2019年に妄想していたものを整理・拡張し、完結させました。
こちらが拡張分です。

素敵な御方

この喫茶店で働き始めて半年経つ。
今日も、俺が淹れるのは至高の一杯だ。
見ての通り今では凄腕チーフだが、実は記憶喪失の状態でオーナーに拾われ今に至る。
こう言うと悲劇的に聞こえるかもしれないが、真っ更な状態だった頃に音楽プロデューサーを名乗る怪しげな男と出会いギターを教わったりで、なかなか充実した日々だ。
最近では、自分の店を構えるか弾き語りに専念しようか内心で迷ってもいる。
それはそうとして、どこか心が満たされない。

「いらっしゃいませ」
アルバイトの女の子の声に、我に返る。
(あ。あの御方ッス!私行きます)
続けられる耳打ちに、こっそり下唇を噛む。
心が満たされない元凶が現れたという訳だ。
窓際の席に座ると同時に一服し始める若い男。
年齢は俺とさほど変わらないように見える。
今日も何処か儚げで、もみくちゃに撫で回したい顔をしている彼は、常連客だ。
初めて見たときは、派手な着物を身に纏い煙管を手にする妙な風貌の奴だと思った。
俺と目が合うと、何故か彼も酷く驚いていた。
あの瞬間に相思相愛のフラグは立っていた筈。なのに…。

「ブレンド1つ、ッス」
「相わかった」
すまし顔でカウンター内の会話をこなす俺。今日もまた、彼と一瞬目が合う。
しかし会話らしい会話は未だ一度も発生しない。何故なのか。
「…ーフ」
彼は眼鏡をしている。怪我か何かしたらしく片目の瞼は常に閉じているが、以前の包帯ぐるぐる巻きよりも良い。よく見れば、やはり色男だ。
あ。今、ため息をついたな。
「チーフ」
「かしこまりました」
「もう!聞いてないじゃないっスか」
「ふむ…」
目下気になるのは、彼がいつまで経っても腹を括らないことである。
俺に気がある癖に。俺を性的な目で見ている癖に。恐らく。

「だからチーフ!ブレンドひとつ。5番さまッス!」
「あっハイ」
「そんな怪しい目付きで影から見てる時点で今日も完敗ッス、チーフ」
「ん、おほん。なんの話かね」
彼の魅力が難解なら良かったが、生憎この金髪バイト娘には通じてしまっている。
つまり恋敵にも近いが、幸か不幸か、彼女は多少の勘違いをしている。彼女の目には、俺が何かしらの対抗心を燃やしていると映るらしい。
「あ、お待ち!たこ君」
「…また子なんスけど」
「それは俺が持ってゆこう」
「え。こっちの仕事なんスけど」
「いかん。どれ、貸しなさい」
「えー!」
バイト娘の小言は、健気にボリュームを落としながらも続けられる。
(せっかく来てくれてるんスから。妙なマネしないこと!)

テイクアウト

あくる日。
俺はとうとう、自分が出演するライブに彼を招待し存分にアピールした。
まず、意を決してライブチケットを渡してやった。あの時の俺は偉かった。
当社比ながら赤くなったり青くなったりして待ち侘びていた俺のもとへ、彼はきちんとやって来てくれた。
俺は張り切った。最高のパフォーマンスができて大満足である。
慣れない場に引き摺り出され、戸惑う様子の彼は可愛すぎて辛かった。
その流れで、何と畳敷きのワンルームにお持ち帰りまで成功し、現在に至る。

「いいのか…?」
室内に招き入れてすぐのこと。勢いで背後から抱きついても、彼は逃げなかった。
恐る恐る顔を覗き込むと、頬が真っ赤ながら挑むような眼差しが返ってきた。一つきりの瞳は潤んでいた。
俺は、了承と受け取り彼に身を寄せた。
彼の首元に顔を埋めると、予想よりも華奢な骨格だった。何かよい香りがする。
そのまま数度彼を吸っていると、喉元が震え低い声が絞り出された。
「…んとにおぼえてねェのか」
「…む?」
「俺を」
「………知っているとも!ずっと見ていたぞ」
彼は鼻を鳴らした。笑ったらしい。続けて深くため息をつかれてしまった。
「風呂借りて良いか」
「え。なっ、そんな」
「しっかり俺をここまで連れてきたのはアンタだろう」
「そんな、破廉恥な!」
「…どうする?」
「気にしなくて良いのに…」
「気にすんだよ、俺が」

彼が風呂から上がるのを、俺は体育座りをして待った。
浴室から出てきた彼を見ると緊張したが、照れくさそうに顔を反らす様子に、俺は寧ろ肝が据わった。
この空気で合っていると確信した俺は、彼を畳の上の煎餅布団に引き寄せながら抱き締めた。互いに僅かに離れて角度を変え、今度は抱き締められる。
おお…と感動する間もなく、何と彼は俺を自然に押し倒してきた。俺は最高にドキドキした。身を委ねつつ、こっそり腰を擦り寄せると固い感触があった。
思わず彼を見上げると、少し可笑しそうにしていた。
「あっ。あのっ。今更なんだが、君の名前は…?」
「シンスケ」
「な、なるほど。ほう。ふうん、…シンスケくん。良い名だ……」
彼は薄く笑い、ラフに身に付けていた俺の寝間着や下着を脱ぎ捨てて肌をあらわにしていく。
それを見ながら、俺も自分の服をくつろげた。
俺の緊張を見抜いたらしく、彼は髪や身体を遠慮がちに撫でてくれた。

「ヅラ…」
「?」
彼が小さく、何事か呟くのが聞こえた。
互いの素肌が温かく擦れ合う感触を楽しんでいるときだった。
「…シンスケくん」
「いつもこんな具合ならなァ」
「……あの、シンスケくん。それは誰のことか?」
「フッ。誰ってお前」
「何がおかしいものか。今の君は俺とにゃんにゃんしてるのに」
「ちが、っふ。…マジかお前。…アンタのことだ。俺はそう呼んでただろ」
「知らん!!」
シンスケくんは、何故かいよいよ声を上げて笑った。俺の髪を撫でながらくつくつと笑った。
「ヅラじゃないチーフだ。そう呼んでほしい」
「へェ。っくく…。チーフ」
悔しい。どうにもイライラするが心底楽しそうなシンスケくんが何故かたまらん。
「…え」
たまらん俺は衝動的に身体を起こし、腕を伸ばしていた。
シンスケくんが驚きの声を上げるか上げないかのうちに、互いの身体の位置が入れ替わっていた。

焦った彼は抗議らしき声をあげるが、どうにも構う余裕が無い。
途中で彼が恥ずかしそうに取り出しこっそり枕元に置いていたローションを取り上げ、中身を絞り出した。見様見真似だがやるしかない。
「貸してみなさいシンスケくん」
「何で。おまっ。ア!」
「む、ぬめぬめ…」
「ヅラァ」
「ヅラじゃないチーフだってば!…気にするな、君の風呂は長かった。水音も何かおかしかった。こうしても良いということではないのか?」
「…っ!」
彼はかなり驚いたようだった。ただただ驚いていた。
「悪いなシンスケくん、俺をどうこうしたかったのだろう」
「待て」
「シンスケくん、しかし何故だか俺は過不足なくできる気がするんだ。良いか?良いな」
「…っ」
目元を隠そうとする腕を掴んで退け、唇同士を合わせた。
「っは、んなバカな」
「俺はやるぞ!!!」
俺は勢いで進めた。頑張った。

ことは案外スムーズに進んだ。
形勢逆転にて下敷きにしたシンスケくんは終始控えめながらそこそこ喘いだ。
やはり俺には何がしかの才能があるのかもしれん。前世は神童だったとか?
「あ、うぐ…。っん」
「シンスケくん痛くない…?そうか。…少し慣れているか?」
「だれのっ、せい」
「俺?…気持ち良い?」
「…っ。クソ、ぅ、あっ」
「シンスケくん…。おれはうれしいぞ」
腹付近に熱い液体を感じる。シンスケくんが数度身体を震わすのが分かり俺の胸はいっぱいになった。
「……ゴメン、まだです」
「いやだ、…っ。っヅ」
「チーフです!!」

嫌だ、辛い、と弱音を吐くシンスケくんを宥めながら、俺は暫く続けてしまった。
シンスケくんは可愛い、良い男だった。

桂は静かな部屋で目覚めた。
質素な畳部屋に煎餅布団。
ああそうだ、ここは…アジト何号だったか。
何者かの気配を感じて寝返りを打つと、誰かのしなやかな裸の背中が隣にあった。
「…高杉?」
この状況で思い当たるのは一人しかいない。しかし共に朝寝とは、珍しいこともあるものだ。
「高杉、大丈夫か。怪我は?…具合が悪いのか?」
「ん…」
条件反射で掛け布団を軽く被せてやった。その布団の上から軽く揺すると、高杉は身じろぎをした。
いまいち状況が飲み込めないが、酒の飲みすぎか何かで声が掠れているだけらしい。
「ヅ。……ーフ?」
薄っすら覚醒しだした様子の、愛おしいこと。
寝返りを打ってこちらを向くと、あろうことか人の頬を優しく撫でてきた。
本当に珍しい。はて、と桂は思う。
未だ夢の世界に片足を突っ込んだ様子だが、高杉は、こちらのことは認識しているらしい。
何やら手慣れた様子で手を伸ばしてくる。桂は黙って撫でられてやった。
銀時とせっかく再会したものの喧嘩して、酔い潰れでもして、俺のところに泣きついてきたとか?

「チーフ、な…」
徐々に覚醒し、高杉の口調ははっきりしだした。
「ん?」
「なあチーフ、今日仕事は良いのか?」
「高杉」
「…?」
「貴様、何を言っている?」
「は?」
「一体どこの馬の骨の話をしている?」
「は?……はァ?」
桂は、がばりと覆い被さって頬ずりした。
「うぐ!」
可哀想に、何か酷い目に遭って記憶が混乱しているに違いない。
身体をまさぐってみたが、怪我は無いらしい。ホッとしつつ謎は深まる。
「ん。アっ!…やめ」
腰や首筋を触ると返ってくる反応的に、単に昨夜は…そういうことみたいだ。
そうだったかしらん。
自分は妙に清々しい気分ながら記憶が飛んでいるのが残念だ。

「まあ良いさ。とにかく、」
「え」
急に開放され面食らう高杉も良い。
「熱い茶でも淹れてやろう。起きれるか?」
「…ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ」
「…………俺ァ、モーニング」
「どこでそんな破廉恥な言葉を覚えてきた」
「ブレンド」
「…頭を打ったか高杉よ。それにしても、よくここが分かったな」
「……」
「2人とも怪我が無くて何よりだがな」
「…俺ァ散々な目に合わされたぜ、テメェに」
「それは、おほん。そのようだな、…ウフッ」
「覚えてんだろう、本当は」
「駄目だ。これはいかん。残念ながら記憶にございません。何プレイだ?んん、本当に思い出せんのだ」
「……」
「そうだ。高杉、ここはコンセプト宿にしたら小金になると思わないか?悲恋の逃避行の途中で立ち寄る的な。んん、ティーバックの茶は無かったかなあ」
「ねェよ」
再度の盛大なため息と共に、高杉は布団から起き上がった。
「俺がコーヒー淹れてやらァ」

桂のアジトにコーヒー豆などある筈もなく、高杉の意味不明かつ奇妙奇天烈なサービス提案は叶わなかった。
仕方なく、連れ立って高杉曰く「ここ暫く通っていた珈琲屋」に行ってみることになった。
珍しい。これは普通にデートではないか?
桂は、うきうきと身支度を整えた。