帰りが間に合って良かった。 「お風呂まだ温かいと思いますよ」 「ナイスぱっつぁん」 とんとん、足踏みしてブーツの泥を落としてから敷居をまたぐ気配。 「それにしても、何があったんですか」 言いながら振り向いた僕は、恐ろしい光景を目にしてしまった。 「たっ、たたた高っ」 「高杉さん、で良いんじゃない」 振り返った銀さんに促され、その人も、ああ、入って来てしまった。 「お邪魔します」 はあ。とさえ言える訳がなく、僕は口をぱくぱくさせるだけだ。 なんで。 「なんで?」 僕の言葉を代弁してくれたのは神楽ちゃんだった。 殺気は出さずとも唇を尖らせている。そうだ、これは神楽ちゃんじゃないと効果が無い。 「本当はいつも、いや大昔から、お前らの社長さんには世話になってるんだ。今夜は妙な真似はしねえさ」 静かな言葉を放つその人の笑顔は意外な程に優しかった。笑顔、と認めるにはとても控えめだったけれど。 それに絆された僕はもう何だかどうでも良いかと、迎え入れてしまった。 高杉さんも草履の泥を落として玄関に入って来る。とすとす、今度は少し軽い音。 「悪いが、俺も、借りる」 短く呟くと、その人は銀さんの後を追ってお風呂に向かった。 かたん、と引き戸が音を立て、2人が脱衣所に吸い込まれてしまうと一気に力が抜けた。 「新八ィ、やっぱり、もうこたつ欲しいネ」 背後に感じるささやかな重みと体温。実際この存在に何度救われたことか。 「そうだね…。高杉さんに聞いてみよっか?」 「頼んでみても良い?」 頼めるもんならだけど。でもちょっと…流石に今夜は2人で見ちゃおっか。 神楽ちゃんの背中を押して応接室に移動。内心、僕の胸はばくばくだった。 そろそろ、寒い寒いと言いながら3人で押し合いへし合い入るあれが恋しい季節だ。 「そろそろじゃね?」 「何がです」 「あれだよあれ、万事屋の結束を高める為に、寒い時期に必要不可欠な高機能リラクゼーションマシーン的な」 はっとして可愛い笑顔で飛びついてくる神楽ちゃん。 「新八ィ!」 僕う? 「まだ早いです」 僕だって面倒くさいもの。 そんなやり取りを数回繰り返し、妥協案として先週から古い毛布を引っ張り出してそれぞれくるまったりひざ掛けにしたりして誤魔化していたが流石にねえ。 テレビを点け、2人並んでソファに座る。 「新八近いアル」 気にしなくて良いの。僕は大切なウチの箱入り娘が心配なだけです。 間も無く見慣れた予告カットが入る。今週のお題も良いセンスだ。 本当はめちゃくちゃ怖い。万事屋も明日から過激派な、と銀さんが言いだしたらどうしよう。死活問題だ。 実際僕なんかよりずっと強いんだから問題無い筈だけど、それでも神楽ちゃんが連れて行かれるかもと考えると、凄く凄く嫌な気分だ。 「新八ィ、大丈夫?」 気付くと僕は、小さな肩を抱き寄せて震えていた。 「怖い事なんて、しねえよ」 「っギャアアアア!」 ぜえ、はあ。 僕の肺がまともに酸素を取り込めるまで暫く掛かった。 恐る恐る後ろに首を回すと、困った顔の高杉、さん、と、一歩下がった位置で両手を口に当ててこれ以上ない程に腹立たしい顔で笑いを堪えている銀さん。 銀さんはいつもの甚平で、高杉さんは見慣れた白地に渦巻き柄の着流しを着ていた。銀さんが貸してあげたのか。 って普通に仲良いじゃないか。こいつら、この、くそオヤジども! したくないけど理解してあげようと思った。僕が大人にならなきゃダメなんだ。 神楽ちゃんは僕が守らなきゃ。 「こたつ、出してくれるアルか?」 一瞬耳を疑った。夜兎の血は伊達じゃない。きっと僕には一生真似できない大技だ。 神楽ちゃんの言葉に、高杉さんはちょっとだけおかしそうな顔をした。 「…そうだ、銀時に言われて手伝いに来たんだよ」 その返事も大概おかしい。 「そうなの?」 あっ、危ないのに。 するりと僕の腕から抜け出す神楽ちゃん。もう泣きたい。 「流石にちと早いとは思うがな」 「甘やかさなくて良いよ、超面倒じゃん」...

November 23, 2016

すず虫

真夜中の踏切、通り過ぎる電車の向こうで静かに笑う大悪党。 いつにも増して様子がおかしかった。 着物のはだけ方なんて、色っぽいとかそれ所じゃない。全身泥だらけでズタボロだ。 こうして距離を置いて見ると、やはり一端の怖い男なんだと何故か納得して、哀しくなった。 辺りを見渡すも、追われている様子は無いが仲間も居ないようだった。 明滅する赤が嫌に似合っていて、電車が過ぎ去るあいだ目は釘付け。 どうも生身の彼が立っているように思えなくて、胸がざわざわした。 「命からがら?」 「お陰様でな」 僅かに勇気が必要だったが、ガタンゴトンという音が聞こえなくなるのを待って話しかけると、普通に返事があった。 待ちきれない想いで、上り始めた遮断棒をくぐった。足早にスクーターを押して彼の待つ向こう側に渡る。 静かになった周囲に、虫たちの歌声がよく響いていた。 「一体、何して来たんだ」 答えなんて聞きたく無いのに勝手に口が。俺の馬鹿。 冷たい肌をしやがって。うなじの少し上に手の平を当てて抱き寄せた。 引かれるまま素直に身体は寄りかかってくる。一丁前にまだ人間のようだ。 「ク…お前で良かったぜ」 ほんとにね。 近寄りすぎた顔を覗くと目の下に薄っすらと隈が出来ていた。 「酷ぇ顔」 首を傾けると、やっとまともに見つめ合えた。 ふ、と小さく弧を描く唇。カサつかせているのは珍しい。あーあ、包帯もグシャグシャだ。 「鬼さんどちらへ逃避行?」 「知るか」 ったく。 少々乱暴にヘルメットを被せてやった。 「…疲れた」 背中からぽつんと聞こえた。強く吹き出した風に流され、呟きは消えてゆく。 「俺なんか、毎度迷惑してんだからね」 互いの主張を言い合うだけ。 「自分のソレと俺の洞爺湖エクスカリバー、落とすなよお」 さっきの電車は今夜最後の一本だったのかも知れない。 線路沿いの道は静まり返っていた。 それにしても酷え格好。 「色男にますます磨きが掛かったようで」 「馬鹿言え、最悪だったんだぜ」 「職質されちゃった?お巡りさんに」 「てめえにゃ言えねえ程に情けねえ話なんだ、ちと出来ねえな」 あー…仕方ねえから聞かないどいてあげようか。 普通に会話できる様子から大丈夫だろうと踏み、当初の予定通り、目的地に向けスクーターを走らせる。 「…釣りでもするのか?小魚だって寝てるぜ」 静かな住宅街の外れにある小川の脇に停車し、エンジンを切る。 今夜は仕事だ。 高杉を促して一緒に草陰にしゃがみこんだ。 「しぃっ。ホラあそこ。あれ、電気付いてんの珍しいな。間違…いや合ってるわ」 「こんなドブから偵察か」 「ちょうど此処が死角なのよ」 渋々ながらも俺に合わせて声を潜めてくれる、流石だぜ相棒。 「どっかの社長さんからの依頼なの。取引先が最近怪しくて、夜逃げしないか見張れってさ」 「ハッ、下らねえ」 ちょっ、静かにしてくれる。 「庶民は庶民でなあ、意外と過激な日々なんだよ」 「楽しい仕事してるじゃねえか」 「まあね。ここだけの話、騙される方も悪いと思うよ。 見せてもらったけどさあ、明らかに怪しいサイトだったもん」 懐から取り出した双眼鏡を覗くも人影は掴めない。 「それ貸せ。…事務所に使ってるのはそのインチキ屋だけじゃねえだろ? どの部屋も夜更かしだな。目当ては何階だ?」 民家に紛れ、のほほんと建つ五階建てビルのちょうど真ん中、三階。 そこに入っていると言う、天人資本の金属部品メーカー事務所を見張れと言うのが依頼だった。 「銀時」 もうすぐ終わるからね。しぃっ。 「…ありゃあ、俺の獲物だ」 へっ。 「鉄屑屋なんてもんじゃねえ、ありゃ武器商だ。 ウチの部下も下手な芝居に負けてな、追加サービスの一つや二つ、近々強請りに行くところだった。 不法入国の面倒も見てる奴らだから、そう簡単にはドロンもできねえ筈だ」 あ、そう。そうですか。へえ、ふうん。 「お前、斬っちゃうの」 いやまあどうでも良いんだけど。...

October 31, 2016

RESERVED

程よい実入りがあったので今夜は一杯、一杯だけね。仕事帰り、ちょっと浮かれてかぶき町を歩く。 店先の「お疲れ様セット1000円」の看板に釣られ逡巡していると、聞き慣れた甘くて低い声に呼び掛けられた。 「銀時?」 振り向けば愛しい隻眼の色男が笑っている。 包帯無しで紺の木綿浴衣、首元から白い襟が覗く。 これじゃあ俺だって分からない。見事に紛れるもんだ。 「一緒に、ど?」 「いや、先約がな…」 くいと手でエア猪口を傾けて見せると、あっさり断られてしまった。少なからず、いや正直かなりのショックを受けた。 この街に居るイコール銀さんに会いに来てくれたものとばかり。 ちぇ、良いさ良いさ、それじゃあな。萎む気持ちを悟られないよう、彼に背を向ける。 すると意外にも嬉しい言葉が追ってきた。 「な。俺の用足し、お前も来いよ」 しかし変な会合に連れ出されるんじゃないだろうな。 怖気づいたが好奇心が勝った。短刀くらいは忍ばせているのだろうが、彼の腰にはいつもの獲物が無い。それなら良いかと大人しく付いて行く。 客引きの声とネオンの光を抜け、かぶき町の賑わいから遠ざかるように歩いた。静かな道が続いて次の街との真ん中に差し掛かる頃、小さなうどん屋に着いた。 周囲にはぽつりぽつりと感じのいい飲み屋に明かりが灯っている。 そして漂ってくる美味しそうな出汁の香り。 とんとんとん。リズミカルな包丁の音が響いていた。 通りに面した作業台はガラス張りで、中ではうどんのおやじと呼ぶにはまだ早い男が生地を切っている。 店内から染み出すオレンジの光が柔らかい。良い店じゃねえか。 「よ」 店主だろうか、うどん切りの男に軽く会釈をし、高杉は当たり前のように暖簾をくぐって行った。 え、待ってよ、常連さんかよ。 面食らったが、一応倣って店主(だよな?)に会釈をしてみた。くしゃりとした笑顔が返される。 高杉の後を追って敷居をまたぐと席は立ち食いのカウンターだけのようだ。 我が万事屋の玄関から応接間までの廊下くらいの奥行きだろうか。大半が仕事帰りらしきサラリーマン、学生風の若い男がちらほら、カップルが1組。それで席は殆んど埋まっていた。 「あの店主な、昔の連れ」 さっさと奥の壁際を陣取り、早く来いと嬉しそうに手招きをする高杉の隣に立つ。 テーブルにもたれかかると、いきなり耳を疑う事を得意そうに囁いてきた。 …ハァ? 聞き返そうとすると、うどんを切っていた男(店主で良いんだな?)が人懐こい笑顔で水を持って来た。 「総督まいど。どうも、お世話になってます、坂田さん」 なんだ。連れって…隊の、ね。 「あつひや2つ」 短く高杉が何か注文した。2つと言うことは俺もそれ?つうか今何て言った?聞き慣れないから、すかしたイケメンが使いやがる通な隠語かと思っちゃうよね。 しかしよく聞くと、単に熱い麺を冷たい出汁に入れてくれ、の意味らしい。 「総督。新作の梅おろし、人気ですけど」 店主が親切に紹介してくれるも、興味は無さそうだ。隠しちゃいるが俺には分かる。幾つになっても好き嫌いの多い男だ。 「…夏らしくて良いな。それさ、良い女がいたらサービスしてやれよ、な。俺は普通が良いんだよ。お前の、普通の味が良い」 何言ってんだこいつ。ぼふ、とケツを手の平で叩くと無言で睨まれた。 「隊の、って昔?いま?」 「昔の、だな。故郷が讃岐でよ、店持ってる親戚んとこで修行してたんだと。話聞いて、まず無事だったで嬉しいだろう、それがこっちで店出すって聞いて祝いに来てみりゃ、これが旨くてな」 へえ…。高杉はまず食より酒だし、少し暑くなると更に食が細くなる。 うどん、ねえ。うどんが旨いって言うか「うどんなら食べられる」ってことなんじゃないのお? かつての仲間とは言え嬉しそうに他所の男を褒められるつまらなさも相まって、俺はまだまだ疑いモードだ。 カウンターの中では若い店員がザルで麺の湯切り中である。あれ、俺たちのだと良いな。 何処からかカタカタと小さな金属音がする。何だと思えば、テーブルの隅に伏せられた灰皿の中からだ。 横の高杉も、灰皿を見つめていた。 手を伸ばしてそっと持ち上げると、何と中からころんとカナブンが現れた。 ブドウひと粒くらいはある。店の灯りに照らされて緑色の背中が艶めいていた。 顔を見合わせ、2人でぷっと吹き出した。 と、カナブンは存外静かにテーブルから飛び立ち、見事に暖簾をくぐって出て行った。 途中から見ていたのか、湯切りの店員と目が合う。 前の客の仕業だろうか。 堪え切れず、今度は3人で笑った。 「はい、お待ちい」 またもや素敵な笑顔で現れる店主とうどん。澄んだ琥珀色の出汁がきらりと光る。 それとは別皿で、彼は得意気に小盛りの鶏天を2つの丼ぶりの間に置いてくれた。 流石にこれは期待せざるを得ない。 一段高いカウンターにはセルフサービスのすりおろししょうが、天かす。俺はどちらもさっくりと匙でひとすくいずつ。高杉は何も入れなかった。 2人並んで箸を割り、「いただきます」と手を合わせた。 うどんを数本すくってすする。 これは。 本当に旨い。 澄んだ汁が、って出汁か、一口飲むと舌の奥にきゅんとくる。 隣を見ると、高杉は無言でうどんを啜っている。こんなに勢い良くものを食べる奴だったろうか。とにかく無心で食べている。 すする、咀嚼、汁を飲む。丼ぶりを置く。また汁。 目線は丼ぶりから離れず、良くても時折ぼおっと壁を見つめるのみ。 すする、汁。また汁。鶏天さくり。さく、もぐ、もぐもぐ、もぐ。汁。...

August 10, 2016