3Z土高
「喫煙者ってさ。ヤニやばいんだって。おっさんなった時」
今日も今日とてモクモク一息、ってのは建前だ。
正しくは、愛すべきはみ出し者に気兼ねなく触れられる癒し時間。
教室は、クラスメイトの目が気になる。
俺の仏頂面に磨きが掛かるのは、別に此奴に恨みが、なんてことではない。
他人のふりが難しいだけだ。
「俺そういうの強いらしい」
「どゆこと」
「小学校の時、歯科検診で言われたんだ。あー君ムシ歯なんないタイプだねって」
「なんだそれ。口の中に歯磨きマンいんの。すげーなそれ。一生歯医者行かなくて良いのかお前」
「土方は歯医者、怖いもんな」
「しかし行かないでると自動的に倍増されてくからな」
「まだ行ってねえのかよ」
「虫歯じゃねえからな」
「イーしてみ」
「要らねえ」
「ほら、イー」
「いいって」
「3点」
「違う!」
妙に恥ずかしくなった。
小突きついでに触れた前髪が暖まっている。小春日和ってやつかしらん。
小さな頃の総悟みたいだ。あれに感じた何かみたいだ。
「俺の、けっこう綺麗だろ」
「 うん、なんだ、その」
「…これは失礼」
「いや、違う。決してそういうことではなくて」
「もうしねえ」
「おい、違うぞ。いい子だ高杉。して良いぞ。どんどんしてください」
「っはは、なんだよ、おい」
利口な犬を褒めるように、顔周りや首元を強く撫で回したい。怒るだろうか。
目を細めさせるような、そんな「上手な人の撫で方」も無いものか。
後で調べてみよう。その気にさせるフェザータッチ攻略、とか何とか。
「ひ、ひひはふぁ」
親指でなぞる唇、ほんの少しかさついている。
「くひひる、かふぁく」
下唇に親指を掛けて軽くめくらせたら、高杉の表情は憮然となった。
「…おい」
「わり」
「ん。唇ってか歯茎が、ククッ、歯も、乾いた」
もごもごと舌を動かし、口内を湿らせている様子。
つられて俺も自分の唇を舐める。
「日曜さ、ヤニ汚れにはこれ、って歯磨き粉を買ったんだ。お前、新し物好きだろ。面白がるかなって」
「旨い?」
「味?ちょっと薬っぽいな」
「効くか?」
「それはまだ分からん」
「イーしてみ」
「いー」
「今度は素直だなァ」
「む」
「はは。イーって、キス出来ねえな」
「 そ、そだな。じゃあ鼻」
「うわ」
肌が、ひんやりしている。
「高杉、鼻つめたいな」
「凍って取れそう」
「どんなん」
「…ん」
近すぎて、その震える睫毛が滲んでしまって勿体無い。ふ、はは。
「お前、鼻チュウ好きって言ってたろ」
「変にハナシ盛んな」
「前やった時に言ってたぞ、これ良いなって」
「んな事言ったかね」
真面目くさった顔。意外と素直な奴である。
「歯磨き粉、気になるだろ」
「まあ、なる」
「歯磨きマンがいても気になるだろ」
「虫歯もヤニも、大丈夫なんだけどな。気になる」
「金曜、遊びに来るよな」
「ん」
「……う」
「はは。…お前の鼻の頭は、あったけえ」
「……」
「教室戻ろうぜ。さぶい」
接近、接触、離脱、起立、旋回。
この野郎。
「土方、早く」
「あ、おう。えっと火、よし、ポケ灰忘れ、なし、灰の消し後、よし」
上履きでコンクリートの床を擦るとゴム底がすり減りそうで嫌だ、と思いながらいつもやってしまう。
「毎度律儀だな。土方、忘れもん」
「あ?」
「……ん」
そうか。
唇は、まだだった。