お前の様に剥きたてを拵えるのが出来ないから、瑞々しいものを持って行こう。
屋敷に届いた木箱を開けると、行儀良く並んだ桃の柔らかな輪郭。
二つ失敬して古紙で包み、紙袋に大切にしまって友人の家を訪ねる。
「ヅラァ!美味いもん貰った。剥いてくれ!」
廊下の奥に呼びかけると、小さな影がたすき掛けを外しつつ廊下の奥からやって来る。
「手の掛かる」
「立派な桃だぜ」
その後頭部で揺れる尻尾に触りたい。
「なあ、首や手がチクチクするんだ」
「桃の毛だな。手を洗おう」
受け取った紙袋は予想したより重かった。さぞかし立派な桃だろう。
寄り道するも思った以上の暑さに弱ったか。小さな編笠を外すと乱れた前髪と湿った額。
「暑いな」
ふふ、笑ってみせても無理しているのは分かっているぞ。ちょうど掃除も終わったところだ。
「浅く水風呂でも溜めようか」
「それだとお前が大変だ」
何だって?
「小川に行かねえか。網に入れて桃も冷やそうぜ」
そうして連れ立って家を出た。向かったのはふしぎ沼へ向かう途中の浅いせせらぎ。
よく考えると、この水は沼と繋がっているのかも知れない。方向からするに沼から流れ出ている筈だが、それだと沼には更に上流があるに違いない。 小川に水を流し続けるには、沼にだってまた水が必要だ。しかし沼はやはり沼で、何処から水が注ぎ込まれているのやら。
やっぱりふしぎ沼だ。
足を浸すと良い気持ち。
桂家から持ち出した竹籠に桃を並べる。流されない様に一抱えもある石で網を挟み、流れに浸した。
水に揺らぐ桃に、小さな妹たちの昼寝姿を覗き見る時の心地がした。
「もう冷えた?」
「せっかちを直せと何度言えば分かるんだ」
その続きは分かっていた。
「良い子にしていればもうすぐだ」
とは言えそう早く冷えるものか、と桂は思っていた。ああほら、良い着物が。
「脱いでしまえ。また喧嘩かと叱られるぞ」
不満そうだったが、自分の足元を見下ろしてから納得したようで、高杉は水から上がった。
「お前だけだから、泳いでも良いよな」
止めてもどうせ飛び込む気だろう。
桂は腕組みをして笑って見せた。
可愛らしい褌一丁になると、まだ夏も初めだからその肌は白いまま。
何故かサワガニの身を思い出して、桂はむしゃぶりつきたくなった。
「お前、それが濡れたらどうやって帰るんだ」
ノーパン、いやノーフンか。
呆れていると「冷えてるぜ!」と嬉しそうな声。
いや俺は。
言いかけるも、不服そうな顔に気付き口を噤んだ。
「よし」
こちらがぼんやりしている内に、褌も解いてしまった姿に少々面食らう。
「少しだけ、良いだろ」
歯を見せて笑い一度こちらを振り返ると、素っ裸で小川の流れに逆らいざぶざぶ進んで行く。
「間抜けな格好で。虫に刺されるぞ」
如何にも心配する兄貴分の声を出してみたが、本当は困るのだ。
その体に自分の素肌を寄り添わせ、撫でてみたいような気持ちになるから。
しかし「痛って、小石」等と呟きながら大股で歩く姿を見ると追わずに居られない。
せせらぎの音を聞くよりも、草の香りをおぼえた時に何故か、如何にも水が気持ち良さそうに感じた。
「待てと言うに」
言いながら自分も袴と着物を脱ぐ。濡れるだろうかと躊躇したが、屋敷に帰ったら洗って干せば良いだけなのだ。
やはり俺は晋助ほど自由にはなれないな。
ひとり苦笑し、桂は褌だけ残して水に入った。
こうして子供達がよく遊ぶので、小川のへりには丁度良く段々が出来ている。
草が踏み倒されて絨毯みたいだ、と桂は思っていた。
石垣にぽつぽつ並ぶどくだみの白い花が爽やかだ。
水に入るまでが、草花の生気と小川から蒸発する水で暑く感じた。
船を抜けるのに手間取ってしまった。
若い奴らに任せた結果、今夜は慣れない舶来ものを食わされたのだ。
脂ぎっていて旨くも何とも無い、と思ったが万斉とまた子が嬉しそうで文句も言えず。
既の所で口の中のさまざまを飲み込んだ。
外に出たら出たで今度はキセルの葉を忘れたことに気付く。
我慢出来ずにタバコを吸ってしまって、ちょっとした厄日だ。
キセルはまだ許すがタバコは好かん。そう言われているのだ。
さっさと風呂で匂いを落とそうか。いや出迎えも捨てがたい。
悩むのも馬鹿らしくなり、そうして高杉は縁側で静かに往来の声を聞いていた。
待ちぼうけに文句が幾つか溜まる頃。
月明かりから身を隠すようにして、裏庭の茂みをがさごそ言わせながら待ち人がやっと現れた。
その唇には小さな海苔の切れ端が張り付いている。
「晋助、紫蘇か?」
挨拶も無しに、当たり前に唇を拭われる。
なんだ俺もかよ、と可笑しくなった。
「多分俺のはバジル」
「ばじるぅ?何と破廉恥な」
「馬鹿。お前はまた蕎麦か」
顔を寄せ、小さな切れ端を舐め取る。
数度唇を合わせては離すのを繰り返し、顔を覗き込むと高杉はうすく笑っていた。
これでも、待たせたからむくれているかと心配したのだ。
自分の唇に移った味を舐めて確認したがよく分からない。賑やかな街の味だ。
大人になったな。
くる道すがら懐かしい情景を思い描いていた桂は何だかしみじみした。
「ヅラの割に気が利くなあ」
「何がだ」
目敏くこちらの手元を指差しにやにやするから、知らぬふりで嘯いた。
「あの愛らしい頃に一口頂いておけば良かった」
「今も昔も可愛いだろ」
「口の減らない」
ぱしりと裸の尻を叩いてやる。
よく熟れた桃の皮は、指で難なく剥けた。現れた果肉を小刀で切り分け食べさせてやる。
垂れた汁はこうしてほら、俺から啜ると良い。
食べられる場所を全て取り去っても、種の周りに柔らかい果肉がまだ少し。
摘んだ種を高杉の口に含ませ、赤い唇に垂れた甘い汁を舐めてやった。
まだ青い位の、さりりと歯触りがある桃も好きだった。だが最近はこんな緩く熟れた桃も良いと思う。
自分の着物を脱ぎ落とし、髪を後ろに流す。
桂は皿に溜まった汁を掬って自分の胸に塗った。
「おいで」
静かな声で呼ばれると素直に従ってしまう。
「馬鹿言え」
お前のままごとに付き合ってられるか。
ぼやきながら高杉は目を閉じ、目の前の小さな実にむしゃぶりつく。断じて今だけだ。
温くなった汁は甘さが増したようだ。
ちろりと舐め上げると本当に何かの果実を食んでいる錯覚に陥る。調子に乗ってきゅっと吸い上げると、首根を掴んで顔を引き剥がされた。
「こら、噛むなよ」
…いつも俺がされているより大分手加減したつもりだ。
まあ、見上げた顔があんまり満ち足りて優しいから大人しく従ってしまうのだが。
幼い頃から苦労をしてきた男が母親の真似事だなんて可笑しな話だ。
包むのは俺にだって出来る。
一度起き上がり背中に手を回すと、くすりと笑われた。
だいたい最初は気持ちいいもんじゃ無い。
そう直ぐには身体も目覚めてくれないのだ。
正面から顎を掬われて顔を上げた。細い指から白檀が香る。
「大丈夫か」
指先でかりりと顎下を撫でられ犬猫の気分だ。
「最悪だ。要らんもん食っちまって、腹の調子が悪い」
・・・鼻で笑いやがったな。
「可哀想に。厭らしい気分になればそんなの飛んでいくぞ。さっさと気合いを入れるんだな」
まあな。
それでも、素裸で屈み込んでいた高杉の背中に自分の羽織を脱いでそっと掛けてくれる。
「腹を暖めろ。ほら、晋助くんはエッチだなあ~」
顎を掻く指は動きを止め、今度は手のひら全体で首を包んでくる。暖かい。
「痛いの痛いの、飛んでけ」
馬鹿にしやがって。
そろりと中に力を入れると、ゴロ、と腹が鳴った。チ。
見上げる形になるのが不本意だが、精一杯の去勢を張って桂の顔を見据える。
目が合うと嬉しそうだ。
桂の膝上から右手だけ自分の体に引き寄せ、胸をさする。足りない。
頂きを自分でいじるも、これもつまらない。
「気休めだな。下手くそ」
目敏く指摘されると苛つくが、桂の言葉は正しい。
「放っとけ」
睨み付けながら手のひらを滑らせ、自分のものを握り込む。
あ、ん。
「見てろ、よ」
「それはもう」
「落とすなよ」
中に差し込まれた玩具のことだ。
後ろを振り返ると、尻の間から持ち手が突き出ている。大人しく鎮座しているのが滑稽だった。
「任せろ。っく」
低い声を出したが、中を絞り上げると震えた。
桂が軟膏にまで桃の汁を混ぜるものだから、辺りが妙に甘ったるい。
口に含んだ種が邪魔で喘ぐのもままならず、高杉は苦しくなってきた。
「ほら」
手の平を差し出されたのでそこに吐き出すと、種は皿に置かれた。
ほっとしたのも束の間で、顎を持ち上げられて自然と口が開く。
すかさず中に指が差し込まれる。
高杉は軽くえずいた。
「んぇっ。う」
口蓋を撫でられ、目尻に涙が溜まってくる。
と、顎下から抜けた手が脇腹を滑り、長い髪が垂れてきて思わず目を瞑る。
「あっ!ひぁ、や、あ!」
掴まれた玩具が、深く中をえぐった。
「あ、ヅラ!」
口内を開放されると、それはそれで急に寂しい。
「ヅラじゃない、ちゃんと呼べ」
「あ、こた、ろ」
「良い子」
後ろの圧迫感が急に無くなる。
抜け落ちそうになるのを、中に力を入れて留まらせた。
前に戻って来た手は顔を撫でる。
「可愛く強請れ」
そう大人しく言うことを聞くと思ったら大間違いだ。
「あっ、煩えなっ、はっ、早く」
んむ。くそ。
頬を抓られ不平も霧散した。ずるりと中のものが逃げていく。
「お前、押し出してないか?」
「ってねえよ…っ、んあぁ!」
また深く突き入れられ思わず声が出る。
出そうとはしていない。逆だ。
「ヅラ、てんめぇ…」
は、と小さく息を吐いて股間を握る。もう十分だ。
「小太郎、良いから、くれ」
簡単に拭ったものの、身体中がべたべただ。
唇が甘い。さて風呂、の前にもう一つ剥いてくれと強請ろうか。
うつ伏せから肘で上体を起こし、2人分の着物を畳む最中の白い手を捉えてその指に鼻先を寄せた。
「腹は」
言われてはじめて思い出した。
桃か男か、そのどちらもか。
「お陰様で」