「お前さあ、今寒い？」
何だろう。最近たまに晋助に聞かれる。それも唐突に。
「そんなでも。快適って感じ」
胸を張って見せると彼は小さく吹き出して顔を背ける。
何よ。銀さん可愛いなって照れちゃった？ってデジャブ。
まだ暑い時だ。
『逆上せたか？』
そう、確かそうだ。
そりゃ暑いけどそこまでじゃないでしょ、と。逆に不安になったものだ。
元気と思っているのは自分だけで、本当は酷い顔をしてるのかと。
しかし今日も俺は正真正銘の元気くん。
「おかしくね？何でそんな心配してくれんの？」
何だってばよ。
「いや。そのシャツ、良いな」
ああこれ。
「セールだからここの買えたよね。大当たり。って思わね？」
「うん、良い」
あれ、本当に銀さんに萌えてた？
「可愛いでしょ」
「と思う。今度貸してくれ」
「えー。もう少し銀さん着古してからね！」
彼シャツ的な。的っていうかマジにそうか。同性カップルの良点だわ。
「でもさ」
サイズ気になるってんなら大きめ着てるって言えば全然良いと思うよ…
「乳首立ってる」
へっ。
「何？」
「乳首」
目が点。
「んなアホな！」
咄嗟に両手をクロスさせて胸に当てた。
「やめてよエッチ！」
「ぶ、ククッ、銀時の下着、薄いもんな。絶妙なテロン具合っつうかで、よく出てるんだよ、ふはっ、プチって」
「そそそそそんな！」
「鳥肌立つ的な状況でなってんのかと思ってた」
「お前、そんな目で銀さんをいつも見てたの！」
「主張してるから」
クックッと拳を顎に当てて笑う様子につられて笑顔になる。じゃなくて。
「それ言ったらお前だってさあ！」
た、立つだろ、いつだっけ、一昨日か。ペロペロしたもん。
「俺か。流石に昼間は慎み深いぞ」
げっバレてる。
「…銀さんのとか誰も見てねえし」
「そうか？それは夜にする話だな」
何よそのニヤリ。
「土日、店ぶらつきたい。服とか」
自分から街行きたいなんて珍しくね？
「街ボーイやん」
「デートしようぜ」
あ、はい。赤面…。
週末の予定を確認しあい、土曜の朝から俺たちは出掛けた。
楽しいデートの後、可哀想な俺はぶつくさ言いながらバイトへ向かうって流れだ。
逆ならなあ。バイト終えてから遊びたかったけど、まあ仕方ない。
午前の街はまだ空いていて歩きやすかった。
「セーターって、中に着るシャツ着た上に一枚で着て良いかしら？」
これ好きだな。駅ビルのメンズ階にて。
ちょっと覗いては止めて、で3軒目。ここなら学生のお財布に優しいし程々にきれい系。と思われる。
ふか緑と薄い灰色の、太いしましまのセーター。ちょっと珍しい色の組み合わせが気になった。
「首とか痒くね？」
「多分。…ちょっと着てみて良い？」
「お、行け行け」
どや。
「成る程。セーターならアレ目立たないしな。良いと思う」
似合うかどうか言えよ。ってことは微妙ですか。
肌に当たってもチクチクしないし、かなり似合ってる気もするけど。
「銀さん可愛くない？」
「まずまず」
ちぇ。
腰に手を当て右足をちょっと突き出し。
「良くない？」
「クッ。おう」
ちぇ。
カーテンを閉めて着替える。値札を見ると希望価格より数千円高かったので諦めた。
セーターは置いておいたとしても、他も気になる。
「これ着心地良さそう」
「良い色だけど布薄くないか。多分これじゃ目立つ」
「んなこと無くない？地味めじゃない？」
「こんなんじゃお前の凸は隠れない」
「その観点もうドブに捨てて良いし…」
そうこう話していると店員さんが寄ってきた。
「冬ですからね。上に羽織りモノなど着られるでしょうし、あくまでインナーとして、ね」
「これ目立つって気にしてるんですよ」
「んなっ！」
ひ、人のそんな所を、オシャレなお兄さんに指差し確認して見せないで！
「あぁ～、気にされる方いらっしゃいますよね。中に着る物を考えて頂ければ大丈夫ですよ」
いや銀さん別にポッチ隠す服を探したい訳じゃないんですけど。
「胸ポケット付きなんかも目立たなくなりますよ」
この店もう出たい。
「…因みに下着、お兄さんはどこのがお勧めですか」
「僕は無難にヒートテックですね」
「目立たないですよね」
「ですねえ、普通そんなに気にならない筈なんですけどね。お友達は結構がっちり体型ですもんね。羨ましいですう」
「良かったな銀時、胸筋立派だもんな」
「ちょっと。やめてくんない」
「ぶ、ククッ、こうやって気にされてると益々出てきたような。な」
何が「な」だ。
「アハ、お兄さん方、超仲良しっすね。すみません、おかしい。アハハ…！」
「んなこと無いっすよ。ぷっ…」
「ねえ酷くない？俺のさあ、乳首にさあ、そんなにフォーカスしないでくんない？！
言われなきゃ見ないでしょうが！普通男の胸とか見なくない？
俺がお前の見るならまだしもさあ、俺のは見なくて良いんだよ！
ってさあ、いま目立ってないかな―とか俺まで普通に考えるようになってんじゃん馬鹿！」
俺の叫びを聞きながら揃って腹を抱え笑っていた晋助と店員さんは、途中から変な顔をして大人しくなった。
俺だって頭に血が上っているので、そう気付くのは一通り主張し終わった後な訳である。
「すみません、また来ます」
「あっ、お待ちしてます…」
「ごめん」
「ん…」
別にごめんじゃないけど。
優しくされるのが嬉しくて、俺はあまり早く「機嫌を直さないように」気を付けていた。
店を出る頃には直してニコニコしよう。いや待て、このシェイクを飲み干したら、もうちょい早めようか、あとふた口飲んだら。そうしよう。
「昼。美味いトンカツ屋、行く？」
「何それ行く行く！」
あ。つい笑顔になってしまった。
「やっぱりな」
ヤベ。はは。
「セーター、やめた？」
「そこまで買う気なかったしね。つうか寒くなってきた。コーヒーひと口ちょうだい」
「ん。最初から寒そうだったわ」
シェイク超美味そうだったからさ。
「晋助こそ良いの？反対口のコチャコチャの方行くか」
「バイト何時からだっけ」
「んーと、全然だいじょぶ」
うん、遅番だから。
「トンカツの後か先か」
「あー、と、後で！」
「うし。じゃあ出るか」
…上手く操縦されているのは気のせいか。
「コレ文句でも何でもないんだけどさ、お陰様で分かったって言うか、俺やっぱテロン系は似合わないね」
「本当は好き？」
「晋助よく着てるでしょ。その感じ、良いなって」
「筋肉あんま無いからピッチリさせたくないんだよ。だから俺は銀時が羨ましいけど」
胸筋ってか。むん。
「こんな所に良いボンゴが」
手の平で右胸を叩かれ、鈍い音がした。
ふんっ！胸を反らせて見せる。
べふ。今度は左胸。アよいしょ。
どふ、右。どふ、左。
…「ドゥフッ。痛ってえな！今ちょっと本気出したろ！」
ぱん、と軽くケツを叩いてお返しとした。
「ククッ、良い音するなと」
「そこそこ痛いの！」
「立つ？」
「…ったねえよ！」
大きな声が出てしまった。
どこのエリートっ子か知らないが、制服姿の小学生達が、すれ違い際に怪訝な目を向けてきた。
顔がちょっと熱い。あーもうヤダヤダ。
乱暴に肩を引き寄せるとまだ笑っている。くそ。ちょっと立ち止まって、強めにケツ蹴り。
「ってえな」
周囲をサッと確認。問題なし。
「覚えとけよ」
耳元に口を近付け低く囁いてやった。
「ん…」
脇腹から素早く手を滑らせ、一度ぎゅっと腰を掴んでから離してあげた。
お分かり頂けるだろうか。
ウエストの隙間から手を差し入れたいのを、どんな思いで俺が我慢したか。
「今日バイト終わったら行って良い？」
「ん」
その横顔を覗く。
伏せられた睫毛が震えるのを見て、心底満足に思った。
何をする訳でも無いが今夜は鶏のもも肉とケーキ。
と見せかけプレゼントも勿論。
まずはもも肉をひとり1本ずつ、豪快にかぶり付き。白米が合うのなんのって。
「旨っ」
「ん」
俺は勿論、晋助もよく食べた。
キャッキャウフフで2人で何か作ろうかとも迷ったが、相談した結果「ダラつこう」に采配が上がった訳だ。
一旦晩餐の後片付けをしてから、我がボロアパートの畳に赤いエプロンと緑の風呂敷を敷く。
その上にホールケーキ。
そこに大小さまざまな蝋燭をプスプス刺しまくる。店頭で貰った分の他に、誰かの誕生日で使った残り物やらを持ち寄ったやつだ。
すると、甘く燃えるハリネズミの出来上がり。
「やばくね？」
「メリクリギャラクシーだな」
予想以上の明るさに唖然。
電気を消すとキャンプファイヤーみたいだ。
並んで腹ばいになり、暫し無言で見つめた。
まばらなエアコンの風を受け、炎は時々大きく揺れた。
「ケーキがビッグバンしたら俺泣くから」
「…ホワイトホール、白い明日が」
「何それ。ね、もう良くない？」
「テンション上がる」
「夜に火遊びするとお漏らしするとか言うじゃん」
サンタさん待ちの夜中、早速させてあげましょう。ニャーんてな！
「今夜は燃えるぜ」
ちょっと燃え過ぎ感あると思いますが。でかいローソクの勢いに、若干の危機を感じる。
「ねえー、ロウ垂れてるってば」
俺も項垂れ。
「あ」
「今度は何座が生まれましたかあー」
「銀、前髪！」
「えっ。わっ、ぶへっ！」
顔を上げると、すぱーん、と頭を叩かれた。
と思ったらそれは必死の消火活動だった。
「こんだけ」
晋助は焦げた数本をハサミで切り取り、摘んで見せてくれた。
「マジ詰んだかと、って言うか、終わったと思った…」
脱力。
聖夜に初めて知った。視界の隅で自分の毛がバーンする光景とは、大変恐ろしい。
「全然目立たない。天パに感謝だな」
まあ笑うんだけど。
蝋燭を抜かれた穴ぼこケーキの大半は俺の腹に入った。
割り勘したのに良いの、と気になったけど、晋助は晋助でご機嫌。
安いシャンパンを注いだコップを手に「こっちガンガン貰うから」とのお言葉に甘え、俺はケーキを美味しく平らげた。
皿も瓶も空になり、名残惜しくもお開きの気配。とは言えプチ飲みに移行するだけですが。
俺は缶、晋助はコロナ。それぞれ冷蔵庫から引っ張り出した物を手に、並んでテレビの前を陣取る。
そろそろ世にも有名な毎年恒例プレゼントショーが始まる。今年もサンタが笑わせてくれそうだ。
「銀時、これ」
CMの間に立ち上がり、カバンを漁って隣に戻って来た晋助が呟いた。
そうして枕くらいの大きさの何かを差し出してくる。
カサカサと薄い茶色の包み紙。その上から十字に赤いリボンが掛けられている。
「サンタさん？」
「煙突、無いから困ったって」
…ノリ良いっすね。
「ありがとう！って言っといて！」
プレゼントごと俺だけのサンタさんを抱き締めた。
実はそうかなって思ってた。手にした時点で薄っすら期待していたのだ。
ガサガサと包みを開け、中から現れたのは見覚えのある配色。
ふか緑と、薄い灰色の。
「これ！」
「脱いでる時だけ、目立たしとけ」
そっちこそ。
じゃあ、俺からはね…。