辰馬とはそれなりに長い付き合いだ。
学生時代に知り合い、其々それなりの会社に就職した。
長期の地方研修やら海外赴任の時期やら、互いに行ってらっしゃいとお帰りを何度か言い合ってきた仲だ。
誰と付き合っていた時に一番苦労をして、何の飲み会で無様に倒れたか、そんな事も覚えている。
このように長い付き合いであるので、勿論それなりに新しい事なんかも一緒に経験してきた。
今夜も、そうだ。
「高杉ィ、会員制のバァにの、行ってみんか!」
金曜の夜、賑やかな飲み屋街。
そういった店の存在は知っていた。
風俗に行くよりは安いと捉えるか、しかし気を遣う点が増えるから面倒と言うべきか。
まぁ体験してみない事には何とも言い難い。
片手を軽く上げて見せると、辰馬はニカっと笑って力強くハイタッチをしてきた。
彼は早速「詳しい地図は秘密です。お越しの際はお電話下さい」とのホームページ説明文に従い、電話で道順を聞き始める。
雑居ビルの鉄製扉を開けると、バーとしては案外普通だった。
半分ほど席の埋まった店内で客たちは普通に語らい、盛り上がっている。今のところは、だろうか。
ごく普通のバーカウンターに酒がずらりと並び、いや、その先はやはり。
シャワー室、壁に沿ってぐるりと繋げられたソファ、双方の合意の元でのみ使われる小部屋。
ガラス張りの扉を覗くと、絡み合う誰か達の白い身体が見えた。
一通りの説明を受けるとバーテンダーがカウンターに通してくれる。
そこには先客の若い男女が2人。
4人横並びで、辰馬、自分、女、男、の順で快く混ぜて貰い、取り敢えずは乾杯と自己紹介。
「俺ギンです、こっちはね、」
「ムツ」
「むつゥ?6つ?青森かの?」
「…どちらかと言うと後者が合ってる」
透けるような白い肌と恐ろしく綺麗な顔をしちゃいるが、気の強そうな女だ。
表情の変化が乏しく、どうも取っ付きにくいタイプだった。
「ここでは皆、秘密の名前でお付き合いね。
ただね、短い方が絶対良いよ。最中に呼んでもらう名前だから。
2人は会社のお友達同士?昭和生まれではないよね?」
まあ、そんな感じ。
金曜は飲み放題と言うから、ハイボールを数杯空けていった。
何処其処のラーメン屋が旨い、等の他愛もない世間話から始まり、次第に「一番好きなプレイは」と如何にもな話題に移っていく。
時折、若い店員達も相槌を打って会話に入ってくる。皆んな世間話の体のままで、穏やかに言葉は繋がっていく。
これは流石だな、と妙に感心してしまった。
辰馬はリョーマ、俺はシン、と名乗った。
「此奴はのう、なかなか良い顔しちょるでしょう。ただ真面目君で、どうも気難しいんですわ。アッハッハ!
折角こげな所に勇気出して来て、しかもどえらい美人さんが居ったら、仲良くしなきゃあ勿体なすぎるぜよお」
辰馬はムツにご執心のようだ。気持ちは良く分かるが、手を出すタイミングがいまいち掴めない。
「…腐れ縁なんです。リョーマは昔から煩くて。
でもギンと、ムツ…さんは俺ら邪魔じゃないんですか?」
「女はタダ同然だから、酒が飲めるだけで有り難い。あんたら、飽きるまでこの席に居れば良い」
目前のロックグラスに鎮座する氷を細い指で回しながら、ムツが目線を寄越してくる。
今、笑った、のか。
案外優しい女なのかも知れない。
「邪魔じゃないとも言えないけど、ふふ、俺楽しいよ普通に」
ムツを挟んで座る陽気な銀髪「ギン」の目線が煩い。相槌の度にやたら目を合わせてくる。
若いと思ったが本当だろうか。
落ち着いた話の振り方から想像するに、暗い照明で若く見えているだけのような気がした。
少なくとも自分より年下と言う事はないだろう。
俺に譲れ?お前ら邪魔?
それとも早くムツをその気にさせて皆で楽しくプレイしよう?
その笑顔に一体何が込められていると言うのか。
「シャワーしたいんじゃない?」
居心地の悪さに耐え兼ね席を立つも、すかさず追ってくるギンの声に少々うんざりしてしまう。
彼のお陰で、面倒に感じ始めていた。
ちょっと高い勉強料だったと思って早く出たいくらいだ。そうそう上手く事は進まないものである。
向こうのソファ席に座る連中は乾杯で盛り上がっている。
薄暗いフロアを見渡すが、自分と辰馬のような若い「ご新規くん」が取っ付けそうな女の目星は付かなかった。
別料金という話でもないようなので、仕方なくシャワーを借りる事にする。
「タオルの場所とか教えてあげる。まずは男同士で作戦会議しよ?」
どうにも不本意ながら今は従っておくのが良さそうだ。常連やらボス格やらは、どこにでも居るらしい。
「今夜は残念ながら女の子少なくて。でも金曜土曜って意外とそうなんだよ。
ノリで来ちゃう煩い男の子同士とか。
君ら見たとき正にそれだと思ったけど、2人揃ってると良いコンビだし、こう言う子らなら、若い男の子と話すのも楽しいなって。
今夜みたいに女日照りの時はさ、男同士でベタベタして見せると逆に女の子たち喜んで寄ってくるよ。
ね、その作戦でいこう?」
よく喋る男だ。しかし思惑が分かってホッとした。
話しながらシャワー室の扉を開けたギンに、中に通される。そうしてタオルの場所なんかを教えて貰う。
フロアを横切る途中でギンの悪戯っぽい笑顔に促されて小部屋を覗くと、先程まで折り重なっていた2人の姿は消えていた。
代わりにバーテンダーが丁寧に消毒中だ。
シャワー室に俺を残してカウンターに戻る直前、ギンは顔を寄せて内緒話をしてくれた。
「あ、後ね、むっちゃん、前立腺マッサージ超上手いから。
口数少ないから怖がられるけど、顔だけじゃなくエッチも上手いし男の話もちゃんと聞いてくれるし、ほんと良い子だから。
あとどこ情報か分かんないけど、何かお硬い職場とかって噂があって。それでエロいって超良くない?
騙されたと思ってお尻も念入りに洗っておくと良いよ。
じゃ、行ってらっしゃい。戻ったら皆でむっちゃん口説こ。 」
ふうん。
正直、興味はかなりある。
此処に来て身体を洗うだけでなく、洗髪までする奴はどれくらい居るだろうかとふと疑問に思ったが、自分も結局備え付けのシャンプーは使わずに出た。
席に戻ると、空いた自分の席をちゃっかり辰馬が陣取ってムツと話し込んでいる。
こちらに気付いたギンが横にずれ、ムツとの間に座らせてくれた。
そうしてまた彼は耳打ちをしてくる。
「むっちゃん、OKだって」
「行こうか」
殆ど水になってしまったグラスの中身を飲み干し、ムツが立ち上がった。
マジか、と少々面食らう。
だが思ったより小柄な彼女に寄り添いにこにことエスコートする辰馬に安心した。
気に入られたのか、流石だな。
4人で小部屋を覗くとまだ空室だ。
どんな流れになるのやら。取り敢えず見る側に回っても良いかも知れない。
またムツが笑った、気がした。
「では行ってらっしゃい、お二人さん」
耳を疑う余地も無く、ギンに肩を抱かれて小部屋に進む。
辰馬とムツを待たずに、ギンはガラス張りの扉を閉めてしまった。
顎を掴まれ性急なキス。何を飲んできたのか唇がやたら甘い。
「っぶ、いや何でだ!」
脳は瞬時に喜劇変換をした。
ギンの肩を押し返しながら、彼本人と言うよりは扉の向こうの2人に向かって喚く。展開が斜め下過ぎて笑ってしまう。
辰馬とムツはさっさとフロアの隅からビロード張りスツールを調達して来て、扉の前に陣取ってしまった。
「おい!何で俺だ!」
「観念しなさいシンちゃん。
クールビューティエロスはこの後のお楽しみだから。
はい、では頑張りましょう」
んん、む。
男とキスなんて。カオス。
そのままベッドに乗り上げ、膝立ちで向かい合う姿勢だった。
あの女、綺麗な顔して大した性癖だ。心で溜息をつく間にギンのキスは激しくなってくる。
いや本気になりすぎじゃないか。パフォーマンスだろ?
分厚い舌で口蓋をゆっくり舐められて、腰骨の上の辺りが総毛立った。
これは非常にまずい傾向だ。こんな垣根の超え方は全く予想外である。
「ほら見てる。お友達とこんな遊び方は初めて、だよね。
そりゃねえ。
でも彼とじゃなくて、まだ良かった?
気まずくて仕方なくなっちゃうよね」
随分あんたは余裕だな。いくら女を喜ばせたいからって。
恨めしさを込めて目を合わせる。
「彼女は仲間だよ」
何の。
唇の端をするすると指先がなぞるのが擽ったい。
「もっかいキスいい?」
驚きの余り、出来た反応は首を後ろに引くくらいだった。それもほんの少し。
決して肯定の意味では無い。
頬がかあっと熱くなるのが分かった。
ギンは可笑しそうな顔をして、顎に唇を当ててくる。
「重要だから。無理にとは言わないけど」
正面から抱き締め直される。力が強くて痛いくらいだ。
「ふ、顔まっか。ダメ?」
良い顔立ちをしてやがる。
恥ずかしいやら何やらで気付くのが遅れたのか、ここで急に尿意を覚えた。
無言を肯定と受け取ったのか、嬉々とした様子で口づけを激しくしてくるギンの胸を押した。
「スミマセン、俺トイレ行きたいっす、じゃ、これでパスで…」
しかし許しては貰えないようである。
一度離れた唇をまた寄せ、喉奥まで舌を突っ込まれた。
「んぅっ」
吐き気を催す一歩手前で舌は引かれたが、怯んだ隙に正面から強く抱き締められた。
互いの身体の間にギンの片腕が割り込み、股間を揉みしだいてくる。
下半身が震える。
膝立ちが苦しい。
ハイボールの飲み過ぎだった。
「ギン、ほんと無理、やばいっ」
その筋肉質な身体から逃れようともがくと体重を掛けられ、ベッドに倒れた。
必死にギンの胸を押すも、更に馬乗りになってくるギンの楽しそうな目に見下され、ぎくりとする。
ペニスから移動した手の平に下腹部を撫でられ、もう観念するしか無かった。
視界がほんの少し濡れて見える。
「ほら、むっちゃん見てる。絶対喜んでくれてる」
入り口から覗くムツの目は変わらずこちらに向けられているがやはり冷たい。にこにこと彼女の肩に手を回す辰馬は動かない。
2人揃って見学するな。
辰馬お前!その女連れて早く入って来い、この流れきつい、マジできつい。
『へるぷ』
辰馬に向け唇を動かすが、やはり腰を上げる気はないようで、何故か満足気にうんうんと大きく頷かれた。
うんじゃなくて、ムツを寄越せ!
此処で良い女とするためには、こうまでしてパフォーマーに徹する事も必要なのだろうか。
そうは言っても、実際もう動ける気がしない。
泣きたい。
「むっちゃんじゃなくてゴメンだけど、ちょっとお尻してみよう」
何がゴメンだ。
寝転んだまま動けない所に、下腹部に暖かな手の平を強く当てられ更なる絶望。加えて、逃げたら駄目よの威圧感。
太ももを掴んで割り開かれ、サイドテーブルに完備されたローションとコンドームを手に取るギンは口笛でも吹き出しそうに上機嫌である。
陽気な彼の所為でどうも調子が狂うのだ。
そうか…ここは本当に色んな趣味趣向が…。
「折角だから楽しもうね」
…折角だからな…。
コンドームを被せたらしいギンのどれかの指が恐らく1本、肛門に挿し込まれた。
正直よく分からない。
油っぽさと言うか、ぬめりは感じる。
ああ、俺は一体何をしているんだろう。
無意識の内に、顔の横に置かれたギンのもう1本の腕に手を添えた。
よく分かんねえ。難しいもんだ。
あの2人は。扉の向こうにぼんやり目を遣ると、ごくり、と言った様子で緊張気味の辰馬。
馬鹿め、ヨッシャわしらも、と何故しない。やっちまえよ。
その自分の股間に回した片手は何だと言うんだ。
次にムツと目が合った。
彼女は自分の膝の上で手を組み、その上に顎を乗せる。
そして満足そうに唇で弧を描かせた。
女の見世物になっている。情けない姿を友人に見られている。
背筋が震えた。
要らない事を考えてしまう自分自身に萎える。萎えるって何だ。自分の順応力が恐ろしい。
「ぐっ、ぁ」
途端、妙な気分になった。
「少しずつ、ね。ゆっくりゆっくり」
子供をあやすような甘ったるい声を掛けられる。
何だ、ん、これは、嫌だ。
中で動くのが分かる。
分かる、と認識しだすとどんどん変な気分になる。軽い吐き気。
「大丈夫だからね」
ギン…此奴は何なんだ。
「顔トロットロ。シンちゃん、良いね。
ちょっと、試しにちょっとだけ。
無理はしないからね」
膝裏を抱え、大きく開かれる。
何だこれ凄えな。とんでもねえ展開。
壁際に並んだクッションを引き寄せ、ギンが腰の下に宛てがってくれる。
手早く身支度を済ませたギンが腰を進めてくる。
まあ良いか。
話のネタに。どんなだ。
「色々体験してみたいタイプでしょ。良いと思うよ、なかなか出来ないよこんな事」
にっこり笑うと、ギンはケツにゆっくり侵入してきた。
痛い。
「…この辺よく来る?」
ぶっちゃけ物凄く痛い。
「き、ますね。金曜とか」
声が掠れてしまった。
「俺も。金曜よく此処居るから」
「そ、すか」
深呼吸。
前髪を掻き上げられる。
「水曜もいるかも」
「…まともな、会社、ぽいすね」
「そう。そうなのよ」
あ。は、あ。
ぐしゅ。
恥ずかしい音が下から響いて、ギンがすっぽり入った。
そこから先、もう言葉は発せなかった。
唇からだらしなく涎を垂らしていたと気付く頃、もう彼は満足げに自分の股間を拭いていた。
「いけるクチなんだねえ。
ここ、ってか何処も大体そうだけど。
連絡先交換はダメっつわれるからさ」
面白いじゃねえか。
辰馬とムツは。とてつもない怠さを感じながら身体を起こすと、扉の向こうに2人の姿は無かった。
良いぞ辰馬。楽しもうじゃねえか。
「…ウチ、ノー残業デー無いんですよ」