八高風味シリーズ１
不良が人嫌いなんて誰が決めつけたのやら。
そんなことはないのに、と高杉は思う。
大人は話が通じないと敬遠する方でもなく、故に教師に話し掛けられるのも苦ではない。
少々の暑苦しさが否めないくらいで、結局教師なんて真っ当で気の良い奴らである。
クラスメートはどうかと言うと、名前やら部活やら個々の詳細は朧気だが、特段嫌な奴も居ない。
彼らがこちらのことをどう思っているかは知らないが。
例えば前に座る風紀委員。
女の子を追いかけ回しては酷い目に遭っているようだが良い奴だ。
今朝、校門ですれ違うときに声を掛けられた。
「久々だなあ。高杉おはよう」
笑顔に嘘がなく、男ぶりも良い。勿体ない。
この気の良い兄貴みたいな男に懐いているのは沖田だ。彼は覚えた。
裏表が激しいと陰口を聞いたが、可愛い顔にかこつけた媚も売らない。良い奴だ。
その辺の連中同士で漫画を貸し借りしているのが楽しそうで、つい声を掛けたことがある。それがきっかけで、会話するようになった。
「何だ？それ」
瞬間、空気が固まった。お前ら、怯え過ぎだ。そんな中、彼だけは顔色一つ変えずにタイトルを教えてくれたのだった。
先週その新刊が出ていた。もし買ったならまた貸して欲しい。
断られたら。古本屋で第一巻から探して、見つからない巻は新品で買おうか。その程度には続きが気になっている。
「いやあ、昨夜は参った」
これは、担任。
「担任」との付き合いが小中に比べずっとフラットになるのが高校の良いところだ、と思っていたのだが。
二年生になって、クラス替えがあって。親しみやすい、と他のクラスメートたちは喜んだらしいが、高杉は懐疑的だった。
印象と言えば、頼りねえな、だった。それだけだった。
起立、礼、着席。
もぞもぞ座位を直す生徒たちに構わず、彼はマイペースに話し始める。
「昨夜、よろブでよ」
嫌な予感がしたが、聞き耳を立ててしまう。
「あっこれ良さそう！って取ったらさ。お隣さん学ランかよーやべえな、ってチラ見したら」
勘弁して欲しい。
「な、高杉君」
目が合ったので、渋々頷いた。
察しの良い男子生徒たちから失笑がちらほら上がる。つられて女子生徒たちも曖昧に笑うが、空気に流されてみただけの様子である。
「肝が座ってるねぃ」
ほーほけきょ。斜め後ろの沖田が口笛を吹いた。無論、彼は察しよく笑った男子の一人だ。
全く下らない話題を持ち出しやがる。
腕組みをしてから一度窓の外に顔を向け、ふう、と肩を上下させてみた。
衣替えしたての白い半袖シャツが、まだ心許ない。
『腕組みは拒否サイン』、父親の本棚で覚えた言葉だ。
真っ当な大人の男なら分かってくれるよな、銀八先生。
高校から自転車で行ける距離に、よろずブックスなる個人経営の本屋がある。
昨日、高杉はそこでちょっとした災難に遭った。
不良にだって一般的な知識は不可欠、と考え行動したら思わぬ位置に落とし穴が潜んでいた。
つまり社会勉強と称しクラスの連中がうきうきと覗き込むような、薄着女性のカラー写真が続く類の雑誌を立ち読みしているところに、人の気配。
こっそり顔を上げると、それは担任だった。
「げ」
驚愕に引き攣る顔、手には『最新！制服大全！』。
「いいい言っとくけどセーラーもブレザーも専門外だから。未成年は無しだからっ全然好みじゃないから！」
声が震えている。初めて、この教師の人間性について興味を持つ。ちょっと面白い奴。
「お、おう」
「見る？中見る？ほら、ピンクのナース服とか、ね、そういう系が素敵だなと思って見てただけ！ほら見て」
「気にしません。あ、っと先生、じゃあ俺のも秘密、な。ではさようなら」
気まずいのは自分も一緒なので、高杉はさっさと背を向けた。男同士のマナーだ。少なくとも、高杉はそう思う。
笑顔なんて無茶をするもんじゃないな。早く、早く。外に出なければ。
速やかな離脱を試みたが、叶わなかった。
腕を掴まれていた。
「…っ。忘れるので忘れて下さい」
身体を引くも、存外強い力で掴まれておりびくともしない。そんな時の捻り抜け、も効かないだと？
「いやいやいやいや」
「離しましょう、先生」
「お店で呼ばないで！ねえ勘弁、お願い、この通り」
「だから、分かったって」
「いやいやいやそいやそいや。ほんと、お願い」
「テメェ…！」
十五分後。
高杉は、銀髪の担任と二人、差し向かいでコーヒーを待っていた。
「お前、普通に学校、好きなのね」
読めた。停学食らってた生徒のケア的な。
「…嫌いじゃない」
心配ご無用である。処分の間も実は登校していた。
要は目立たなければ良い話である。不本意ながらも普通の学生らしい服装を心がけ、校庭の隅を通り部室棟に真っ直ぐ向かえば事なきを得る。
コツは、きっちり昼休みの時間に登校すること。朝は論外だ。気の良い風紀委員たちに挨拶をされてしまう。
「そっか」
伏し目がちに笑う担任の顔を、息を呑んでまじまじと見つめてしまったのは内緒だ。
「お待たせしました。コーヒー…あ、はい失礼、そちらね。どうぞ。お兄ちゃんが、ホットココアね」
間の悪い時に来るものだ。にこにこと余計なことまで口走り、禿頭の店主は陽気にカウンターに戻っていくのだった。
後はもう、会話の糸口が見付からなかった。
客の年齢層が高い。
ぽつぽつ灯る薄暗い照明の下、しかめ面で新聞をめくる老人があっちと、こっち。
エアコンの風に乗って流れてきた紫煙の元は、何事か手帳に書きつけながらスマートフォンを操作する和装の老嬢だった。
一番賑やかに感じたのは、スーツ姿の壮年四人グループ。「まだまだ。来週が本番だからね」などと言い合いながらコーヒーカップで乾杯なんかしている。
居心地は、良くない。
高杉の存在は異質だった。
その中で男二人顔を突き合わせ無言でコーヒーを啜る時間は、どちらかと言うと苦痛である。
「あのさ」
「…ん？」
「先生、良いのかよ」
さっさとそれ飲んじまえ。ちんたら啜ってんじゃねえよ。
担任のコーヒーカップを窺いつつ、自分に充てがわれた方を持ち上げる。啜る。熱いので戻す。
なんて、さっきと同じだ。一連の流れは、数分前と同じことの繰り返しだった。
「え？ん、まあ。全然おっけー」
何がオッケーだよタヌキ野郎。それなりに意を決した一言をかわされ、少し焦った。
「そうじゃねえよ、夜に、俺みたいな、」
クソガキ連れて。
「わ。んだ、っよ」
頭に乗せられた手。
あ。
父親のより、綺麗な手。
声に出せば失礼な気がして、何も言わないでおいた。
初めて補導された実感は、思ったより悪くねえ、だった。
まだ二年生になってすぐ、桜の散り始めだった。
担任は「銀八先生」でなく、まだ「若くて頼りねえ奴」の頃だ。
交番の窓から眺める夜の町も、悪くなかった。
父親と似た年格好のおじさんたちが行き交う。
気まぐれに話し掛けてくる警官は、不思議と優しいのだった。
学校は楽しいか、本は読むか、そうか音楽が好きか。
その都度会話は上手く続かなかったが、答えると頷いてくれることに、高杉は満足感を覚えた。
途中、キーケースを落としたと言って会社員風の女性が立ち寄った。
奥のパイプ椅子から身を乗り出し手続きの様子を盗み見ていると、その人と目が合った。すぐ慌てた様子で逸らされた。
そこには哀れみがあった、気がした。
父親が迎えに来た。
今日のネクタイは、及第点。
「馬鹿者」
謝罪と引き取りの手続きをする間、交番横の喫煙所で一服して待っていた。
もちろん学ランは脱ぎ腕に掛けていたのに、手続きを済ませた大人たちには嘆息されてしまった。
「ご迷惑おかけしました」
父親に倣い、頭を下げる。
帰り道で、ラーメン餃子セット。父親はビールで、自分にはコーラ。
乾杯の後、ジョッキを置いたその手でげんこつを食らった。
途中、父親は電話だと言って席を立った。せっかくの凱旋ディナーだと言うのに無粋な父上である。
その隙にジョッキの中身を三分の一ほど軽くしてやったのは言うまでも無い。
「車、だめだろ。俺ら帰れるのか？」
何やら荷が降りたのか、ネクタイを緩めながら席に戻ってきた父親に疑問をぶつけてみる。
「お前は全く…」
何度も溜息をつかれるのは気分の良いもんじゃない。
「一度帰って、置いてきたよ。タクシー頼んだ」
「なんで」
「駐車場が混んでいたらとか、乗り降りして、とか、もどかしいだろう。親はそうなんだよ」
はあ、やれやれ。ワイシャツの袖をまくり、天井に向けて背伸びをする父親。
「へぇ…」
ああ、良くないな、と思った。
二度と警察の世話にはなるまい。
テーブルの下で、そっと拳を握った。
拳に誓ったのは嘘ではない。
だが運というものもある訳で。
「銀八、センセ。…どしたよ」
もう乾杯は無しだろうなと暢気に考えていたので、迎えが担任だったのには心底驚いた。
そんな。父親は。
…海外出張。ああ、今朝から一週間。
そんな大事なことを忘れていたとは、どうかしている。
「銀八先生」が面白い奴と発覚したものの、並んでグラビア鑑賞はもう御免、と立ち読みは控えていた。
よろブへ向かう途中の銀杏並木で、鼻を塞ぐのが面倒になったのもある。
喧嘩は、控えていなかった。
油断していた。
沖田から聞いた話だ。
前回補導された時、本当は退学の話も持ち上がったとか。それを銀八が職員会議で強く反対してくれたとか、そうでもないとか。
停学中の校内侵入も知っていたらしい、とか。
高杉が確実に言えるのは、今のところ一つだけである。
この人は、気まずくて温かいカップ一杯の時間をくれる、愉快な俺の担任です。
前と同じに交番の外で大人たちの手続きを待つ。
流石に今夜は煙草は控えた。非喫煙者の側で吸うほどのマナー違反は無い。父親の教えだ。
前回より少し手間取ったが、銀八はきちんと終えてくれた。
助かった。
ご迷惑おかけしました、それでは失礼します。きっちり自分で頭を下げ、自分で帰りたい。
まあ、そもそもの問題は別にある。男同士の闘いを通報なんてするのが野暮だ。
喧嘩は、乗ってくれる奴がいるから成り立つ。一種のコミュニケーションと言っても良いではないか。
銀八は、タクシーではなかった。自分の車でもなかった。
緊急時に教職員が使うらしい学校備品の所謂ママチャリで、やって来たのだった。
「緊急時。に、ママチャリ？」
「だって、電気とかガソリンとか無くなったら困るでしょ」
ふ、と笑いを堪えられず突っ込んだら真面目に返された。
「ふん。なるほどな」
「あのねえ高杉くん」
「ん」
「高校生が呼び出し合って喧嘩だなんて今時古風だよねえ、なあんて警察のおじさん言ってたけど。っても色々きっちり書かれてるからな。三回目はアウトだからな」
からからと自転車を押して歩く銀八、その一足分、後ろを陣取って歩き続けた。
「…ああ」
三回目は、か。
前回、はじめ父親が警察からの電話に捕まらなかったので学校に連絡が行ったらしい。
父親が一発で出られていたら、職員室の話題にも上らず済んだとか、そんな筈はないとか。
「銀八」
「先生って付けてください」
「先生、」
「…なあに」
「前、停学で済ましてくれたのか」
「え。…いや、そんなんじゃないよ。学校好きなんだろ」
「ん」
「どうにかなるよ、実際」
「そうなのか？」
「次は無しね。もう、無し」
「分かった」
ぽん、と大きな手で頭を撫でられた。
正直嬉しかったが、「セクハラだ」と振り払った。そんなパフォーマンス。
俺には知ったこっちゃねえが、大人も色々あるらしいから、な。一応やってやるから感謝しろ。
「親父さんが居ない夜は、夕飯どしてんの」
「自分で作るぜ」
「お湯注いで三分待つの？」
「ナメてんじゃねえぞ」
「ええ？偉いなあ。じゃ、今夜は夕飯作ってから喧嘩に出たの」
「…何か、子供を寝かしつけて夜に働く母親の話みたいだな」
「大人な発想するね」
そうこうしている内に、駅前のバスプールに着いた。
胸の中で温かいものを転がす気分が、もう無視できない。
じゃあ。
「スミマセンデシタ」
低い声を絞り出し、一礼して離れる。
「うち、来る？」
え、と足を止めて振り向いた。
一台、二台。交差点の向こう側から、続けてバスがやって来る。
寒くなったなあ、と思う。
自分でも驚くほど、それは高杉にとって願ってもない一言だった。
そうして上がり込んだアパートの一室。
まだ若造教師の癖して洒落てやがるじゃねえか、と唸った。そう思うようにした。
実際のところ大して素敵な部屋という訳でもなかったのだが、充分にうきうきしていた。
一人暮らしの他人の部屋に邪魔するのは、これが初めてだ。しかも担任ときた。
「お邪魔します」
一人なのに、不思議と他所の家の匂いがする。
銀八という男が暮らす、最小単位の家庭の匂い。
「あ！」
「な、何だよ」
「社長に言わなきゃだった」
手招きに応え、室内に付いていく。
床には四角いテーブル。これは、こたつの、骨だけってことか。
その傍らに座り、どこかに電話を掛ける銀八をぼんやり見つめた。
じっと聞くのも何だか悪いような気がして、立ったまま部屋の中を見渡す。
壁際にベッド、反対側の壁はスチールラック。
「はい、そう、そんな感じです。はは。ねえ。…あ、良いですか？へへ、そうさせていただきます。はい、はい、また明日報告させて下さい。はい、失礼します」
分かってしまった。社長、って校長のことか。
どきりとしたが、通話を終わらせた銀八の表情が穏やかだったので、黙っていた。
結局、銀八は電話で話した内容について何も教えてくれなかった。
だからこそ重みを噛み締める。
三回目は無し。
「今日さ、カレー作って食べようと思ってて。ふっつうのやつ。どノーマルカレー。…ご馳走されて帰るだろ？」
普通のカレー。それは正直、凄く嬉しい。たまに食べたくなるが敬遠しがちなのだ。
剥いて切って炒めて煮込んで、待つ。一丁前に手間かけさせやがって、と憤慨しそうになる。それでいて肉メインでないとくれば、男子高校生の自炊メニューとしては見返りに少々不満が残る。
だが、誰かと一緒の食事となれば話は別である。作って貰う立場なら尚更だ。
「良いのか」
「えっ。けっこう好きな人？」
「…まあ、割と」
「そっかそっか。嬉しいなあ。素直なんだよな、不良の癖して」
そうでもな、くもないか？浅めに頷いて見せた。
「沖田くんと仲良いよね」
「あれは、良い奴だ。他は…先週、神楽にオニギリやったら、酢昆布をくれた」
「ふふ。そ」
友達がいる。そうは呼ばないまでも、同級生との出来事を話してやると何故か嬉しそうな顔をする。そういう大人は多い。
「…何よ」
「エロ本見る大人も、まともなんだなって」
「ちぇっ。皆んな見るよ。…親父さんが見てたら軽蔑するか？」
想像してみる。シンプルに、可笑しかった。
「どうでも良い。ただ、見る暇あんのかな、って」
海外出張は疲れるけど手当が馬鹿にできないんだよな、などと言っている。
嵩んだ医療費。二人で暮らすには広すぎる家のローン、などなど。
銀八は、冷蔵庫から野菜を取り出す手を止めて、困ったような顔をした。
はっとした。
やってしまったのか。俺は「可哀想」だろうか。
「あるさ。暇だって上手いこと作ってんだよ。デキる男はそういうのもササっとやるってさ」
数十秒に感じたのは、高杉だけだったらしい。
不思議だ。何処からともなく、ふわりと食卓の匂いが立ち込めてくるのを錯覚する。フライングも甚だしい。
「…あ。だよな。だと安心する」
上着を脱ぎ、銀八はエプロンをして小さなキッチンに立った。
彼が立つと、ますます玩具のようだ。
「まあアレだ、可愛い息子がもちっと安心させてやりゃ万事解決」
「ふ。三回目は、無し」
「そりゃ良いね。喜ぶよ。俺も。そこ、ゴロンしてて良いよ」
そこ、と顎で示された床には巨大なビーズクッションが転がっている。
「猫をだめにするやつか！」
「ん？ああ、猫も、ね。俺そんな合わなかったから言うほどじゃねーじゃんって思ったけど…何かちっちゃいんだよね」
「良いのか」
「どうぞ。本棚のジャンプなり漫画なり、読んでてね」
「あ、ああ。えっと、お邪魔します…」
クッションには、予想以上に身体が沈み込むので少し驚いた。
落ち着く場所を見付けた後は、銀八が立てる音に耳を傾けていた。
とん、とん。
低い天井を見上げる。高杉家の自室の天井よりも低い。そんな狭苦しい、担任の秘密の城に上がり込んで、夕飯を作って貰っている。
面白い。こんな経験する奴、なかなか居ねえよな？俺は最高にラッキー野郎だ。
その担任ってのが、実は面白いだけじゃなくて、なんだか、もっと。
とん、とん、とん…。
ああ、温かい部屋だな。
「…たよ、できたよ」
意識が浮上しかけたところで、美味しそうな匂いに一気に覚醒した。
「っは！」
「…っくりしたあ。不良もダメにするクッションだ。よくそれで寝れるね」
銀八は、上下スウェットの上に毛玉の目立つカーディガンという出で立ちに変身していた。
こと、こと、と「骨だけこたつ」の上にカレー皿が並べられる。
ぐう、と腹の虫が鳴いた。
「くく。お前は何つうか、裏切らないなあ」
センセは、女子力高えなあ。
「甘い。だと…？」
いただきます。真面目くさって両手を合わせ、スプーンで掬った一口目には違和感があった。
少なくとも「どノーマル」ではないのは確かである。高杉が期待したのは、さらっとしていて、もっと辛いカレーだ。
「これは。濃い。新しいな…」
「やだなあ、普通ですう。ちょこっとちょこれいとう入れただけです」
「は？！」
「え、知らない？」
渾身のギャグだったんだけどなあ、などと呟かれても高杉にツッコミの余裕は無い。
「チョコ？飯にチョコ？！」
「そんなにショック？昔から言うよ。ソースとか、醤油、ジャムなんかも」
「ジャム？！！」
「牛乳とか。聞いたことない？ヨーグルトも聞いたことあるな。隠し味っつってさ。ほんと、ネタじゃなくて」
「知らなかった。そんな料理だったのか。すげえな。とんでもない。すげえ…」
「高杉くーん？おい、ちょっと。そんなに？ねえ、」
「俺は、だめだな。まだまだだ」
「そそそんなことないよー。あれっ、どうしちゃったのかな？ほら、おかわりあるからな。はい改めて、いただきまーす」
「…ます」
「聞こえないなあ。いた？」
「い、いただきます。クッ…」
甘味が苦手といった意識も無かったが、朝昼晩の食事に無理にねじ込む要素では無いのではないか。
あるとすれば間食だろう。まあ俺は繋ぎたい時はオニギリ派だが…。
などと考えながらも、ご馳走される身分ではありがたく頂戴する以外の道は無い。
観念して二口、三口。少しずつ、慣れた。
「な。チョコカレー、最高だろ？」
「ん。…むぐ。…嫌いじゃない」
空腹は最高のスパイスとは事実らしい。
結局は銀八の言葉に甘え、二杯もおかわりをしてしまったのだった。