同棲し始めて初めての夏、いきなり良いことを知った。
アパートの裏を流れる川、その向いに居並ぶマンションの隙間から丁度良く花火が見えるのだ。
もう夜だと言うのにそこかしこで蝉が鳴いている。
桂の好みで、ここ最近の夕食は5日連続して蕎麦だった。流石に少々うんざりである。
てっきり倹約もしくは健康が、等と言い出すとばかり思っていたのに、好物だからと言われると閉口するしかない。
「俺はそこそこ本気だが。蕎麦と高杉が食えれば良いのだ。あとは時々カレーだな、あっ、あとんまい棒と、カニと。そんな所だ」
止めろよ笑うだろうが。
しかし限界は近い。俺は肉が食いたい。
一応、食い盛りの男子だぞ。
そうして今夜もまた鍋に水を張る桂の手を、どう止めようか考えていた。俺も料理を覚えると言っているのに、いつまで経っても小さなキッチンは桂の城なのだ。
旨いのは否定できないが、往々にして田舎のばあちゃんの料理みたいな渋い料理。今時こんな男子学生はちょっと珍しい。
今日は俺がする。
鼻歌を歌いながら鍋を火にかける背に向けて宣言した。
「気にするな、俺はこういうのが好きなんだ。
そうだな、暇なら洗濯物を頼んだ」
そういう事ではない。違う、違うんだ。
…ヅラ。俺、もう少し、適当なので良いんだ。
頑張れば出来るから、1回俺にやらせてくれよ。
「どうした。…分かった俺が悪かった、一緒にやってみよう、な」
蛍光灯の明るい光の下で言われると益々情け無く、急に遣る瀬無く感じてしまう。
ヅラ、あのさあ。
どぉーん。…ぱらぱらぱら。
言い淀んでいたら、窓の外から夏の音が流れ込んで来た。
急いで小さなベランダに続く出窓を開けると、紺色の空に金の尻尾が吸い込まれて行くところだった。
ヅラ!花火!
一度部屋の中に戻ると、桂は「ほぉ」と感心した声を上げて火を止めた。その手には投げ入れる直前の蕎麦。しめた。
冷蔵庫から急いで缶ビールを2本取り出し、桂に1本押し付け自分もプルタブを開けて再びベランダに出る。
二段階に尾を引いて火花がジャンプして行くところだ。いつ何処で花火大会かなんてノーマークだった。
川に映る煌めきが揺れている。
そうそう大層な物でも無いが、20分ほど花火は上がり続け、のんびりと自分の部屋から、ビールと共に眺める風物詩はやはり最高だった。
部屋に戻るとハーフパンツから出た足が痒い。
ふくらはぎ、膝上、上って内股、それぞれポツリと刺し跡が。これもある意味風物詩。
掻きながら桂を見遣るとどうやら無傷である。隣で見ていたのに。
何でいつも俺ばかり刺されるんだか。
さて、と桂が湯を沸かそうとしたので慌てて腰に抱きついた。
焼き鳥が食いてえ。スーパー行こうぜ。
桂は少し笑った。
久しぶりに酒屋みたいな夕食の後、風呂に入って布団に寝転ぶ。
桂のお陰でテレビを見る時間が減り、すぐ本を手にする習慣が付いた。
するかしないか、特に確認もしないが何となく流れは決まる。桂は分かってくれる。
後から布団にやって来た桂は、うつ伏せで本を読んでいた俺の背にそっと覆い被さってくる。そうしてTシャツの裾から脇腹を撫で上げるのだ。
「随分腫れたな」
裸に剥いた俺の身体を点検しながら、後ろで桂が呟いた。
洗いたての乾いたシーツがさらさらして気持ち良い。これは引越しの時に桂が持って来たやつ。元はしっかりした生地だったろうが、洗いすぎて少しざらざらしている。
確かに内股の虫刺されが熱を持っていた。
別に、放っておいても気付けば引いているものだ。
だがそこは流石の丁寧男子、ほらな。
「これじゃあ痛いくらいだろう」
冷蔵庫から、塗り薬と、アイスを買った時に貰った保冷剤を持って布団に戻ってきた。
俺の腰を掴み上げ、中にきちんと入れるために太ももを開かせる桂のほっそりした手。
それが合間に虫刺されの腫れをかすって、むずむずした。
のんびり濡らして解された穴が焦れている。
早く。腰を上げて見せたがまだくれない。
尾てい骨にぬるりと舌を当てられ驚いた。震える俺の股関節を抑えて、そのまま優しく背骨を舐め上げられた。これは初めてされる。
「んっ。やっ、ヅラ、それダメ、あ」
妙に感じた。
俺の背中を吸ったり舐めたりしながら、やっと桂は中にくれた。
ぴったり収めたらあまり動かない。これじゃあまた欲求不満だ。
堪らず自分で腰を前後に振ったら、太股の虫刺されを手の甲で撫でられぞわりとした。んん。
ああ、掻きたい、一気に痒い。
だがやり過ぎると内出血になると知っている。
んだよ、動くなってんなら、早く。しろよっ、ヅラっ。
「いや、俺は動かん。
ハイ締めてー…ん、良いねえ。
そのまま水平移動、腰を前後に、ああ、良い」
大人しく聞く俺も俺だが。何の検診だか。
我に帰るとイラっとして、足の指で桂のふくらはぎを抓ってやった。
「てっ」
小さく反応する声に満足していると、触れるか触れないかの瀬戸際で、虫刺されを指先でかりかりと刺激された。そこから身体の奥に火が付くように思った。
そこも腫れているけれど。前、前を掻いて欲しいのに。仕方ないから自分で自分のモノを擦った。
している内にそれを目敏く見付けた桂に、更に虫刺されを擽られる。
か、痒い、熱い。
目からも前からもじんわり熱い物が滲んで、頭がボーッとして来たら、自分のモノに当てていた手を引き剥がされた。
チッ、馬鹿!
痒い、いきたい。もっと。くそ。
時折また腫れに触れながら、桂は動いた。
ヅラっ、嫌だ、痒いっ!
言いながらもいつもより感じてしまったのを否めない。
それを分かって、桂も満足そうに吐息交じりに笑った。
「ふふ、ヅラじゃ無い、桂、だ」
終わった後、桂はそこにまた別の軟膏を塗って、保冷剤を当ててくれた。
暗闇の中、隣の寝息は穏やかに流れていく。
保冷剤の冷たさに少し痛みを感じて、当てる手をずらした。
「痒い」と「いきたい」は何だか似ている。
自分の下らない発見にぼんやり感心して、後は花火の煌めきを瞼の裏に見ながら眠りに落ちた。