番外編
「コレ、お土産。あと1個お試しって言うか、念のため持ってた方が良いからさ、俺らもお年頃だし」
何だ?
手渡されたのは温泉まんじゅうと。
いや何でだよ!
坂田と取っている一般教養の授業。高杉も履修していた事が発覚し、俺たちは何となく群れるようになった。
「なっ!しかもコレ良いやつじゃん!」
驚きすぎてツッコミどころを間違えた。
だって、昼日中からまんじゅうとコンドーム一緒に渡してくんなよ!
驚異の薄さで評判のゴム製品。試したけど超良かったよ、なんてしたり顔で言ってみたい代物だ。
しかし今の俺にはもう少し先のステージである。
「一応。話題で気になったりな。すぐ使わなくてもさ。パックで買っても、いざって時に合わなかったら嫌だろ。
ゴム付けてオナる奴とか、たまに聞くじゃん。そういうの試してみても良いだろうし、さ」
おう…結構ストレートだな高杉。
その癖に普通に照れてるからまた狡い。ちゃんと俺の目を見て話せよ!って見られてたら俺が困る。
バラで持っているという事は使ったのか。何だ、合わなかったのか、良くなかったのか、どういう事だ。
使い心地は、って、それを聞いたらアウトなんじゃないのか俺。ダメだろ高杉、これはお前がしちゃいけない行為だ。
って俺の認識はそもそも正解なのか?先入観が強すぎて、いや、お前らどっちがどっち?
なんて改めて聞ける訳が無い。
こっそり見遣ると、俺から目線を外してぼんやり顔の高杉が嘘くさく感じる。
そうだよお前、そうだろう。我に返ったら変だろ。やめなさいよ危ないな。
「ありがとな、大切に試させて貰います」
オナるだけなんて寂しいぜ…いや今のところな。うん。
「ウォンチュートライ?」
へっ。
高杉が呟いた。意味が分からず顔を見ると、自信なさげに笑いながらも立てた親指を自分の胸に向けている。
首を傾げたが、時間差で理解してしまい大慌て。
「バッ、何言ってんだ、良いよ、そんな!」
つうかそうだよね、その役割分担の認識で合ってたね!
「冗談。嘘。ごめん」
高杉も事の重大さに気付いたようで赤面。その様子に更に焦る。
さっ坂田、助けて!
堪らず目を閉じて講堂の天井を見上げると、背後からぬうっと人の気配。
「わり。俺の分、ある?」
ナイスタイミング。心臓が止まるかと思った。
助かったのは事実なのだが、何も知らずに呑気な爆発頭を軽く殴ったのは言うまでもない。
「今日は先週の続きだってさ」
「ラッキ」
小声で「詰めて詰めて」とケツを押し込んで来るから仕方なくずれる。倣ってくれれば良いのに高杉は動かないから、俺と高杉の間の隙間が詰まってしまった。
ちっ、近い。
「どしたん。喧嘩?銀さんを取り合って?仲良くしてよお、どっちも大事だから。
あー、でもやっぱ種類は違うっていうかさ、分かるでしょ。ねえ。アハハ」
言いながらバックパックをかき回す坂田。くしゃくしゃのレジュメが出て来る。
よくもまあここまで脳天気に生きられるものだ。
「悪い」
再び低い声で呟いたきり、頬杖をついて窓の外に顔を向けたまま高杉は頑としてこちらを見ない。耳が赤い。
な、な、な、何なんだよ!ホントやめろよ!っつうう…坂田ァ!
今度はペンだろうか、整理という概念がこいつには無いのか?俺はもう精神的に限界で、まだゴソゴソを続ける坂田の腕を掴んだ。
「なに。マジで喧嘩?」
ここで照れる自分が更に意識してるみたいで、もう何か、嫌だ。
半開きの目、やる気のなさそうな顔。馬鹿野郎…!
堪らず掴んだ腕を強く引き、顔を寄せて必死に説明する。
何を?俺は何を言いたいんだ?分からないが、ひとこと言ってやらないと気が済まない。
「おまっ、何か分かんないけどさあ、あいつ危なっかしすぎるだろ。
何か、俺そういうの知らないけどさあ。や、やめさせろよ、いつか変な目に遭うかもしんないだろ!心配に、なるだろ!」
小声で苦言を呈したつもりが我ながら必死過ぎた。当人にも聞こえてしまったようで、結局高杉も「…なに」とこちらに身を寄せて来る。
男3人が横並びでゴニョゴニョと、一体どれだけ怪しい光景だろうか。
はたと顔を上げると、一列開けて前の席に座る女の子が怪訝な顔をしている。
目が合うと、彼女は苦笑いをしてサッと前を向いた。
っくそぉ。
「…だから、ごめんって」
「高杉っ、おかっ、おかしいだろ」
おかしいのは俺。坂田も高杉も悪くない。だけど、何か。お前らが幸せならまあいっかみたいな、完全に他人事だと思っていたのに。何か。
「ごめんね?」
何かを察したのか、ただ話を合わせただけなのか。一瞬キョトンとした顔を見せると、坂田は高杉ごと俺を押し返し、背中をさすってくれた。
「もうしないから」
反対隣から、肩に高杉の手が置かれる。
こいつら何のつもりなのか知らないが、と言っても俺自身このやるせなさをどう表現すれば良いか分からないが。
バカップルに慰められ、なんだかその、年長者に甘える子供みたいな気分で面映ゆい。
いよいよ顔が緩んでしまうのを恐れて机に突っ伏した後は、暫く顔を上げられなかった。
でもこれだけは言わないと気が済まない。
「温泉まんじゅう…ここさ、俺の地元」