「お前、最近また野生児に戻ったな」
「…んだよ」
大岩の上でぼんやりしているところを急に話しかけられ、銀時は顔をしかめた。
河などもってのほか、川でも言いすぎなくらいの流れ。ただし深い箇所なら大人でも身体がすっかり沈む。さらさらと絶え間ない水音が耳に心地よい場所である。
そこに降ってきたのが高杉の声だった。長い付き合いもあってか人の嫌がるタイミングも的確に捉えてやがる、そう思えてならない。
そんな銀時に追い払う暇を与えまいとするかのように、彼は素早く銀時の隣を陣取り無言で座り込むのだった。
子供らしからぬ、何を考えているやら、辛い思いをしただろうから、等など。松陽に拾われやっと人の子らしい生活を始め暫く経った頃、他所の大人たちが銀時のことを好き勝手に評していたのを子供ながらに感じ取ったものだ。そんな面白くもない記憶を呼び起こされたのは昨夜で、きっかけは同胞の少年たちとのささいな会話だった。
彼らに悪気はないと理解しているつもりだが、どうにも調子が出ないのだった。
「銀さんに何か用?」
「別に」
「…あっそ」
実際どこまで知っているのか、高杉はからかいも慰めもしてこなかった。
実のところ何も知らないのかもしれない。表情を盗み見るも、銀時には何も読み取れなかった。
肌がやたら滑らかそうで触れたくなったが、それはやめた。
暫くして銀時が川面に向けて小石を投げ始めると、彼も似たようなことをした。

「あれ。一緒に入れば?」
次第に沈んでいる自分というものも馬鹿らしくなってきて、銀時は数メートル先を顎で示した。そこでは瀞の淵に立った桂が腰を折り、何事か叫びながら頭を川面に突っ込んでいる。
「煩えからなァ」
「じゃあ後で銀さんが一緒に行ったげるわ。お前一人であんなことやったら流されちゃうでしょ」
「要らねえ。あそこ狭いだろ」
「そうなの?てかヅラあれ、腰とか背中、痛くないのかねえ」
「アイツ昔から身体柔らかかっただろ。…銀時、テメェこそよろけて落ちるだろうなァ」
「いやいや俺なんかより。高杉くん脚曲げて痛え痛え泣いちゃうもんね?」
「…いつ俺がんなこと言った?」
「高杉さ、身体固くてオナれないんだろ。それで猥談入ってこないとか?銀さん練習相手になってあげるけど?」
「!………何言ってんだお前」
にやつくのを堪え、銀時の頬は小さく痙攣した。どうも彼はこういった話題が不得手らしいが、その反応こそこちらの悪ふざけを加速させると何故気付かないのだろう。
「何でそんな頑ななのよ。イイコぶったってさあ。流石に、したことなくはないだろ?いやあ、真面目な話、抜いてはいるよな?たまにはさ」
「チッ。心配して損したぜ」
「あ、やっぱ銀さんのこと心配だったんじゃねえか」
「その様子じゃ何も問題ねえな。…何だ?こっち来んな」
「あはは。そうだわ、そのへん年頃男子にしちゃコイツこそ人間味ないのに」
「あー…、お前」
途端、高杉の表情が呆れたようなものになる。
ああこいつのこういうところが嫌だ。銀時は、急に嫌な気分になった。
「こいつの」について厳密に言うとそれも正しい意味ではないから嫌だ。
何というか、そうだな。銀時は考える。高杉は俺を特異な奴としない…つまり辛い過去を背負ってきて可哀想だとかそういう見方をしない。それでいて突っかかってくる。けれど意外と笑顔もよく見せる。
コイツと居ると腹の奥がむずむずして気持ち悪いような気がして。
「あー。あーあー。ストップストップ、じゃあ、一番、最近で抜いたのいつ?」
「こんな昼間からする話でもないだろ」
「夜聞いたら答えんの?」
「しつこいな。…何だ、やんのかお前」
「はあああ?そっちがその気なら?別に?相手してやってもい」
「コラー!!!」
取っ組み合い開始の直前で場外から飛んできた怒声に驚き、銀時は握った拳を緩める。そんな銀時の胸倉からも、高杉の手が離れていった。
そのまま揃って声のした方を向くと、両手を腰に当てた桂が睨んでいる。濡れた髪を顔や身体に張り付かせたその姿は、妖怪じみて見えた。
「河童みてえ」
「アイツが一番人間じゃねェ」
「まあ、そうね」
「喧嘩はやめなさーい!………お前ら何がおかしい!!」
「…フ」
その姿のまま重ねて怒鳴られるとますます滑稽だった。先に吹き出したのは高杉の方で、銀時もつられて笑った。終いにばんばんと互いの背を叩きあい、腹を抱えて笑い転げた。
「んー、まあ仲直りしたなら許す!つうか、たかすぎー、そこの手拭いくれー!」
「ん?おう…」
笑いすぎて滲んだ涙を指で拭いながら高杉は立ち上がる。あっさり置き去りにされるようで、銀時は少しつまらなく思った。
「なんだ、やっぱ入ってくんの?」
「ん」
尻についた砂埃をぱんぱんと祓う手、逞しくなってきた腕。それらは勿論銀時くんには遠く及ばないがね、と思うのに目を離せず、そのまま脇などを凝視してしまう。
その間に彼は腰帯の隙間にねじ込んであったらしい手拭いを取り出し、それを口に咥えて服を脱ぎだす。
舐めるような銀時の目線を知ってか知らずか、彼はそのままどんどん脱ぎ捨てた。そして終いには素っ裸になった。
「おま……ヘンタイじゃないですか…」
「今どこにも女は居ない。…残念だな」
「え。…びっくりした。今お前のこと見直したわ。確かに残念すぎる」
「な」
「…ねえ、つかお前、下の毛薄くない?前も言ったかもしんないけど」
「見んな。んなこたねェだろ。…馬鹿が」
咥えていた自分の手拭いを腰に当て、桂に渡す方は首に掛けて行くらしい。
無意識のうちに銀時は自分の股間にそっと手を当てていた。
「おっ、高杉も来るかぁー?ここの水メッチャ綺麗だぞおー。陽が当たるから今ならあったかいぞぉー」
「そりゃ良い、…っ!、冷てェ」
「でも俺はもう冷えた!手拭い早くー!アッそこ転ぶなよ」
「っ、この岩のことか…?」
「羨ましいなあ、銀さんは構って貰えなくて寂しいわ」
「ハ。知らなかったぜ銀時、あんな口煩えのが好みか」
「バッカお前」
「……」
「たかすぎぃー」
「んだよ!」
ぱしゃぱしゃと水を漕ぎ緩い流れに埋もれていく白い背中に、桂の声真似を投げ掛けてみる。すると意外にも足を止めて振り返ってくれた。
一瞬面食らったが、銀時は思い切って声に出してみた。
「今夜、一緒にエロい遊びする?」
「!?てめ…っ」
「ケツ洗ってきてよ。中をさ。な?俺は後で身体洗うよ」
「………ハッ!」
げんなり顔に負けじと、咄嗟のことにしては上出来すぎる真摯な表情で語りかけたつもりだが、鼻で笑われ終わった。

その夜、空き部屋を占領し一ヶ月分のジャンプを読み返していた銀時は訪問者に心底驚いた。
翌朝の作戦会議をサボ…欠席する予定の重役候補は自分だけと信じて疑わなかったが、まさかのライバル登場。悔しくも頼もしいような気分で引き戸を開けると、意外な男が立っていた。
「たかすぎ、」
「探したぜ」
「……起きてたんかよ」
「…今夜、遊ぶ約束してただろ」
「え…?」
「昼。川で」
「え、え」
確かに昼間そんなことがあった。
あのあと銀時は軽くふてくされ、周辺をあてもなくうろついた。それに飽きて水辺に戻った頃には誰も居なかった。
それはそうと、と身体を沈めた水は気持ち良かった。
「一つだけ聞きたい」
「…なに?」
立ちすくむ銀時を退かすようにして高杉は室内に押し入ってくる。応えた銀時の声は、自分でも驚くほど低く掠れていた。
「お前は、それで何か俺に勝とうとしてんのか?」
「は!?」
「俺を貶めて、楽しくなりてェか」
「ちがう」
「…へェ」
「違う。そういうんじゃないわ」
「そうかァ?」
「俺も、よく分かんないんだけど」
銀時は息苦しさを覚えた。耳が熱く、身体中を掻きむしりたい気もする。
のろのろと顔を上げると、相手の視線が絡みついてきた。それは意外にも真剣な色をしていた。
「分かんねえ。…銀さんサッパリだが」
「……」
「あのねえ、とにかく一緒に。お前と、やりたい。多分ずっとそんなん」
あらぬ疑いや誤解は避けたい。喧嘩ばかりしたくない。
「それだけ。そう、…。楽しくやりたい。何でも、お前と」

沈黙が流れたが、銀時は緊張による息苦しさの方が辛かった。
「そうか」
「へ」
「そうか銀時。やろうじゃねえか」
「え…」
「面白いと思うぜ俺ァ」
「おもしろいね…?」
「そういうこった」
「…そう?」
「フン。あ、なァ。丁度いいトコあるぜ」
「床?」
「……あァ」
重ねて二度三度確認したかったが、相手の頬が真っ赤なのに気付き憚られた。
瞑目した彼の睫毛は震えている。
銀時は腕を上げ、手の甲でそっと相手の頬に触れた。
「……」
「高杉お前」
「………っ!?」
「夢じゃないんなら、そこ連れてって…?」
「おあ、ぅオイ!」
物理的に噛み付いてきそうな勢いに、銀時は柔らかい頬から慌てて手を離した。
「クソ野郎!」
「だっ。マジか。現実か…」

「スゲェー!こんなの持ってたんかお前!!テンション上がるわ!」
「フン…そうか」
高杉に連れられ移動した先は、何と拠点の裏山にこっそり設置されたテントだった。
「しかもオシャレなヤツじゃね?何?アイスポーク?ああーアレね、はいはい、ちょっと良いやつね。はいはい」
「銀時、毛布そこに置け」
「へい。よっこらせック、へへ」
「銀時、これそこに吊るせ」
「えー何これ、うわ結構眩しっ!」
「銀時。これ全身に吹き掛けろ」
「ほう。えー、割といい匂いじゃね?」
高杉の自慢げな顔は普段なら鬱陶しいことこの上ないが、今夜はいくらでも目を瞑ってやろうと銀時は考える。
「っじゃねえわ何だお前!何か勘違いしてない?」
「舐められたもんだ。……身体、洗ったか?」
「…分かってるみたいなので結構です。洗ったよちゃんと。こんな…これ、一人で準備したの?」
「まァな」
「くそっ、悔しいけど、アッくそ、銀さんときめいたわ」
「造作もねェ」
「くそう。今に見てろよ…?あと十年も経ったら俺ら勝って平和になってて、なったら…銀さんは何か色々なんでもできるようなベンチャー企業の社長なってて」
「へェ」
「…都会のど真ん中ででもこんなんやって、そうだな、警察とかに注意されてもスマートにかわせるのが銀さんで…」
「ああ」
「超美味そうなチーズとろけさせてハフハフしたりしてやる!そんとき仕方ないからお前も呼んであげるわ!」
「そうか…」

「もっとこっち来い」
一通りの場を(大半は銀時に命じてやらせたようなものだが)完成させた高杉は、足元に敷かれた簡易毛布の上にどす、とわざとらしく音を立て座った。
そして慣れない様子ながらも指先で誘ってくるのだった。
「…脱衣開始で合ってる?」
「合ってる。脱がしてやるから来い」
「は?遠慮しとく」
「あ?………つまんねえこと言ってねえで来い」
「わ、てめ、やめてよ伸びるでしょうが!」
「今そういうの要らねえだろ!」
「じゃなくて、そういう意味じゃなくて!いいから、お前はもういいの!美味しいとこ全部持ってきやがって。もう。銀さんがやるから」
「任せておけるか!」
ゴツッ。
いや俺が、いやいや俺が…。二人は揉み合い歪な一つの塊になりかけたが、下敷きになっていた方つまり銀時が何かに痛がったため静止した。
「いッ!!……!?」
「銀時!」
「いた、何か落ちてて、えっでも何もない、いやでもさっき後頭部がッ」
「…そうか!整地不足だ」
「何?えっ何?」
「悪かったな銀時…」馬乗りだった高杉は銀時の身体の上から離れ、テント生地の下をまさぐり何事か確認してから銀時の元へ戻ってきた。そのあと、そっと頭を撫でてくれた。
「うん…?」
銀時は大人しく撫でられてやり、折を見て自分からも触れた。
暫く触りあったあと、ぎこちなく互いの様子を伺いながらそれぞれ自分で脱いだ。

銀時はそろそろと片手を動かし、相手の裸の胸に触れた。
円を描く要領で撫で回せば次第に肌は温まり、意図して乳首を掠めると背を震わせるのだった。
「…っ!」
「きもちい?」
「寒気が」
「ふうん」
「あッ、もういい、やめろ」
「ええ…?こんなの序の口だろ、たぶん」
「べつに」
「あは、…別に、って」
返答はそっけないものの目立った抵抗もなく、恐る恐る銀時は続けた。
一応は大人しく触らせ続ける彼の顔を覗き込めば、ぎゅっと目を閉じ何かに耐える表情をしていた。銀時の胸は熱くなった。
だが黙ってされるがままな訳もなく、お返しとばかりに銀時も大概あちこち撫で回された。
「っ?!なに?」
「銀時ィ、…こういうときは普通だ。多分」
「お。おう」
「寒くねェか?」
「ん…」
妙に優しくされ、銀時は内心調子が狂っていた。
今夜こうしてお膳立てまでしてくれたということは、俺がどうしたいかは分かってるんだよな?俺がお前をどうしたいか。
だって昼、銀さんは言ったもの。水辺ではっきり伝えた。
「何だ銀時。ニヤニヤしやがって…」
「っぷは、高杉くんも、なかなかお上手ですね」
「…俺『も』?」
「あー!そうそう。そうだ、銀さんローションての持ってまして。待って」
「ん、おう」
銀時が荷物から取り出して見せたものに、高杉の表情は一瞬強ばる。
「痛くないようにいっぱい使うから。な?」
「…ああ」
「じゃあ、何だ。指でつけるから。…合ってるよな?」
「…だと思う」
銀時も相当だが、いよいよ高杉は緊張していた。不自然に引き結ばれた唇が戦慄いているのが分かる。銀時はそこに自分の唇をそっと当てた。
「…っ!?」
「っぷは。仕方ないでしょ流れ的に。こ、こんなん当たり前だから。普通だから」
「……ハハ…」
それで少しばかり緊張が解けたらしい、全く世話の焼けると言わんばかりの仏頂面で、高杉は再び目を閉じた。驚くべきは、それに加え首を傾け、唇を緩めて見せてきたことだ。
銀時もそれに応え、次第に夢中になって口内を貪り合った。

「んっ?」
ぬちゅと粘着質な音と共に銀時の唇は突如すかすかになる。
銀時は、頭がぼうっとしていた。
「あ…ッ、わるい、」
「なに…?」
「ン、離せ、むり」
心細そうな幼馴染の表情が至近距離にある。
抱き締め合い身体を擦り合っていた手を止め、銀時は続きの言葉を待った。
「あ、あんまされると、なにか触ってねェとだめだっ…!」
「そう…?」
はじめは生返事しかできなかった。その後ゆっくりと現状を理解し、銀時は小さく笑った。
肩に回された高杉の腕、そのどちらかの指先が引っ掻いてしまったと気にしているらしい。
「良いよ…」
「んんっ」
一人納得し落ち着きを取り戻す銀時とは逆に、高杉の身体は殊更大きく震えた。
今、濡らした彼の中には銀時の中指と薬指の二本が収まっている。体内に他人を受け入れる感覚と他人の粘膜を探る感触、その違和感には互いに慣れた頃合いと思っていた。
「高杉、いい?」
「あ、あ。ヤバ、い、」
「……これは…?」
「ア!?」
「痛いとかでは、ないの?」
「は、っは、ねェ、が」
それならこれは?ここは?
銀時はゆっくり指を抜き差しさせてみる。ぬるぬるした粘膜は指に引っ付いてきた。
「ア、っ!?~~~っ」
「どう…?」
「…っ」
「ゆっくり、…ずぼ、ずぼ」
「う、…?っ!」
「うわ…。お前もう、やば。いけるか…?銀さん分かった。と思う」

「じゃあいくけど」
仰向けに高杉の身体を広げさせ、その中央の窪みに自身を擦り付けながら銀時は言った。
ローションでぬめるそこは擦り付けているだけでも気持ち良いが、ここまで来たからにはやるしかない。
「ん…」
「大丈夫そう?」
「お、う」
「いくからな」
「ん、ぎん…ァ、痛」
「!…やめとく?」
「うあ、ああ、やめねェ、あ、こい…っ!」
「…ここ、入れてくから」
「あ、ん、うん、…ッ」
「あ、…」
「や。きた、はいって、ん、」
「高杉ぃ…」

銀時自身、何がどうなっているのか正しく理解できている気がしなかったが、相手の声音や絡ませあった手の握力の変化なんかを頼りに、どうにか身体を動かし続けた。
つつと背中で汗が流れ落ちるのを感じる頃、銀時はあれ、と思った。
自分の腹部付近にごろごろする存在がある。汗でべたべたに湿った互いの肌の間に片手を差し込むと案の定で、嬉しくなった。
「むり、さわんな、ッぁ!」
口ではそんなことを言うが、高杉の表情からは別の意味が見える。なので銀時は握ったものをもう少しだけ強く上下に扱いた。
「アッ、ひあ、っく、ぐ…っ」
自身の赤い顔を隠そうとして動くらしい彼の二の腕に唇を寄せ、銀時は腰を更に奥へと押し込めた。

やがて銀時は、腰を振りながら指で乳首をくにくにと弄るなどもできるようになった。
そこで調子に乗り、親指を一方に当てたまま戯れに手のひらを目一杯開くと、何と小指がもう片方に届く。
「すげえ、」高杉、乳首ってその気になれば片手で二つ一気に弄れる!
銀時はそんなことを即座に幼馴染に伝えたかったが、当の本人に唇を塞がれ叶わなかった。
「んむ」
っちゅぷ。
口内に忍び込んでくる薄い舌を噛んでしまわぬよう、普段使わない様々な神経を使う必要があった。
やっと顔を離す頃、高杉は首まで赤く上気させていた。恐らく自分の顔色も酷いのだろう。
最早、互いに引くに引けぬまま結構なレベルまできてしまったらしい。
「…はは」
これだから、俺らは。
自然と口元が綻び、堪らず何か下らないことを話したい気持ちになる。
高杉も口元を歪せており、水の膜が張った瞳は暗がりの中で煌めいていた。
「やれちまった…」
「なに?なんて?」
「はは。なかなかまんぞくだぜ、ぎんときィ」
「…銀さんおかわり」
「な」
「ちょっとだけ。な」
「あ。アッ、…!」

翌朝、銀時は頭上で響く高音のせいで眠りから引き上げられた。
耳鳴りでもないらしく、徐々に覚醒してきてもそれは鳴り止まない。うるさい。それに、寒い。
「うっせ…。笛…?」
「鳥だろ」
「え」
漏れ出た独り言に対しどこからか低い声の返答があって初めて、銀時は今の状況を理解した。
言われてみればなるほど、それは煩わしい高音などではなく小鳥の綺麗な鳴き声だ。
銀時は寝返りを打ち、傍にあった熱の塊を抱き締める。銀時が運んできた毛布を被り丸まっていたらしい塊は、更に強く抱き締めても大人しかった。昨夜はこれも途切れなく、よく鳴いていたんだった。
「高杉、あれ、何て鳴いてんだ?」
「知るか」
「何の鳥かは分かる?」
「カクシドリ」
「初めて聞くわ。延々と鳴くね」
「……そうだなずっと鳴いてやがる。…なあ銀時、昨夜この辺りをうろついた奴なんて居ないよな?」
「鹿は、追い払ってくれたんじゃないの?夜中、腰痛いとか言いながらも出てくから銀さんびっくりしたわ」
「…あれは結果的に鹿で良かったってだけだ」
「鹿でしたか」
「鹿だった」
「いや、つうかわざわざ近寄らないだろ人んちのテント」
「そうか?」
「寧ろ怖くね?誰かいるとか思わず夜の山歩いててさ、喘ぎ声聞こえたら俺死にそ、いた、いたたたた!」
「それがマズいってんだ!!!」
「良いじゃん、気持ちよけりゃアンアン言えば良いんだよ次から我慢禁止な。眠けりゃ寝る、サボりたきゃサボる、」
「あれはお前が!俺はもう充分だってのに…!」
「うぐぐぐ照れ杉ギブむり」
「…悪い」
「ケホ…なあ、俺もさ。誰にも言わないし、お前も他で見せなきゃ良い話だろうが」
「言わない?何を」
「高杉くんが本当はどエロって」
「てめェ…っ!…っ!?」
「はい、がっちりホールド」
「っクソ、ああ、っクソ!!!」
「なあ、またやろうよ」
「……」
「慣れたら声我慢できるもんなんかも分かんないし。いやしないの大歓迎だけどね銀さん」
腕の力を緩め、銀時は畳み掛ける。しかしその言葉は我ながらどうにも違う気がした。
「ああでもお、続けるうちに銀さんどんどん上手くなるだろ。お前もっと喘いじゃうかも。でも…それはそれで良くね?だってお前の声のお陰で昨夜も…鹿も誰も、襲って来なかったんじゃない?」
口から出任せを言ってみるも、やはりしっくりこない。
「続けんのか」
「続ける」
「他所でやればいい」
「え、それは…、いいや」
「ふ。……いいぜ銀時」
「聞こえなかった。なんて?」
「お前にしちゃ上出来だ、ってんだ」
「そう…?」
「山猿みたいだったのにな」
「……」
「…っはは」
だった、か。別に気にしないが、そうであってもなくても、まあ。
不思議と全て些細なことのように思えてきて、銀時はただ無言で腕の中の存在を抱き締めた。

「なあ…早速で悪いんだけど、朝練ってか復習しない?」
「あァ…?っわ」
銀時が流れに任せて素肌をまさぐったところ、急に本腰を入れて暴れだした高杉の片足が何かに当たったらしかった。
ぎし、とどこかで不穏な軋みが聞こえた。
「待て銀時」
「え?」
ぎ、ぎ、ぎぎぎ…。
「まずい早く」
「たかすぎっ」
がさ、……どさどさコッキーンばしゃばさばさスコココゴキン!…ばさ。
周囲で物凄い騒音が鳴り響き、あっという間に二人は解体され散らかった素材やら持ち込んだ用品やらの下敷きになっていた。
「…生きてるか?」
「お陰様で」
銀時は、腕の中の存在が無事だったことに安堵のため息をついた。

「もう良い、離せ」
逃れようともがくので、銀時は渋々隙間を作ってやった。そこから這い出した高杉は一晩の屋根だったものたちを掻き分け、片付けを始めるらしい。
「まあ、…取り敢えず行くか」
「え?…どこに」
「急いで帰れば間に合うだろ軍議」
「エッ!」
「どうした」
「まさかお前、最初からそれも狙って!?怖すぎるんですけどォ!?やだやだやだやだ、片付け銀さんやっとくからお前だけ行って来いよ、な?」
「狙ってはない…。ってもお前が来なくてどうする?良いからさっさと服着ろ」
「…高杉くん、誰かに頼まれた?銀さん元気付けて連れてこいとかって」
「そりゃ無ェ」
「ほんとか?…や、でも俺行かないからね絶対。身体無理しない方が良いぞ、やめとけやめとけ、早くお前も入ってこいってば。やだやだ、ほんと意味分かんない」
散乱する部品を掻き分け、銀時は毛布の中に潜り込んだ。
どんだけ元気なんだ。そんなに行きたきゃお前一人で行けば良い。つうか昨日の今日でピンピンしてられる訳なくない?と思った銀さんがおかしいの?
馬鹿め、体力馬鹿の結局は優等生属性め。真面目か。
昨夜あんなにふにゃふにゃだった癖に?
「銀時」
「っ!」
暫く物音がしなかったので油断していた銀時は、急に肩を掴まれ息が止まった。
仕方なくそろそろと顔を出したが最後、がしりと両手で固定されああもう終わった、と思った。
しかし見えたのは優しい目だった。銀時が戦場でどれだけ強くても、帰れば幼馴染やなんかとして当たり前に向き合ってくれる奴の。
それがぼやけるほど一気に近付き、ちゅ、と音がして唇が湿ったと思ったらすぐ離れていった。
「服を着ろ。行くぞ」

銀時は引き摺られるようにして朝の軍議に参加した。
土埃まみれの自分たちに気付いた他の面々が、面倒事には巻き込まれまいとそれとなく距離を置くのが分かる。そんな中、鬼兵隊士で物怖じしない者たちは己らのリーダーに声を掛けそれとなく労うのだった。
「おはようございます。白夜叉も引っ張って来てくれたんですね」
「桂さん褒めちょりましたね」
こっち聞こえてるっつうの!銀時はつい舌打ちをしてしまう。
「あれえ、腰痛いんですか?やだな、どうせ喧嘩して、転んでぶったりしたっちゃないですか、もう」
「違う。仕掛けてきたのはあっちだ」
「お互い、別のところで同じこと言うとるでしょ」
「そうじゃ、あはは、揃って泥だらけで来といてよく言うわ」
「フン…」
まんざらでもなさそうな高杉の表情を認め、妙な充足感が胸に満ちてくる。

ああ、こういうことね。
何が「こう」なのか問われても困るのだが、何か、腑に落ちるものがあった。
こういうことなのね。
一人納得していた銀時は、当の本人と目が合い固まった。
ふ、と彼が笑う。
銀時は、慌てて彼らに背を向けた。