大学生パロディ銀高「サーズデイ」シリーズ
晋助の学部の授業に潜りで来てみたが、これはこれは。
面白くない。
文系なんて遊びまくリア充の掃き溜めかと思ってたけど、そうでもないのな。
隣のイケメン含め、テキストやら配布物やら、何事か書き込みをしている学生は多い。
早々に飽きた俺はざっとスレタイ見て、ゲーム攻略、ライン返信、ツイッター。
良さげな飲み会無し、シフトヘルプ無し、休講も無し。残念。
何回か行ったことあるテニスサークルの告知。明日、そうだよね、そうそう。ただ変に貰っちゃったらそれはそれでお返し面倒臭そうだし。いやでも欲しいし。迷う。
男祭りメンバーはチーズフォンデュするらしい。行こうかな。こいつ連れて。
しかし何でチョコ溶かさねえんだ。甘いのとろーりさせようぜ。
そう、明日はチョコの日なのだ。
待て待て、と俺はにやける。
別に抜け駆けで勝手に溶かしても良い訳だ。
我ながら素晴らしい企みにほくそ笑んでいると、ブ、と長机から振動が伝わった。
「ん…?」
怪訝な目をする晋助。横からスマホ画面を覗くと、俺にも見えるように傾けてくれる。
学生っぽいじゃないの。ジャンプもだけど、授業中にこそこそやんのがイチャつきの醍醐味だね。
顔を寄せ合うと、そのまま細い首筋に潜り込みたくなるから困る。
「めっずらし。知り合い?」
新しくフォローされました。
「知らねえ奴。フォロー10フォロワー0、怪しいな。絶佳、だとさ」
「どら。…宣伝だね」
あるある、よく分かんない起業家とかね。
「そういや今日、打ったな」
何、ツイートか。
「お前それ呟くって言うんだよ」
「おう。…ぼやいた」
嘘っ。
「見たい見たい、知らなかったんだけど。どれ?」
不穏な動きは見逃さない。さてはお前、消す気だな。
「させるか」
「離せっ馬鹿!」
「いや離すのお前、はい没収う、オフオフ」
眠りに落ちる画面。
「…別に良いけどな」
どれどれお手並み拝見。俺は自分のスマホから件のアイコンをタップ。
『辛いチョコなら食えるだろうか、若しくはパイプチョコ』
ぶはっ、ナニコレ!
「丸が点々に見えちゃった、やだもう高杉くん卑猥。若干ポエミーなのがまた。うわあ、無いわあ。っどぅふ」
脇腹に肘鉄を喰らい、取り敢えず黙る。
「ん」
仏頂面の高杉は、唐突にかばんをごそごそさせティッシュ箱ほどの小包を取り出した。
リボン?と包み紙をよく見るとチョウチョ柄。十字に掛けられた金色のリボン、全体的に若干ギャルっぽい。
顎でしゃくるので、まさかと思いながら丁寧に開けた。
薄いプラスチックの箱、の中に細長い…
「晋ちゃん!?」
「しぃ」
横目で咎められるがそれすら楽しい。
まさか。手作り男子の愛がたっぷりこもった、
「違うぞそれ。後輩のガトーショコラ」
はあ!?
晋助は腕組みをして目を閉じる。
「明日は忙しいってんで、今朝くれたんだ。悪いな。こういうのは俺には出来ねえよ」
そ、そうですか。
因みに参考文献ではですね…。マイク越しに、キレイ系おばさん教授の声が響く。長年のスモーカーだろうか、意外とガラガラ声だ。
ぎ、と椅子を軋ませて晋助が座り直した。
「銀時、今日バイト無いよな。食べ放題なら行くだろ」
怪しい話、気になる話。
晋助がフォローされたアカウントは、まだ関西に1店舗だけの、個人経営の洋菓子店だった。
ツイートを遡ると、宣伝にしては少々そっけない文章が続いていた。
頻度は週に一度か二度。新作のギモーヴは冬季限定、店頭ではチョコレートケーキ限定発売中、今月の季節のショートケーキは金柑です…。しかし辛いチョコを宣伝する訳でも無く。
何でフォローされたのかは、結局よく分からなかった。
『大江戸屋新宿本店にバレンタイン期間だけ出張出店中。お待ちしております。』
これが最新のツイート。
「デパートならどこでもチョコ売ってるからな。新宿、行くか」
甘いものが苦手なのは知っている。俺のために、で良いんですかね。
晋助が楽しそうで、俺は何だか物凄く嬉しかったのだ。
やって来た大江戸屋は、平日の夜だってのに結構な賑わいだ。
気の所為では無いと思う。入り口からして女の人の出入りが多い。
なるほどデパ地下ね!と思ったら何と、特設会場なるものがあるらしい。そんな文化、俺は今日はじめて知ったよ。
俺達は、いや少なくとも俺は成人式ぶりである、そんなスーツ姿だ。
晋助の提案で、各々の授業を全て終えた後に一度部屋に帰ったのだ。
「背筋伸ばしてビシっとした顔して歩けよ、本気で探す顔な」
エスカレーターで段違いになると、上に立つ彼はいたずらっぽく笑うのだった。
特設会場に辿り着くと、いよいよ女だらけになった。チョコの甘い香りと、色んな化粧品の匂い。
甘いのは最高だけど、熱気やなんかにくらくらして、酔いそうだ。
「絶佳、絶佳」
人を上手く避けながら早速例の店を探す晋助の背を追う。
「苺とシャンパンを詰めました、如何ですか」
優しいお姉さんの笑顔。
「しん、た、高杉」
慌てて先を行く男を止める。お姉さんから爪楊枝を受け取り、ひとくち。
とろける。
感動に固まる俺、真面目にショーケースを覗き込む晋助。
「日持ちはどのくらいですか」
「2週間ほどですねえ」
「なるほど…良いですね。もう少し、見てきますね」
笑顔の晋助に押され、流れるようにその場を去る。
「おま、凄えな!」
「良いか。お前は新入社員、俺は先輩。女上司の使い、な」
って俺が下かよ。
紅茶、プラリネって何だ、日本酒入り、生チョコ、オレンジピールのチョコがけ。
財布に触れもせず、本当に食べ放題出来てしまった。
流石に悪いから1個は買おう、で、はたと思い出す。
あの店。俺達は顔を見合わせた。
「んな店あったかよ」
「全然分かんない…。あっクソ、超気になってきた。見ないで帰るの気持ち悪いわあ」
「お前はフォローされてねえだろ」
食べたチョコの種類はかろうじて覚えているが、店の名前なんてこれっぽっちも記憶にない。一体何処に書いてあったんだろう、その程度の認識だ。
そうして、きちんと1店舗ずつ見直そうと特設会場の隅まで来た時。偶然見付けたのだった。
『絶佳』
紺色のぶ厚い生地の、のぼり。筆で書いたみたいな力強い字が白く染め抜かれている。
洋菓子屋の筈だが、渋すぎる。
ショーケースの後ろに立つのは蕎麦屋みたいな格好のおじさん1人だけ。
異彩放ちすぎでしょ。俺はびびった。
ショーケースに引かれているのはこれまた黒い布地、並ぶチョコは他と比べて圧倒的な種類の少なさだ。
形は、丸い。飾りは何も乗ってない。丸っこいのがお行儀よく化粧箱の小部屋に並んでいる。
「…辛いチョコ、ありますか」
いきなり晋助が話し掛けるから驚いた。
「そりゃね」
待ってましたと言わんばかりの笑顔で、爪楊枝に刺さったチョコの欠片を手渡してくれる。この作法は他の店と一緒。
あれ、普通にとろけ、ない!辛っ!舌に広がる予想外のひりひり。
「美味い」
隣の晋助は、俺とは別の感覚で驚いたようだった。
えっこれ?こんなんチョコじゃなくない?裏切りじゃない?
「これなら食える」
そうでしょうそうでしょうと、いかにも満足そうにおじさんが深く頷く。白髪混じりの眉毛がふさふさしていて、急に可愛く思えた。
「これ、ひとつ下さい」
俺は小さな、3つ入りを指差した。一番小さい箱だけど、それでも学食の日替わりランチ3回分の値段なのだった。
「え」
ごく、と飲み干したらしい晋助が驚いた声を出す。
支払いをして、紙袋を受け取る。
「ん」
それを晋助に持たせた。
照れ臭いので、顔は見ないようにした。
さて。まだまだ、それこそ片っ端から試食を貰えないものだろうかと、そんなことを考えながら『絶佳』のおじさんにさよならして歩き出すと、どうも晋助の歩みが遅い気がした。
「疲れた?暖房暑いよね」
のぼせるよね。銀さんスーツ嫌だわあ。革靴痛いし。
「いや、空気が甘すぎて。トイレ前にソファあったよな。休憩してくる」
「俺も行くわ」
少々残念に思いながらも、まあ結構貰ったしなと頷いていると、腕を引かれたので2人で壁際に避けた。
「お前、これ持ってればまともに見えるぜ。もう1人で大丈夫だろ。どうせ全種類制覇出来るんじゃね、とか思ってたろ」
中身は勿論もう俺のだがアイテムとして貸してやる、と紙袋をまた持たされる。ふうん、そういうもんか。
「え、いや、ちょっと自信ないっす」
お見通しかよ。
「可愛い子には旅だ。やればできる。俺はちと戦線離脱な。行って来い。な」
俺を置いて、晋助は人の切れ間に向かって歩き出す。
「トイレって、エレベーターの奥ね?」
ちらと振り返る頬が赤い。けど笑って片手を上げるから、まあ大丈夫かなと思った。
もう少しだけ。俺は再びチョコと女子の海に飛び込んだ。
小さな包みを手に、今夜は俺のボロアパートに凱旋だ。
「また子のチョコ、食えるか」
また…ああ、後輩ちゃんね。なめて貰っては困るのである。まだまだいける。
「おうとも」
部屋に上がり、慣れないスーツから開放されると一気に楽になった。
俺は古ジャージ、晋助は置きスウェット。着替えてから揃ってぐたっと伸びる。
「夕飯はスーパー行って何か作ったる。ちょっと休憩ね、一瞬ね」
更にその前に、俺もやっぱ。
「チョコ貰いたいんだなあ」
「だから、買ってやるって言ったろ」
ふむ、確かにね。だけどそっちじゃないんですよ。
「これ」
パンか何かに塗ろうと思って買ってたチョコシロップ。
どうして新品かって言うと、それはまあ。
晋助が首を傾げる。
えっと、あのね。
「お前から貰っても良いし、舐めてくれても良いかなって…」
小さく口を開けて、晋助は怪訝な顔をした。
「あの、前だけね、もちろん」
だめかしら。
「…後ろも良いぞ」
びっくりした。
「お尻にも塗って、ってこと?」
それはビジュアルがちょっとあれかなって思ったんだけど、
「チョコじゃねえ。普通に、すぐ出来るってことだ。学校出る時4号館のトイレ寄って来たんだ」
赤い顔で早口で話すから、俺も嬉し恥ずかし。
4号館は「辛気臭い」の代名詞だ。上階には研究室が色々入っていて、偏屈な教授の出入りが多い。
辛気臭いが、それ故ひと気が少ない。建物自体は新しいから勿論トイレも新しい。ウォシュレットも完備。
そう、こいつにとっては後ろのケアがしやすい。らしいのだ。
そんな、そんな状態で。可哀想な高杉くん。
チョコ売り場で彼を一旦見送った後、流石に全制覇は出来なかったが、それでも7個は貰った。
これで良しとするか、とほくほく顔でトイレ前に向かうと、ソファに沈み込み首を背もたれに預けてだらんとした姿。焦った。
「ごめ、大丈夫?ねえ」
腕を揺すると「居眠りしてた…」と。ほやんと薄く笑う様子に脱力。
石鹸の匂いがしたのを覚えている。
手を入念に洗って、ぐったり待っていた。ほほう。
「お前さては大江戸屋で」
「…4号館のトイレはフライングだったな」
今日は随分と素直ですねえ。俺と一緒に、何個かは貰って食べたもんね。辛いの前に、あまい、あまい。
チョコレートのお陰かしら。
「風呂貸して」
ふ、と息を吐いて立ち上がろうとするのを、飛び掛かって止めた。
「良いよ良いよ。さ、ほら。ね」
お布団もすぐ敷くし、ね。
晋助からスウェットを引き抜き、ボクサーを脱がせるのは案外簡単だった。
「銀、駄目だって。お、い」
途中で頭を押されたが、力の無さと言ったら。興味はあるけど不安なんだ。分かる分かる。
「前も大江戸屋で洗ったの?4号館?」
パンツの中身は不思議なほどに柔軟剤が香った。
おしっこの匂いなんか、ちょっとくらい普通だろうし、むしろいやらしくて何だか…と俺は思うのだが、晋助は結構気にするらしい。
「どうでも良いだろ」
またあ。文句を言ってやろうかと顔を上げると、顔が真っ赤だった。許してあげよう、と思う。
実際こういうのは初めてだった。
じりじり行った所で俺が躊躇しちゃっても色々萎えるし。
早速チョコ掛ける?いや、記念すべき一口目はプレーンに限るのでしょうな。
うん、と1人で勝手に頷き、俺は大口を開けた。
ぐ。張り切り過ぎの、飲み込み過ぎだ。
「ひ」
顎を引いて位置を調節すると、晋助の声が裏返った。俄然やる気。
さてどうするよ?
歯が当たらないように口の中を大きく開くと、舌を動かすスペースが出来た。
舌、舌。こうかな。
晋助の側から自分の喉に向けて舌を引くと、いつの間にか頭に載せられていた手が動き、わしゃ、と自分の髪が鳴るのを聞いた。
「やあ…」
切なげな声。何だこれ、やばいな。あ、そっか。裏ね、裏スジ擦ってんだ、これね。
「やば、ん、ん」
調子に乗って舌をレロレロと前後させるとまた可愛い鳴き声。
うわあ、フェラしてんだ俺。
妙な感動を覚えていると、唇の端からだらりとよだれ。げ、と思って口を離すと、ぶじゅ、といやらしい水音が響く。
晋助はと言うと、ぼんやり顔に涙目だ。
反射で口の中の水分を飲み込む。しょっぱい。
じゃ、ここからが本番ですね。
畳に転がしていた容器を掴み、蓋オープン。
怖くないよ安心してね楽しいよお、の意味を込めて顔を上げると、晋助は引きつった笑いを薄っすら浮かべた。
一体どう見えたって言うんだ、失礼な奴め。
先っちょにぽた、と一滴。
そう言えば、さっきまでは遠慮がちだった子が、今や立派に胸を張っている。その調子。
舌の先で舐め取ると、当たり前だがそれは甘い。凄え晋助のちんこ甘い!いやいやチョコだからあ、と物凄く下らないことを考えて、んふっ、と笑ってしまう。
そうそう、バレンタインだから。
ぴゅるぴゅるるるる。バイトで厨房に入る時、ドレッシングを掛けるのが楽しい。あれの要領でチョコシロップを細かくジグザグさせたかったが上手くいかなかった。
今日潜った授業で出てきた参考文献のスライドの、「くずし字」?みたいになりけり。
今度は色々舐めながらだな。
また大口を開けて飲み込むと、甘い。素敵過ぎる。しかしさっきより元気になってくれちゃったもんだから苦しい。舌が動かせない。
じゃああれだ、と顔を前後に動かす。喉奥に流れてくるチョコシロップを飲み込みながら、じゅぶじゅぶと。
喉奥に入れすぎないように注意しつつ、口の中をぴったり張り付かせ、じゅぶじゅぶと。
「あっ、や、ん。んっ」
絶え間なく漏れる切なげな声。
これで合ってる?っぽいね。自信がみなぎってくる。
俺の初フェラで、晋助が鳴いている!
「いああっ!」
ますます口をすぼめて強く吸い上げると、いきなり肩を押され、じゅぽ、とチョコちんこから引き離される。
おっとと、と思いながら俺は仰け反った。
「ん、ん…」
布団の上。上だけスウェットを着たままの晋助が、体育座りが崩れて丸まったみたいな格好で深く項垂れている。いやらし。
「もしかして俺、上手だった?」
ほふく前進でにじり寄り、その顔を覗き込む。
「も、い、から」
目が合った。目尻が薄っすら濡れている。
そっか、と思った。お前は、中に欲しいよね。
晋助は顔の下半分を片手で押さえたまま、目をそらした。
これにてチョコはいただきましたので、後はプレーン味にて。
因みに俺のちんこもプレーンです。
ちんこと穴とできっちり繋がり丁寧に揺すってやると、抱き付いてくるのも忘れて晋助はとろとろだった。
「あ、あ、んあ、っふ。あ」
半開きの唇を見て、良いことを思い付く。
「よ、っと」
「ん…?」
いきなり体勢を変えた俺に、ぽやんとした疑問顔。それをよそに、指先にひと雫。
そう、やっとの初エッチの時もこれしたね。
「あ、が。あふ」
チョコシロップをまとわせた人差し指で口内をずぼずぼすると、中が締まった。
たまらん。
深い所で、腰を小刻みに前後させる。ぎゅ、と目を閉じた晋助が、苦しそうに息を吐く。
「んむ。ん」
指先がくすぐったい。口内で必死に動く舌が、舐めてくれているのだ。
甘いの、たまには良いだろ?
指を抜き、唇同士を合わせる。身体のあいだにその指を差し込み、小さな乳首を摘む。また中が締まる。
唇を舐めると甘かった。
あ、いく。いこう、ね。
「うがい、しろよ!」
背中をぐいぐい押されて狭い洗面所に向かう。何を焦ってんだか。こいつ、ちょっと潔癖なんだよね。
「イソジンは!」
「んなもん1人暮らし男子の部屋にある訳ねーだろ」
「買っとけよ!」
元カノにもして貰ったの。もしかして、うがいしろ、なんて彼女にも言ってたの。
その時その子はどんな顔したの。
…これはまた今度聞こう。もっと、男子会ノリの日にね。
「銀さん健康だから要らないし」
「買っとけ。じゃあ塩、塩でうがいしろ!」
「ヤダよ、甘いの忘れちゃう」
「うがいしたらまた子のガトーショコラ食っていいから!」
ほらほら、と小さなキッチンで勝手に塩水を作って戻ってくる晋助は可哀想なくらい必死だった。しょうがない照れ屋さん。
「ああそうだ、絶佳のチョコも食おうぜ」
差し出された塩水を渋々受け取りグチュグチュペ。晋助はほっとした顔を見せる。
「俺やだよあんなの。チョコにドッキリとか要らねえし。ん。ったく煩えやつだな」
「そんなに辛かったか?香辛料だろ」
「オシャレチョコだか何だか知らねえが俺は晋ちゃんのチョコちんことまた子ちゃんのガトーショコラで充分ですからね」
もう良いだろ、とコップを置こうとすると、飛んでくるジト目。はいはい。コップが空になるまで、俺はうがいを繰り返した。
「あ。あのアカウントまた見てみようぜ」
部屋に戻り、小さなテーブルの上で晋助のスマホを覗き込む。
「大変だ銀時。いない」
「外された?今日のおっさんが中の人だったんかな。聞けば良かったね」
「おっさん、遣り手だな」
ま、俺はどうでも良いんだけどね。早くガトーショコラ出してよ。
俺はまた子ちゃんのガトーショコラ、晋助は絶佳のチョコ。緑茶をお供にいただいた。スーパーで買った大箱入りティーバッグのやつ。
「美味い。凄いねまた子ちゃん」
「言っとく」
そう言う晋助も今日の戦利品を味わっている。
「貰ったのお前なんだからさ、一口くらいはいただきますしなさいよ」
ひと欠片をえぐって、しかしちょっと考えて、そのフォークを皿に置いた。代わりに人差し指で表面を削り、晋助の口元に差し出す。
どうかな、と思ったけど、彼はしっかり舐めた。
「ちゃんと、言っとく。来月また探さなきゃな」
「出来る男は違うね」
けっ。
「お前のも、舐めてやるのに」
良かったのか?と目を合わせられて、うふふ、と思った。
「良いし。お前どうせ、終わったらすぐうがいしに行くんだろ」
「行かねえよ」
優しい顔で呟くから、胸がふわふわしてしまう。
絶佳のチョコに、おまじないでも掛かっていたのでは。
俺?いや要らない要らない。
だって辛かったもん、実際。
因みに。やはり件のアカウントは忽然と消えていた。
大江戸屋での出張出店に合わせて作ったアカウントだったのか、方向性の違いやなんかでやめてしまったのか、はたまた名前を変えてしまったのか。
チョコの箱には、大江戸屋で立てられていたのぼりと同じ書体で確かに店名が印刷されているし、底には原材料や販売者情報のラベルが貼ってある。
夢だったとか、妙な店だったとか、ではないし、ラベルの住所を訪ねればそれで済む話である。
いや、本当にそうだろうか?
その後、いくら探しても『絶佳』なる洋菓子屋はもう、ネット上では見付からないのだった。