もう、いやだ。
俺は朦朧としていた。
自分の身体が、熟れすぎて潰れていく果物みたいだ。
穴が疲れた。身も蓋もないだろうか。
しかし的確な表現だと思う。これ以外には考えられない。
ここ数ヶ月、会う頻度が多かった。寒いと会いたくなるのは仕方ない。その延長で抱き合うのも。
代償として少々身体を使い過ぎた感が否めない。
そろそろ休日が必要だとは思っていた。
「どうだ参ったか」
言い返す気力も無い。
手の動き、昔からあんま変わんねえのな。とか何とか口を滑らせたらこのざまだ。
先日の浣腸も酷いもんだったが、今日もなかなか酷い仕打ちである。ほんとのほんと、今日こそゆっくりじっとりしようね、と初めは上出来だったのに、途中から玩具を入れて放置ときた。
「細かい作業は少々不得意ですので工具を使いますね」
おい万事屋。アフターサービスの見直しが必要だな。
確かに万斉の手はずっと滑らかだったが、結局はそれだけの事。今は皆んな幸せじゃねえか、それだけでは許されないものだろうか。
あれは美味かった。しかし死ぬ前に必ずもう一度、と言う訳でもない。旅先の料理のようなものだ。因みにそうと口にしたことだって、別に無いのに。
例えば明日この身が消えるとしたら、慣れ親しんだ白飯が一番である。
しかし何を勝手に汲み取ったのか銀時はムキになっていた。
「取っちゃって良いよね。もう出なさそうね」
「参、らねえ」
「何よお」
あ、前、触んじゃねえ。
こちらが言う前に中心を握り込まれ、その手がゴムを引っ張る。
一部始終を見つめてしまい少し後悔した。もちろん若干の可笑しみを含むのだが。
そこが裸になる瞬間、先端がちゅるりと糸を引く。中に溜まっている量は少なかった。
どうせ何回か出すんなら、捨ててしまうのは勿体無い気もした。
「どれどれ。在庫の塩梅は如何ですか」
ひ。呑気な言葉と共に玉を揉まれ、つい飛び上がってしまった。いや別に良くもないんだが。
「な、あ。もうすっからかんなんだが」
「ほんとかなあ、銀さんはまだなんだけどなあ」
「あっ、や、もう十分だって」
「ふふ、ころころ」
「いた、銀時、痛え」
「じゃあこっち」
移動した手で棒を直に上下されると、頬に寒気が走る。ざっ、と霜に覆われるような感覚。
「っく、む、無理だって」
また奥が熱かった。
「お、乗ってきたんじゃないの」
勘弁してくれ。
「取れちまう」
「こんぐらいじゃないと満足できないでしょ。過激派」
割と本心からの弱音だったのだが。
「俺が悪かった。要らねえこと言った。早くこいよ。どんとこい」
重い体に鞭打って、うつ伏せから仰向けになり脚を開いて見せてやった。少し腰を上げて揺らす。
と、穴が引き攣って一瞬ひやりとした。深呼吸してそこを緩ませる。どうにか、いけるな。
あと少し、あと少しだ。これを切り抜ければ一段落。己の小さな場所をこっそり励ましながら銀時を見上げる。
「オットコマエえ」
そもそも俺を弄ってるだけじゃ気持ちよくないだろう。こっちにだって、満足させてやりたい面はあるのだ。
「銀さんが欲しいって、言わないの」
誰が言うか。
「るせえな。しつこいんだよ」
「今日は特別サービスデーでさ」
っあ、ああっ!
長い休みの前には大仕事が付き物だ。腹を据えて深く息を吸い込む。それを吐ききる前に突き入れられ、思わず悲鳴を上げた。
無我夢中で銀時の首に腕を回し、肩口に顔を埋める。唇で触れる肌が冷たく感じた。妙に思ったのも束の間で、激しい揺さぶりに身を任せる。
ただただ泣いて善がって、喘いだ。
「ポイントたんまり付けといた。嬉しいだろ。高杉、これで、ずうっとお得意さんだもんね」
耳元に熱い吐息をかけられ、また背筋が震える。
そんな遣り取りが昨夜遅く。疲れはするが正直なところ心からの文句など。
いいや、多分にあるな。
布団の中で並んでいると、次第にふわふわ頭が下へ下へと潜っていく。
それを自分の首元に引き寄せると温かいし愛おしいしで一石二鳥だ。
一度抱いてみた後に、感触次第ではこちらが上にずれる。仕方なく。
そうして鎖骨だろうか、落ち着いたところで、ようやく機嫌よく眠りに就ける。
銀時の頭は結構な存在感だ。時折また子の頭にふと触れる時など、その儚さに驚いてしまう。
「足ぃ、超さむいの」
起きてたのか。はみ出るんなら丸まりやがれ。
「ふがっ」
寝言か。下敷きにされている腕をそっと動かし、自由な方に引き寄せる。胸元にデカ頭を丸め込んだ。
確かな重み、首元に当たる湿った鼻息。
その息が、ふうう、と一度大きく出たと思うと、こちらの胴体に太い両腕が回された。起こしたか。悪いな、そう呟きながらも結局は恋人が可笑しくて愛らしくて仕方ない。
「ん…う」
数秒ほど息を殺して様子を伺う。後はもごもご唸るだけなので安心した。もう暫く、おやすみ。
「んあっ」
息を吐き、一緒に眠りに就こうとしたら首筋がぞわり。変な声が出てしまった。
可愛い獣が唐突に素早い動きを見せたのだ。
身体に回された腕が一層強く巻き付き、首に鋭い痛みを感じた。血は出まいと瞬時に思ったが、いきなり歯を立てられるのは心身共に傷付くものだ。
「おい」
低く呼びかけるとすぐ噛み付きは外れた。ほっとするも束の間、べろおり、ぬめる感触。背筋に鳥肌。
「おい。寝ろ」
何故なら俺が眠い。返事は無いが、これで言い逃れは出来まい。
「かっ」
また首に突き立てられる感触。この野郎。両手でデカ頭を掴んで押し返すもいきなりの反撃にしてやられた。
「ぐあっ」
情けない声が出て、俺は頭の方角に飛び上がった。そして枕の向こうに頭が飛び出た。
間髪入れずに強く股間を掴まれたのだ。情け容赦の無い握り方で、痛みに目尻が濡れた程だ。
背骨のバネは見事なもので、それはもう勢い良く飛び出し、自ら壁に頭をぶつけてしまった。
その衝撃で落ちてきた物体。
避けられなかった。
ゴッ、と額に重い鈍痛。
覚める夢であることを切に願う。
願う余裕があるのも笑い話だ。それも一瞬のことで、意識は万事屋から物凄い速さで遠のいて行った。
銀時、これでさよならとは。
「…え」
残された方は呆気にとられた。
あくまで実行犯の感覚値ではあるが、この程度の「軽い」悪戯が大惨事を引き起こすとは誰が予想できたであろう。
今や恋人は、ばったりと倒れたまま動かない。
両目が閉じられたその顔は幼く、赤い唇は半開き。
その隙間に小指を差し込んでみると、僅かながら反応は帰ってきたので一安心だ。
「ん…」
軽いが息もしっかりしている。軽く触れた舌はほんの少し、上下した。
股間だけは先ほどの名残で少し硬い。痛がって見せるが、その反応が素直そのものか、怪しい物だと思っている。
いや痛いことは痛かったろう、申し訳ないことをした。とは言え、二度としないと誓うかと言われれば、それはまた別の話。
ごめんね、痛かったね。呟きながら瞼の上をそっとなぞり、手の平全体で前頭部にそっと触れた。
頭髪をかき分けると赤くなった地肌が見えた。アフターケアだなんて要らん横文字覚えてきやがって生意気。
独り言ちながら、氷枕でもと立ち上がる。
件の凶器は、開けっ放しにしていた襖の上段から落ちてきた木箱だった。
井戸だろうか。
高杉は真っ暗な空間を延々と落下していた。
下から吹き付ける、ぬるい風。頭上を見上げると遥か彼方に丸い光源があった。
それなら俺は此処を知っている気がする。あそこから覗く悪ガキ達が居るはずだ。
「おにぎりおにぎり、おんぐりこ」
またヅラが変な歌を歌うものだからこっちまでおかしくなりそうだ。
「お手手にはまって、さあ大変」
ほら見ろ銀時の馬鹿に移っちまった。
「梅干し入れたらこんにちは。高杉一緒に握りましょ」
歌の結びに合わせ、銀時が後ろからのしかかってくる。
「上手いな。銀時天才か」
「ううん、もっと三角にしたかったんだけど。しゃきーんって」
「替え歌のことだ」
「そっちか、だろ。あ、やっぱ俺シャケのが良いなあ。じゃねえや餡子だ、それだな、うん」
「大丈夫か。何か変なもん拾い食いでもしたか」
どっかの天パじゃあるまいし。ぼんやり考えながら、今いる場所を知った。そうだ俺は、とっくの昔に大人じゃないか。
「もしかして、具合悪いんじゃない」
「ん…いや、まあ」
心当たりが無いではない。先週はまた子が体調を崩して寝込んでいた。今度は万斉が空咳をしている。
濡れた手ぬぐいで顔を拭われるのが面映ゆい。
心配そうな顔をさせるのは心底つまらないな、と思う。
喧嘩か、笑い合うのが一番だ。それこそあの頃みたいに。
「たんこぶ出来ちゃったね」
何の話だろう。思考が上手く働かないように思った。
「俺のこと、分かる」
「鼻垂れ」
言いながら、喉の痛みを感じた。
「はい、そっちは何とも無いみたいで結構です、ボンボンバカボン」
「ティッシュ」
「垂らしてんのお前だろうが」
顎で示され、頭のすぐ側にあるティッシュ箱にいま気付いた。
手渡される体温計を大人しく脇に挟み、鼻をかんだ。寝間着と肌の間に通る空気に、嫌な寒気を感じた。
頭が痛かった。
「お前、昔から握り方が下手だったな」
「何言ってんだか。ああ、そこからパーンして発熱しちゃったの高杉くん。そっち冷やそっか、っつってね。取り敢えずポカリ飲むか」
立ち上がる銀時の背中を見遣りながら、また眠りに落ちてゆく。
そっちの話じゃねえよ。
「けつ休めって何」
馬鹿、声がでかい。
「大人になったお前に苛められるから、こっちに逃げてきた」
並んでしゃがみ込み、小声で悪巧みか何かを交わす最中だったようだ。
これは何時の日の思い出だろう。数えだしたらきりがない。
ああ夢だ。そう分かっていながら俺は幻を楽しんで居た。
流石に言い過ぎか、と言い終わってから苦笑した。
後で大人の銀時に詫びよう。
「誰が苛めんだよ。苛められてんのこっちだから。知ってたか、俺いつも草、の影、とかで泣いてんだぞデリケートだから」
「草葉の陰な。嘘つけクソガキ」
「じゃあさ、この穴、避難場所にするか」
気付けばそこは洞穴だった。ふたり分の声がうわあん、と響いている。
「ここで会っても喧嘩中とか一切関係なし。良くねえか」
「お前にしちゃ真っ当なことを言う」
「今日は休むのにもってこい、だし」
銀時の指差す方向を見ると、洞穴の出口があった。良い天気だ。青い空が覗いている。
「ここは休戦協定中だから。兵糧分けてやる」
思わず手の平を差し出すと、そこにぴったり乗る大きさの風呂敷包みが置かれた。
中身は知っている気がした。
「梅だと嬉しいが」
「はい出たわがまま坊っちゃん。安心しろ、超美味いから」
ホイル包みから萎びた海苔が覗く。勧められるままに齧り付く。予想外の甘みに噎せた。
「最高だろ」
自慢げな顔。この馬鹿野郎。投げたおにぎりは笑う銀時少年に容易くかわされ、そのまま宙に浮いていた。と思うとぐんぐん加速し、ぽーん、と洞穴から飛び出した。
そして小さな青空に吸い込まれてしまった。
「何か食って薬飲まなきゃ」
ふっと自然に目が開いた。声のした方向を探す。
寝かされた布団のすぐ隣に、腹ばいになった銀時がいた。少年誌から顔を上げた所だ。
「夢。ずっと見てた」
「銀さんを虐めた罪の意識にさいなまれる悪夢でしょ」
大人になっても言いやがる。
「そりゃ無えよ。…なあ、洞穴で遊んだことは、あったか」
可笑しそうな顔で覗き込まれる。
「そりゃ、ねずみの穴だな」
「どうだかな」
「お前、頭打つわ寝込むわツイてねえな。踏んだり蹴ったりで可哀想な晋ちゃん」
よいしょ、と手を伸ばして銀時が手に取ったのは木箱だった。
「これ落ちてきて頭に食らって、伸びてたの知ってる」
思っていたよりずっと可愛いもんだ。
「もっとでかいもんだと思ってた」
「少しは覚えてるのね。たんこぶで済んで良かったな。上からだから威力出たんだな」
受け取り、蓋を開けるときっちり詰め込まれたコンドーム。それと卑猥な玩具。これは初めて見る。
「いや夜セットをさ」
取り繕うような銀時の声。
「用意周到じゃねえか」
製造元だろうか、蓋のラベルに書かれた筆字を見るも知らぬ名で、首を傾げた。
「何の箱だ」
「ヒント、ぱりぱり」
「火薬」
「物騒だな。じゃなくて、ほらこれ」
ぽん、と布団越しに、胸の上にホイル包みが置かれた。
「まさか。持ってきちまった」
銀時は顔をしかめた。
「結構やばいなあ。解熱剤飲むか」
だってお前、さっき…ああ、違うのか。
「海苔だよ。貰いもんの高級品だから美味いよ。貰った時、夜セット入れるのに丁度良いわっつって中身出したまんますっかり忘れてたんだけどよ。思い出して、猛烈に食いたくなって、作って食ってたって訳」
「これもお前も、夢に出てきたぜ」
「そうかよ。そりゃ心配で心配で居ても立っても居られなくて、迎えに行ったからな」
「涙が出るな」
「…それ、食えそうだったら食えば良いし、キツかったらそこ置いときゃ良いし。ほら何か、持ってるとあったかいだろ。葛湯にチェンジもあり、な」
相変わらず変な奴。
「まだ要らねえかな」
「そ。葛湯にするか」
「でも美味そうだ」
「だろ。そう言うかと思って、小さいのも、ほら」
「銀時、絶好調じゃねえか」
「お茶も欲しいでしょ」
「欲しい」
布団からゆっくり起き上がると、夢と同じ、自慢げな笑顔があった。
少年誌の隣に、薄っすら湯気の立つ湯呑み。
「すぐ淹れてきてやるのに」
「お前が新しいの飲めよ」
銀時の飲みかけは、理想の熱さだった。
まさかまた餡子じゃねえだろうな。内心疑いながら開いた包み。
ひとまず一口目は、ちょうど良い塩味だ。
「なあ、暫くセックス無しでも良いか」
中身は希望通りの梅だった。酸っぱさに目が覚める。
「人のこと何だと思ってんの、失礼しちゃう。つうかそんなの一々言うとか逆に疑うわ。あれえ、毎日したかったんだあ晋ちゃん」
「…聞いてみただけだ」
「まあ最近凄いしてたしね。暫く禁欲でもいっかな、って今は言っとく」
「銀時お前、元気だなあ」
心の底から思ったことだ。素直に感心してしまう。
「やぶから棒に。銀さん意外と健康的な生活してるからね」
「規則正しく堕落してるだけだろ」
「仕事も定期的にきっちり休んでるしな」
「いつもじゃねえのかよ」
「メリハリ大事にしてるだけ」
「ほう」
「ま、もう数日くらいは特別看病業務があるから依頼はストップしようかな」
そりゃ有り難い。額に乗せられる手に笑った。
「まだ寝るなよ。薬飲んだら、もっかいその穴、行って寝て良いからさ」
おにぎりおにぎりすっとんとん。
「すっころこん、じゃね」
そうだったかもしらん。
ぱり、ぱり、と。確かに良い海苔だ。