「ふむ。ゲテモノもいける口か」
そうっと後ろから歩み寄る。
頃合いを見て声を掛けた相手の、肩が、びくり。
宿から出てきたところを現行犯逮捕だ。
待ち伏せしていたのでなく、たまたま。ラッキーである。
真面目くさった顔でおじさんを見送る姿には、最早呆れてしまった。
嫉妬、憤慨、普通に身を案じる気持ち。俺にだって人間らしい感情もきちんとあるぞ、と桂は思う。
高杉お前は。昔から俺のことを好ましいと思っていただろう？
そんな男に昼も夜も好き勝手されて、鬱陶しいと言いながら、心地よさもあったのだろう？
…弱みになるから、死んでも言いたくないだけで。
自惚れだったのだろうか。
「知らなかった。ショックだなあ」
「お呼びじゃねえ」
「口直しが要るだろう」
「…ん…っぺ。フン」
「まだでしょうが！」
「っん、っぷぁ」
軽く口内を触診してみると存外おとなしい。
拍子抜けしつつ、瞬く間に胸中が爽やかになっていくのを感じる。
なあんだ、と桂は破顔した。
「どっから見てやがった？」
後ろから粘ついた声がした。はいはい、ごめんごめん。
しかし声が遠いな？と思ったら知らぬ間にスキップをしていたらしい。
振り返ってみると、電柱ひとつぶんの距離ができていた。
腕を組んで仁王立ち…の上でちかちかする電灯に群がる蛾、の向こうで瞬くのは火星かしら、それともあれがデネブアルタイルベガ…。
「おい」
どうせ面白がって眺めていた癖に、とでも言いたげだ。
「酷い言い様だ。通りかかっただけなのに」
まあ、大正解なのだが。
『おかえりざべす』
気まぐれに主が獣を連れ帰ることには、彼なりに都度驚いている。
だが誰も気付いてくれない。こんなに目を見張っているのに…。
「邪魔する」
獣もとい客人は、相変わらずきまりの悪い顔をして草履を脱ぐ。
主が飼い慣らして撫で回したくなるのも、分かる気がする。
「そこにお座り」
「ふん」
むっとした顔でも、高杉は結局従う。
胡座をかく前に、座布団を蹴飛ばすだけは、しておいた。
『…婆様！高杉を連れてきたぞ！』
得意げな声が耳奥に蘇る。声変わり前の桂のものだ。
畳の匂い。揺れる尻尾を追って敷居を幾度もまたいだ古い家。
桂の祖母も、暖かく迎え入れてくれる人だった。
『よっこら』『しょういち』
当たり前のように隣に座る気配で、現実に戻った。
と、両手がおもむろに引かれ、上下に軽く揺すられる。
『せっせっせー、の』
声も表情も変わらないが、言わんとする内容は分かった。
いま己のそれを包む白い手。手だろうか。それは不思議と暖かい。
「悪いなあエリザベス。ちょっと面倒みててね！」
身支度をしながらひょいと顔を覗かせる主。割烹着の白に、ますます彼の人を連想させられる。
極めつけは、首から垂らした手拭いだ。
よいよいよい、と最後の三拍子に合わせて大きな身体が左右に揺れ、高杉もぐらぐら揺れた。
『何して遊びますか』
ヅラと、せ。とは流石に言えない。
「そうだな…」
『桂さん』『ずっと乙女して待ってましたよ』
「へェ」
野菜を洗っているのか、水音が聞こえる。
身体を捻ると、割烹着の後ろ姿。あんなに細い腰をしている癖に…。
懐を探る。後で桂に言って、何か煙草盆の代わりを貰おう。
つんつん。
『ティッシュの』
プラカードが近すぎる。読み違えたかと思い、高杉は身体を引いてみた。
そうとしか読めない。
『減りが酷くて』
「あ？」
『寝言で呼ぶんです』
「なにを」
『あなたを』
「…思い出した。用、あったな」
用事、用事。
『蕎麦湯を見ては』『一人笑い』
何かしらあった筈だ。
「はあ……」
『昔から』『お好きだったんですか？』
「蕎麦湯？」
『白くて』『トロっと』
探り当てた煙管を握る指が、じっとり汗ばむ。
「おい！…頼む、あれだ！句を見てくれ」
「…喧嘩はいけませーん！…」
「ってねえよ！」
音に出ない発言を相手取るのは不利だ。
『じゃ』『枯山水ゲームですね』
「此奴には無理だぞ？高尚すぎて敵わん」
濡れた手を身体の前でぶらぶらさせながら、いよいよ桂が割り込んできた。
「何だ、それ」
『徳を積むんです』
「ニッチでオシャレなボードゲームだな」
「ヘェ」
「奪い奪われコタロインワンダー！」
「…っ」
思わず仰け反る。急に大げさな動作をしないで欲しい。
『桂さん』『分かってませんね』『やっぱり全然ダメ』
「訂正！ゲームはUNOに限る」
「ヅラ。ここはもう良い」
「雅だ何だと、武士がちゃらついた真似をするものではない。それよりな…」
ここが、今のお前の拠り所か。
あるなら何でも構わない。
なにぃ、ちょっと酷いぞ『理解してないの』『桂さんだけです』とにかく高杉にはやらせん『それより』『お鍋大丈夫？』…
ぶつぶつ言いつつ、やっと桂が台所に戻る。
やれやれ、だ。
勝手に小机の脇を漁った。そうして手についた将棋盤を持ち上げ、戻す。
また子が喜ばないとも限らない。
一度試すくらい、意固地になるほどでも無い。
「さて」
『桂さん』「空気を読む気がねえな…」
「恋しがって泣かれると敵わんからな」
「馬鹿言え。ってまた来たのか」
「んもう。あとは、ぐつぐつさせておくんだ。さ、チィータイムにしよう」
『★tea★』
「ナイスザベス！」
「……」
『今から勝負』『なんですが』
「よしきた、俺が実況してやろう」
「はあ…。ヅラ、茶」
「トゥイーが欲しいか」
『桂さん』『こっちには』『いりこだし下さい』
「おおっ。見ろ高杉、エリザベスがその気だ」
「何をくれって？」
『飲みます』
「はいはい、どぞザベス」
「それ、茶じゃねえのか？」
「いよっ！エリちゃんの！ちょっと良いトコ見てみたい！」
『では』
「抜くぞ！抜くぞ抜くぞォ！」
『エクス！』
「抜刀ゥ！」
「………」
「お前も好きだな」
耳許に吹き込んでやると、白い頬がさあっと赤くなった。
柱に凭れた桂が、後ろから抱えて座っている。
腕組みをさせ、その外側の腕を押さえると片手で事足りるので便利だ。
寝間着はまだ二人とも着ている。
高杉の寝間着の袷だけ、大きく開いている。
「それ弄くって、ん、喜んでる奴が、よくも」
くるくると乳輪をなぞったあと、登頂した指に力が篭もる。が一瞬のことで、あっさり離れていくのが憎たらしかった。
細い指は、寝間着の下の肌を蠢いた。
かた、かた、と肋骨の窪みを通る時、妙な気分が強くなるのだった。
「別にな、俺は喜んでない」
「よく言う」
高杉は肘で小突きたいが、難しい体勢だ。
苦し紛れに身体を前後に揺すって体当たりを仕掛けるが、威力などたかが知れていた。
「ぐは。こら晋助。ただな、俺は嬉しいぞ」
「…宿は、話で入っただけだぜ」
「まあ、うん」
それも既に何となく理解した。一番嬉しかったのは、捕まえたときの表情だ。
ほんの一瞬、悲しいような驚いたような目をしていた。違う、違うんだと許しを請うような。
桂は鼻をひくひくさせてみる。せっけんの香りが濃いものの、「…ん、ってぇな！」普通に塩っぱい。
味見はそこそこにしておいて、唇で宥めてやった。そこ、誤魔化しなどと言ってはいけない。
「今夜の俺は、絶好調なんだ」
「嫌なこと聞いたぜ…」
「聞かなかったことにしてやろう。して晋助、よくまあ可愛いことをしてくれたものだ」
「ああ？」
一つきりの視線が、下から睨めつけてくる。瞳がとろとろ光って、甘い蜜壺にも見えた。
「また新しい、悪巧みか？」
「そう言うな。舟も店も、人目が気になるってんで、な」
「ほう？」
「ヅラ、…お前、童話は好きか？」
これには、僅かに音の乗った吐息しか返らなかった。
ふう、とも、ふむ、とも取れる高くて小さな音。
高杉も、口を噤む。
「真夜中になると俺のこれがびろびろ伸びて、がんじがらめ、とかな」
今度は、自慢の髪の毛で撫でてやっていた。
「あ、…なんだって？」
僅かに震える語尾に、桂は満足する。
するする、きゅっ。周囲を毛束で撫で回し、乳首を親指の爪で押す。無邪気な手遊びのようなものだ。
俯く高杉は、きゅ、と押される度に僅かに背を丸める。
「…っ」
「そろそろかな？」
応答なし。ふむ、と桂は腰をもぞもぞさせる。二人の身体に挟まれて、良い圧だ。
縮こまる身体、熱くなった肌。
「そろそろだな？」
開放してやると、後ろ手で触れてくるのが、いじらしかった。
かたちを確かめるようになぞってくる。
「やん、晋助、こら」
「るせ。…っぶ！」
「こしょこしょぉ。ほら、ヘクションしてごらん。クション」
「ん！」
胸を撫でていた毛束が鼻に向けられると、獣も面食らうらしい。
嫌がって首を振るのは反則だ。ますます虐めたくなる。
「汚えだろ！」
手入れを怠った日は無いと言うに、失礼な奴だ。
「いやキレイだから。いい匂いでサラツヤだから」
「じゃねえよ」
ん？横から顔を覗き込むと、意外にも高杉からの口付けだった。
「ヅラ、『あ』」
「あ？」
「開けろ」
「おお…？」
「舌噛むぜ」
じ、ちゅう「……」…じゅ。
「あ…高杉、もっとお」
「む、んあ。っだから、お前は動くな！」
「ん、…ん。俺も可愛がりたいのさ、っぷは」
「てめえのは意味が分からねえ」
熱い手で、しきりに肩を押してくる。
向き合いたいらしい。所謂イチャラブってやつだろうか。成る程、俺もしたい。
桂とて向き合いたい抱き合いたいと思うが、帯を抜いてしまうとあら不思議。
我に返ると、胸を弄っていたままの体勢で、繋がっていた。
そう言えば、挿れる時に「え、」と間抜けた声を聞いたか。
「ヅラっ、嫌だ、顔、前」
「はいはい、ちゅ」
「じゃねえ、っんんー！」
反論は、一定時間ごとに、思い出したように。唇で誤魔化すが、中々しぶとい。
濡らすあいだは従順だったのになあ、と苦笑が漏れる。顔が見えない方が好都合なのだろう。
高杉を揺らすと、高杉の中心が揺れる。ぶるぶる揺れるので、可笑しくなった。
動きを止め屈んで見ると、先端に雫が盛り上がっていた。
そっと指先で掬ってみる。じわり、と次の雫が湧き出てきた。
掬っても掬っても、次から次へと、ぽろり、ぽろり。
「さ、触んな…」
息も絶え絶えに苦言を呈してくるのが、また。
何か気持ちいいなと思ったら、触れる度に中が締まっていたのが、全く。
「ふむ」
「ぇ、？っん、ああぁ！」
一度腰を深く抱き寄せて、思い切り抜いた。
先端を強く親指で押さえたものは、握り込みつつ。
出ちゃうかな？との懸念からそうしたが、意外と発射しなかった。
「あ、あ……」
涙目を見開いて呆然とする高杉を布団に寝かせ、裂いた古布の切れ端を箪笥から取りだした。
包帯代わりにと洗ったものなので、問題ないだろう。
「では、ですね」
布団に座り込み、俯せで荒い息をする獣を抱き起こす。
握り締めて離さないのは、桂の羽織だった。
一体いつの間に。取り上げようかと思ったが、何だか可哀想でそのままにしてやった。
暴れるのを押さえ込み、再び後ろから突き刺して一緒に座る。
股関節付近を揉まれると、高杉の脚は力なく開いた。
寝かかっていたものは、また起ち上がるところであった。桂が雫を塗り拡げたので、頭がてらてらしている。
ローションを垂らした端切れが、高杉のものに当てられる。
「なに、なに…」
本人としては情けなくも、うわ言のような声しか出ないのだった。
「どんなもんだろう、な？」
「ヅ、ラ」
「高杉、貴様がぎゅーってなったら、俺もびゅーってなっちゃうかも…」
「う、待て、や、っんあああああっ！」
コップ磨きのように包み込んでみたり、指数本に被せて撫で回してみたり。
てきめんだったのは、端切れの両端を持って亀頭に当て、往復させる動きだ。
しゅ、しゅ、とゆっくり左右に動かしてみた時点で、二人とも薄々感じてはいた。
これはやばい。
引く時に力を抜いた方が、支点に集中して、こう、良いな。
他にどう役立てるのかは置いておいて、次第に自分なりにコツや理屈を見つけ、桂は悦に浸った。
そうして調子に乗ってスピードを上げると、凭れた身体はがくがくし始めた。
連動して、桂のものが収まる場所も、うねりか締まりか知らないが物凄い動きになった。
繋がっている以上、多少のリターンからは逃れられない。
しかし桂は、内股になりながらも頑として端切れを動かし続けた。
これを乗り越えれば、俺の、シュッシュスキルが…。
「やめ、やめ…、ヅ、らぁ！」
「じゃない、桂だああっ！ぁんんん」
大惨事だった。
眠りの縁は、驚くほど急勾配だった。
互いに何か聞き忘れたことがあったような気がしたが、布団に潜り込むので精一杯だった。
「首をな、検分しに行かねえか」
「は、…んえ？」
窓の光が、眩しい。
隣の高杉は、布団に身体を起こし格好つけていた。ように見えたが、手元に何か持っている。
見ると、桂の羽織だ。一体いつの間に。
変な気がした。恐らくデジャヴってやつだ。
「昨夜な」
何やら手をごそごそ動かしている。人のお気に入りに何を、と思ったら、毛玉をむしっているらしい。
昨夜の照れ隠しだろうか。
「おはよう、高杉。ローションゴシゴシは、とんでもないな」
ぶち、と少し乱暴な音がした。やはり、むしっている。
「高杉、俺も次はもっと丁寧にするから、毛玉取りならもっと優しくだな。…次は玉ゴシゴシやってみるか？」
ぷち、ぷち、とまた幾つかむしる高杉。照れ屋さんめ。
「昨夜な、目当ては別件だったんだが、妙な話も寄越しやがったんだよ」
あ、おじさんの話か。
ぺい、と鼻の頭に軽い何かが投げつけられ、跳ねて前髪に絡まった。
摘んでみると、丸めて結合させた紺色の毛玉・大である。
こんなにあったのか。
「行くだろ、ヅラ」
「かりくびでイクだろって？えっと、あのう、そろそろエリザベスが朝帰りすると思うんだけど…」
「首、だ」