ある日の万事屋での逢瀬のこと。
高杉が帰り支度を始める頃、鬼兵隊員の相性が話題になった。
「あの2人、案外仲良いよね」
「本人達は嫌がるが実際そうなんだよな。あれじゃ仕方ねえよ、船の奴らで一番喋ってんじゃねえか」
銀時の疑問は、あのロリコンのおっさんとまた子ちゃん、実際どうなの、だ。
「やっぱそうだよね。ぷ、そこ仲良いと総督ちょっと寂しいんじゃない」
「そうだな。クッ」
「上手い使い方とかあったりして」
「まあ、な。そうだな。あいつら、別々に見てると面白いぜ」
「親子みたいだよねえ」
下手に口にしたらどうなることやら。ずっとあった印象について、さらりと恋人の口から聞くと余計笑えた。

「たまに武市がくどくど言ってんなって思うと、その後の来島がむすくれてんだ」
「お説教かよ。してんのマジで」
「じゃねえかな」
「普通におっさんだね。また子ちゃん超反発しそう」
「と思うだろ、だがな。少し時間置くとケロッとしてよ、掃除やら挨拶やら随分キビキビし出すんだ」
「どんなこと話してんだろね」
「な。正直、助かってるんだ」
「ふうん。ロリコン氏もちゃんとおじさんだね。やばいじゃん、トップも日頃の行いを見直すべきじゃねえの、銀さんへの愛情表現とかさあ。ある日突然、さすが晋助様とは違って年の功ッス!とか言ってたらどうする。俺だったら立ち直れなくなっちゃいそう」
「武市はちゃんとしてるさ実際。じゃなきゃ一緒にやってねえ。しかし俺だって武市に呆れられたら困りもんだぜ。俺はどうすりゃ良い、挨拶でも見直すか」
どうだか。似合わない心配しちゃって可笑しいね。ほんの少し思案した後、銀時は思い出の中の師匠の真似をした。
「じゃあ高杉、さようなら。またね」
なるほど。
「おう。さようなら銀時。またな」
型にはまるのも楽しいもんだ。船に帰る高杉の足取りは、どことなく軽やかだった。

 

今日は月に一度の真面目な幹部会である。
トップの仏頂面には余念が無い。今回の議題については全て何かしら次の行動など決定したものの、まだ言いたいことがあるように見えた。
ただ、そう見えるだけで実際は特筆すべき考えごとで無いことも多い。まあ良いか、と万斉が「それでは、」と席を立ちかけたその時。
「お前ら最近、声を出してねえな」
はて。唐突な話題に皆は頭をひねった。心当たりが無いのは皆同じだ。
最近、変わった出来事などあったろうか。

「声とな」
万斉が顔を覗き込んだ。
「貴賎問わずとしたのはお主だろう。我々に至らぬ点があったら、率直に教えて欲しいでござる」
やさしく問われ、居心地悪そうに腕を組む姿。拗ねる子供のようだった。
「責めてる訳じゃねえんだ。挨拶を、だな。するべきだ」
誰しもが耳を疑った。そんな中でもおじさんは強い。
「高杉さん、わたし小さなお子さんに話しかける時は、お母様にもきちんとご挨拶しておりますよ。お側にいらっしゃる時に限りますけど」
「抜かりないのが益々気持ち悪いッスね」
ほら。武市は流石だ。動機を掘り下げるとまずい方向になるが。
「晋助に蛇が出ると怒られたから、夜中のハーモニカはやめたでござる」
高杉は顔をしかめた。したいのは、そんな話じゃないのだ。
「…俺がやめろっつったのは夜の口笛だろう。万斉お前、本当に音楽なら万能なんだな」
「滅相もないでござる」
「ハーモニカって」
「おや。さては晋助、実は吹きたいのだろう」
「いや要らねえ。珍しいな、新曲は郷愁系か」
「違う、違うでござる」
「新型兵器か」
「いや、思いついたメロディーをな。ササッと吹いてみるのにうってつけなのだ」
「河上さん、お部屋からハーモニカ、意外と聞こえますよ。中止は良い心掛けです」
「ほら万斉先輩、やめて大正解ッスよ」

さてどう言おうか。高杉は一度煙管を吸った。
それにしても来島はいつまで「先輩」呼びを続けるんだろう。自分を含め他の者の手前、気恥ずかしいからそう呼んでいるのかと思っていたが、どうやら違うらしいと気付いたのは最近だ。
「そうだな。他人の目線や迷惑を考えるのも勿論大切だ。しかしその前にもっと簡単で重要なもんがある。挨拶だ」
挨拶。
開いた口が塞がらない幹部の顔に照れ臭さを覚えたが、もう戻れない。
「とにかく。気分の入れ替えだと思え。今週は挨拶強化週間だ。何のとは逐一言わねえが、朝昼晩、出掛け、見送り、出迎え、食事。あとはそうだな、感謝か。どこか心に留めて生活するように。良いな」

 

「晋助、行ってきます」
「ただいまでござる」
人斬り前も新曲封切り前も、万斉は船の出入り時には同じ言葉を使った。

「お疲れ様っした」
また子は、倒れゆく先程までの敵にも軽く一声掛ける。

「お嬢ちゃん、お気をつけてお帰りなさいね」
元から余念が無かったものの、武市の一言は信用できる者のそれとして磨きがかかったようだ。

幹部のちょっとした変化が広がり、鬼兵隊では気持ちの良い声が多く飛び交うようになっていた。

 

「こんばんは」
つい癖で万事屋の引き戸を開けながらはきはきと声を掛けてしまった。
「こ、こんばんは高杉さん。どうぞ」
まだまだ緊張する相手である。出迎えた新八は、違和感を感じつつも反射で言葉を返した。
「お邪魔します」
新八の肩をぽんと叩き、脱いだ草履を揃えてぺたぺたと中に入っていく。

「こんばんは、じゃじゃ姫」
「馬が抜けてるアル。…こんばんはネ」
ぽす、と神楽の頭に触れ、高杉は当たり前のように定春の横からこたつに潜り込んだ。
座ると同時にテーブルの上に置かれた風呂敷包み。

「わお、今日は何だろう。開けても良い」
社長の行儀が一番なってねえな。
「まだだ。銀時、いつもどうも」
これには当の社長も違和感を覚えた。
「お前、今日おかしくない」
「ですよね。どうしちゃったんです高杉さん」
神楽にはどうでも良いことだった。そんなことより風呂敷包みの中身が気になる。
「銀時、いつもお世話になってます」
「気持ち悪っ。な、何なの」
はあ。
「やめだ、やめやめ」
ぷっ、ククッ。お前に挨拶って、難しいな。

風呂敷包みの中身は、重箱に並んだプリンだった。
「手作り感が凄い」
「万斉の自信作さ」
「んっなもん食えるか!」
「悪い、冗談だ。来島と武市の合作だ」
「ええー、超可愛い」
「クリームとサクランボ、お店みたいアル」
確かに。

新八が淹れてくれた茶と一緒に、皆で美味しく「いただきます」
鬼兵隊の取り組みは、万事屋では大いに笑いのネタになった。
「ええー、凄い真面目ですね。意外と僕たちだって、そう言うのちゃんとしてるんですよ。ねえ銀さん」
「お前ら、銀さんのスパルタ教育に堪えてきたもんな」
「ないない、いつそんなのあったんです」
「でも面白いネ。お世話になってます、って言われたら、してます、って言うアルか」
「どうもどうも、こちらこそ、かなあ」
「しっかりした坊主だなあ」
「新八です」
「あっどうもどうも高杉くん、大変お世話してますう。ったあ!こんにゃろ」
「っつ。クソ」
こたつの中で小さな攻防が勃発したが、新八の冷たい目線に気付き大人2人はすぐプリンに戻った。

 

「じゃ、あんまみっともない喧嘩しないでくださいね。神楽ちゃんよろしくね」
「おやすみアル」
高杉が遊びに来ると早々に2人は寝室に篭ってしまうので、これからテレビのチャンネル権は独占だ。
麻雀の練習するから、とかお前にはまだ早い世間話、とか勝手に申し訳なさそうにする銀時に遠ざけられるようだが、こっちはこっちでお楽しみなのだ。
風呂の湯を新しく溜めても良いし、とっておきの入浴剤を勝手に使っても良いし。
どうせ深夜番組は途中で眠くなってしまうが、神楽はわくわくだ。
「おやすみなさい、新八」
高杉の静かな声に、新八は照れた。
「はい、おやすみなさい」

 

「今夜はサイレントモードでよろしくね」
「ああ」
そんなに激しいプレイには励まなかった。
布団を被って終始正常位。これはこれで抱き締め合えるし悪くない。
そろそろ神楽は眠っているかもしれない。一回し終えたら、布団に入らず寝入っていないかだけ確認しに行こう。
「あ、は。もう、銀、いい、って…」
「いいの。満足かしら」
「ん」
普通が良い。普通が一番。高杉は自分で腰下の枕の位置を直し、銀時の腰に脚を絡めた。
ぽろり、と小さな汗の玉が脇腹を滑るのが分かった。
「ふ、う」
良い所に改めてぴったり嵌り、涎が出そうに思う。目頭が熱く感じた。あ、左瞼にキス。
「いっきまあす」
耳の入口をぬめりと舌が這い、掠れた声で囁かれる。
「ん、どうぞ…」

「こう言う時も挨拶しろって言うの」
難しい。銀時に挨拶、銀時に挨拶。
「結構なお点前でした」
「何それ」
自分でもどうかと思ったが改めて言われるとむしゃくしゃした。何それ。確かに上手くねえな。
「お粗末さまでした」
それなのに銀時が微妙に話を繋げてくれるものだから、つい反応してしまう。
「ほんとにな」
まずい。
「失言が聞こえた気がするよね今」
今のは仕方ない。本当に条件反射だ。
「おい、おかわり自由ですよ、ほら。寝たふりすんじゃねえよ、はい、もっかいもっかい、ほら。おはよう。おはようございますう」

 

翌日。高杉が帰ると船は賑やかだった。
聞くと、銃を新しくしたこの機会に、また子の礼儀正しい捨て台詞でも考えてみようの会だそうだ。
「はい、バンバンバン。全員倒れた。そこで」
万斉の言葉に合わせて華麗に撃ち落とす動き。銃を下ろして俯き、顔を上げる。ぴかぴかの笑顔だ。こんな美女に撃ち抜かれたら本望、と思う奴らは星の数ほど居るだろう。
「結構なお点前だったッス!」
瞬間、煙管の煙が変な所に入った。
「ありでござる」
「無くはないですね」
「んー、若しくは、っスよ」
頬を赤らめ、また子はもう一度俯いてから顔を上げる。
「お粗末さまでした!」
げぇほ。っぶ、は、げっほ。

「高杉さん、いつの間に」
「え。大丈夫ッスか晋助様。背中、とんとん。お水、お水飲みますか」
「晋助。ただいまも言わずに覗き見してるからでござる」
俺の鬼兵隊は、流石だな。っゲホ。