勝手にロボ編・前

依頼をスムーズにこなすためにはどうにも人手が足りなかった。
おまけに、埋めるべき穴とは天気の良い日ほど忌み嫌われるポジションだった訳で。
悩んだ挙句、銀時は禁断の手を使ったのだった。

 

万事屋を出た三人は、イベント会場である近所の公園に向かう。
準備万端、意気揚々。一行の姿は、いつもの万事屋に見えた。社長を名乗るには幾分か若い銀髪の侍、色白の美少女、それと。彼に関しては準備を「施された」が正しいだろう。あれの中身は可哀想なツッコミ少年か。
彼らを知る近所の人々は、笑って手を振り見送った。

中身は可哀想な…本当だろうか?

何と問われれば、道行く人々は着ぐるみと答えるだろう。
しかしこの着ぐるみ、ちょっと珍しいレトロなロボット型だ。
清清しいほどに段ボール箱だけで出来ていて、全体が直線的だ。潰した状態ではなくあくまで「段ボール箱」で全身が表現されている。

頭と思しき部分が一番大きい。それに比べ胴体に使われている段ボール箱は少しだけ小さく見える。手足は細長く、もちろん段ボール箱。
酷く簡単に作れそうだが、実は繋ぎ目の部分の処理が非情に難しいかも知れない。中の人間に求められるバランス感覚は、想像を絶するレベルかも知れない。そこには未知数の闇があるようにも見えた。

どちらにせよ、悪びれもせずに見る者を混乱に引きずり込む、万事屋渾身の作品であることは間違いない。
人々は思うだろう。斬新で間抜けで、どこか愛らしい。

 

「良いか、何があっても新八だっつって押し通すからな」
「でも被ってるからちょっと大きくても気にならないネ」
「被ってるからね。そうねサイズが…気にならないね、下から見ても。被ってて。ふ、っぶふ、あだっ」
一体何を考えたと言うのだろう。銀時の心に巣食う悪魔に、ささやかな天誅が下ったようだ。

休日の商店街は人が多い。目的地に向け、一行はおしゃべりをしながら進んだ。
ロボットは注目の的だったが、笑いかけてくる人々に手を振ったり「十時からゲンガトイ本日限定オープン!よろしくネ」と軽く宣伝をしたのは銀時と神楽で、本人は無言で歩き続けた。
ごす、ざす、がさ。
彼が歩く度に、素材が掠れ合う音だけはする。
ロボットらしいと言えばそうだ。

そうして三人は今日の仕事場に到着した。
大した報酬は望めないものの、単純に面白そうだったから受けたまでである。
広い公園を会場とし、百以上もの出店が集う。
骨董品(人によってはガラクタ屋だろう)、金継ぎ実演、採れたて野菜、即興似顔絵屋、コーヒー、若旦那の漬物屋…。

『かぶきもの市』

新緑映える季節に如何にも相応しい、和やかな催しだ。

 

「よお。また作り足したのか」
「おはよう銀の字。可愛いだろう。やあ、お前らも立派なロボット拵えたな。沢山呼び込んでくれよ」

『げんがとい』

黒ペンキで書かれた無骨な立て看板の後ろから、機械工風の男がぬうと立ち上がる。
ばしばしと背中を叩かれ、段ボールロボットは困ったように手を上下させた。
その様子に、近くの出店者の子らが寄ってくる。
物は気になるが店主が怖い。と思ったかは不明だが、どうにも近寄りがたい風情ではあったらしい。

「俺だけじゃあな。お前ら、今日はよろしく頼むぞ」

段ボールロボットは、おっかなびっくり、直方体の手で子どもたちの肩を叩いてみた。
果敢な少年が一人、ロボットの胴体を突付き返す。
ロボットはふざけて、いきなり両手を上げて見せた。
わーっ、と笑い声を上げ、子らは母親たちの店に戻って行った。

「また来るネー!」

「売れても売れなくても、うなぎ串くらいは買ってやる。あっちで見たぞ。確かに冬ものが一番だが、鰻はいつ食っても美味い」
「爺さん太っ腹アル!」
「神楽、ちゃんと持って来ただろうな」
「アイアイサー!」

神楽は、専用のベルトで斜めがけにしていた炊飯器を掲げて見せた。

 

源外の長机には、手のひらサイズのロボットがからりと並んでいた。
ロボットの背中にはこれまた小さなぜんまい。得意気な源外に促されて神楽がそれを回すと、ミニチュアロボットはぎいぎい言いながら白い手の上で足踏みをした。

「何に使うんだ?」
「最近の奴らは分かってねえな。これだけだから良いんだろうが」

銀時が別の個体を手に取りぜんまいを回すと、こちらはバチッと弾かれたように頭が数センチばかり伸び上がった。

「うおっ」

「それは当たりの卵割り機だ」
「銀ちゃん、これ欲しいアル!」
「そんならこっちはどうだ、ダニ起こし機。枕に当てて連打させると、何匹かは出てくる」
「…微妙アル」

段ボールロボットは、じいっと様子を見つめていた。
丸くくり抜かれた目には濃い色のサングラスのレンズがはめ込まれていて、その奥は窺い知れない。
だが、興味津々で覗き込んでいるように、見えた。

周囲にアナウンスが響き渡る。

『出店者の皆様にお知らせします。間もなく一般開場の時刻となります。笑顔を忘れずに、楽しい市にしましょう。繰り返します、間もなく…』

 

「俺はヘラヘラ手を振ってれば良いのか。ケムリ休憩は貰えんだろうな」

源外から一番遠い場所に立った段ボールロボットは、くぐもった声を出した。
何やら弱腰だが、ここまで来たらやり遂げて貰うしか選択肢は無い。
げんがとい、の出店位置は会場のちょうど真ん中辺りだ。公園の入り口の方は早速賑わい始めていた。

「ケムリ…そうね」

銀時は段ボールロボットの頭部を顔側にずらし、出来た隙間から手を突っ込む。
大切な回路か何かに傷を付けたら大変だ。指を軽く折り曲げ、そろそろと中身を探る。
あった。

「む…っおい」

ごそ、と身を引かれてしまう。
それでも確認できたから上出来である。
暖かな唇の、いや「唇のような部品」にぶち当たったら、その隙間に軽く指を差し込む。そして濡れた核が反射で軽く絡みついてくるなら、異常なしだ。
銀時は最終点検を終えた。

「一時間に一回くらいだな。どうしてもって時は、銀さんの指で我慢しなさい」

その点検作業で、ロボットの回路はほんの少し、熱を持った。

 

彼らの店は、若いカップルや壮齢の夫婦なんかの目も良くひいた。そんな時、ロボットは女の方に手を振り、男の方の肩をとんとん叩いてみたり。反応は悪くなかった。
ミニチュアロボットたちは、順調にそれぞれの新しい家に旅立っていく。

「そんそん、そんな感じ」
野球帽を被った小学生トリオを見送り手を振るロボットに、銀時は声を掛けた。意外なロボットの仕事ぶりに大満足だった。

「…そんそんって何だ」
「な?神楽。そんそん」
「そん、そん、そんな感じ!」

「っひぁ!」

適当に調子を合わせ、神楽がロボットの両脇腹をポンポン叩く。
「そんな感じ!」の部分で、中の詰め物が強く撫で上げられたようだ。お陰で歪に凹んでしまった。
弱点を突かれたらしい愛すべきロボットは、ぴんと背筋を伸ばして一瞬フリーズしてしまう。

「わ、バグった」
銀時が別の角度から押して凹みを直してやる。
「ごめんアル。タカスギ、潰れた…?」
「…いや」

気を取り直したように、ロボットは再び通行人に手を振る。一時停止の前より、若干動きが早くなったようだ。

「大丈夫。メガドライブ然りスーファミ然り。こんぐらいのバグは付き物だ。その都度抜いてだな、フーフーしたもんだ。実際アレ逆効果とか聞くけどな。な、たか…ロボ助」
「お前、そう言うのはヅラとやってただろ」
「拗ねてんだ、ロボ杉」
「てめえはバグしか無えな」
「待って待って、フーフーしてあげる」
「っぐ、頭を引くな!」

斜め後ろに立つ銀時が後頭部側の繋ぎ目の隙間に指を掛けて引いたので、ロボットはよろけた。

「ふうー」

その隙間から息が吹き込まれ、またロボットは一時停止である。

「う、あ」
「たかロボ、もうちょっとだからな。バグってなくても、してやるからな」

 

こういったイベントでは、売れる店ほどあっという間に時が過ぎる。
価格設定が適当すぎたらしく、小銭二枚で買える可愛らしいミニチュアロボット達は予想以上に売れた。
あと十体になった所で、まだ昼食の時間だった。

「爺さん、うなぎ買ってくれるんデショ、うなぎ、うなぎ」
「分かった、分かったから。博士と呼べ」
「うさぎ、うなぎ…」
『たかロボ』は優しく神楽の頭に触れた。

じっさい店仕舞いを検討しても良い位だった。名残惜しいが、売るものが無くなってしまっては仕方ない。
ロボットの動きも何だか鈍くなった気がした。
暑いかな、と心配に思った銀時は、ロボットのケムリ休憩をすっかり忘れていたことに気付いた。

「あら良かった、見付けた。神楽ちゃん。銀さんも」

そこに通りかかるはうら若きかぶき町の女王である。
「お願い、これ良かったら貰ってくれませんか。配ってくれれば良いの」
彼女が揺する段ボール箱からはがさがさと音がした。

「昨夜お店でお客様からいただいたの。でもいただき過ぎちゃって」
その言葉に、たかロボが素直に四角い両手を差し出す。

「あ、おい」
変なものを受け取るなと銀時が止めに入ろうとしたが、いかんせん彼の手では無理だった。
女王改め妙は笑って、荷物をちゃっかり長机の上に置く。

「うふふ、中は桂さんね?急に代わってもらってごめんなさい。新ちゃんまだ寝てるのよ…元気になったらお団子でも作って持たせるわ」
「アネゴ、これなあに?」
「香水とか化粧品とか、サンプルなんかが沢山。でも若いお肌に付けすぎると危ないから、神楽ちゃんは欲張っちゃ駄目よ」

じゃあよろしくお願いしますね。男性用女性用、何でも入ってますから適当にばらまいて下さい。
笑顔で言い置き、彼女はさっさと去っていった。

中身を覗くと、色んな香料の匂いがした。
「デパートの香りアル…」
ついでだからな、と源外は『げんがとい』の上に『フリーこすめ』と新たな貼り紙をした。

が、たかロボは限界だった。煙管、煙管。両手を上下させ、銀時に訴えた。
やっぱり、そうか。銀時は可哀想になり、良いよ行け行け、と手をひらひらさせた。

 

「確かに化粧品どうぞでロボも変アルな」

公園隅の木陰に逃げ込むたかロボを見送り、げんがとい、はコスメショップに変身だ。
何なに、と足を止めて覗き込んでくる女性の友達連れが、もう二組。

『ふりー』と書かれてしまっては手も足も出ない。
悪どい商売は早々に諦め、銀時は道行く女性に「漁って掴んで持ってってー!銀さんも持ってってー!」と声を張り上げる。
彼なりに好みもあるらしく、声の大きさは一定ではなかった。

「可愛くなって困っちまう。お前らはウチに帰ろうな」
その間に、残り少ないミニチュアロボットたちは源外の手で大切にしまわれた。

「お妙さんから何を貰ったんだ?」
と、何処からともなく真選組局長が割り込んでくる。
「ウェーホ!びっくりさせるねい!…アンタどっから出てきやがった」
「こ、ここ近藤!」
「ゴリラ見てたアルか」
「おまわりさんだからね。木から全て見ていたよ。で、万事屋、何を貰ったんだ?」
「え?あ、ああ。いや単なる回しもんだよ、あ、そう、そうそう、お前も持ってけ。めかし込んで振り向かせるんだゴリ。あいつ、男もお気に入りの香水の一つや二つあって然るべきとか何とか言ってたぜ」

内心慌てた。たかロボが休憩中で良かった、と銀時は思った。いやいや、あれは新八だ。そういうことだった。

興味津々で箱の中を漁り出す近藤を自由にさせ、心配になって後ろを振り向く。
「って、わあ!」
そこには間近に休憩帰りのたかロボが居た。何つうタイミングで。
おま、お前、分かるだろ、知ってるだろう?このとびきり恐ろしい顔ぶれに、銀時は引き攣った笑顔を浮かべた。
何で戻って来たんだ?たかロボ、行け、ゴートゥースリープ。今は駄目だ…

「可愛いロボットだなあ!新八くんか!」

陽気な声に合わせ、たかロボは近藤に手を振った。
そ、そうだ、これは新八。

「暑くないか?中どうなってるんだ?」

すっかり兄気取りで頭部と胴体の繋ぎ目に手を伸ばす近藤に、たかロボは無抵抗である。
あっ、あ…。
あまりの展開に銀時は言葉を失う。

実際は、隙間から近藤の手が差し込まれ、すぐ抜けて、それだけだった。

近藤は「ここから空気が通るんだな」と納得し、彼が手を引いた後たかロボが軽くパンチする素振りを見せる。
ロボットの中身を疑うことない善良な男は、じゃあ頑張れよ、と小さな香水瓶を幾つか手にして去って行った。

「うなぎ…」
神楽の呟きに、銀時は我に帰る。

「ご自由にってんならほっといても良いな。よし、行って来よう」
「爺さん、うなぎうなぎ!」
「お前が騒いでも可愛くねえぞ、銀の字」

さあさあ、と源外に促され、一行は長机の上を軽く整え始めた。
ぽつんと残った段ボール箱を、銀時はちらりと見る。

「俺も香水もらおっかな。たかロボ、どれが良いと思う?」
たかロボは、首を傾げた。