今日も今日とて、講義の後は特に約束もしないのに結局いつものメンツで集う。と思っていたのはどうやら俺だけだったようで今日はぼっちだ。
こんな日もある。
授業と課題と各々の部活やサークルにバイトと、色事とは無縁でありながらも俺たちは十分楽しい学生生活を送っている。はず。
男の多い学部だから別段気にしない。
せっかくの大学生活なのに俺らこんなんで良いのかな、と週に一度は誰かしらが口に出すが、果たして本気で心配している奴が俺たちの中にいるだろうか。
坂田は安定の遅刻、だけに留まらず午後からパターンの香り、平賀はゼミのプレゼン資料が未完成、喫煙所で山縣を探したが見当たらない。誰も捕まらないと寂しいものだ。
学食裏の喫煙所から図書館に向かう途中で「お、久しぶり」と低い声で控えめに呼び止められた。
高杉、学部は違うがこいつは最近加わった俺ら男祭りの仲間だ。まだベンチ要員だけど。
もちろんまた男、結局男。しかもクール系イケメンで喧嘩強くて普段は優しいと言う、最高にたちの悪い男だ。
「昼食べた?」
聞かれ素直に首を横に振る。
「ラーメン食べたい気分なんだがすぐ授業?」
高杉の提案に乗り、2人で大学から最寄り駅までの間にある評判のラーメン屋に行ってみた。
調子に乗って特盛りを頼んだ結果、自分の限界を知る。俺としたことがライスおかわり自由の張り紙を見落としていた。完全にそっちだった。
痩せているのに高杉はよく食べる。ペースの落ちた俺を見遣って「残り貰おうか?」と助け舟を出してくれた。
妹たちとそこそこ仲良しだとか、彼女と別れて少し経つとか、男祭りメンバーに迎え入れるには解せぬ前情報があったが、こうして目の当たりにすると何だか。流石だなぁ違うなぁと感心してしまった。
本人が友達を作る事に対し若干の苦手意識を持っている様でよく誤解されているが、実際良い奴なのである。
「お前よく食うな」
「これの為に朝から何も食ってない。準備してた」
「いやさっき決めて突然来たでしょ」
「そうだったかも知れない」
カウンター席に2人並んでこんなやり取りをしている俺たち、ちょっと悲しいかもしれない。
高杉の反対隣に座っている若いサラリーマンと一瞬目が合った。どんぶりを滑らせて高杉に託す俺を慰め半分からかい半分の目で見たのはバレているぞ。
更に、彼は流れで高杉の横顔を盗み見ている。なんだ男か。あそこの学生か、ただのイケメンか。高杉を初めて見ると舌打ちをしたくなるその気持ちはよく分かる。
高杉のお陰で、俺はイケメンの友達を持つ醍醐味を初めて実感できた。
大学構内から出て高杉と2人で歩いていると、世間の目がいつもより優しく感じる。ラーメン屋のおねえちゃんの笑顔も絶好調、大学に戻る道すがら前からゆっくり歩いてくるばあちゃんを先に通してやっただけで「お兄ちゃん、ありがとうね」
高杉。こいつは使い倒すしかない。そして俺ももっとずっと良い男になってやるのだ。
本音を言って良いですか、やはり彼女は欲しいです。
大学構内に戻り、それぞれの学部棟へ向かう前に思い切ってみた。
「高杉、相談がある」
「…どしたん」
「他のみんなには取り敢えず内緒で頼む。金曜、俺は合コンに行ってくる」
「マジでか。でかしたな」
「だから、良い服屋か古着屋、連れてって欲しいです」
「…狙ってる子がいるのか?」
「そう、実はいる。話したこともある。という訳で俺は全力で臨みたい。力を貸してくれますね?」
「そんなら勝負パンツも見るか。薬屋で武器調達はしなくて良いのか?部屋にちゃんと在庫あるか?」
「いや早い早い、早いよ!流石にそれはまだでしょー」
え、そんな素敵な事あるかな?
「無いとは言い切れない」との高杉の呟きに胸を踊らせ、土曜の午後に決戦準備という名目で彼と2人で遊んだ。
高杉が好きだというアウトドアブランドの店に行ったが上下揃えるとなると財布が苦しい。なので場所を変え古着屋に向かったら、カワイイTシャツを見つけた。上が安く済んだため、アウトドアブランドの店に戻って、気になっていたハーフパンツを購入。
何故か高杉も満足そうだ。
「休憩するか」
コンビニで買ったチューハイをそれぞれ片手に、公園のベンチで休んだ。公園のメインとも言える広い池は夕陽を受けてとろとろと柔らかく光っていた。
好みの子探そうぜ。あれは?
…おれ黒髪が良いな。
じゃああの子。
あー、うんカワイイ。結構気ぃ強そうじゃない?高校の同級生でああいう子いた、いま同級会の幹事やっててさ、あ、お盆の同窓会の返事しなきゃ。
のんびり仲良さそうに話している男2人がいたら大概下らない話だ。ゲスくてごめんなさい。
「来週だっけ。金曜はほどほどに頑張れ。な」
飲み干したチューハイの空き缶を弄びながら高杉がにっと笑った。
どうやら俺は友として完全に受け入れられたようだ。試しに部屋に遊びに行っても良いか聞いてみた。
「今日のお礼に酒とか惣菜とか買いに行ったら俺出すから。突撃すぎるけど今夜なんかダメ?」
すると今日はバイトも無いし良いという。
「あ」
高杉が呟きを付け足す。
「そうだ、今夜は銀時も来るとか言ってた」
これは迷わずプチ・男祭りナイトだね!
俺ら仲間内にとって、高杉とのファーストインパクトは黒歴史と言うか地雷話になっていた。
「高杉クン、イケメンだからな!」
なかなか良いイジり文句だったと思うが、高杉を怒らせてボコボコにされるのは絶対にゴメンだ。あの事件の翌朝、可哀想な坂田は顔に青あざを作っていた。それに綺麗な顔と華奢な体をしているだけあり、少なからず変な気分にさせられるので何やかんやで高杉はけしからん。
電車をひとつ乗り継いで、高杉の部屋にやって来た。
鍵を開けて中に入る前に「ちょっとだけごめん」と外で待たされた。
高杉も人に見られたくないレンタル品を散らかしていたりするんだろうかと楽しくなった。
逆の立場で詮索されたら誰だって嫌なので(特に初回訪問だしね)大人しく待ったが。
案外すぐに出てきた高杉に迎え入れられた部屋は片付いていた。ほんのりタバコの臭いが染み付いている。それと新鮮なミントの香り。
「お客さんだからファブった」
照れる高杉、この一連のテクもいただきだ。
遊びとは言え課題もある。一発集中で2時間ほどかけて各々の仕事を片付けた。ひと仕事したらその後の一杯は更に美味いってもんだ。
「お。銀時、バイト早番終わったから直行で来るって」
スマホを見ながら高杉が言う。これを合図に2人揃って伸びをして、近所のスーパーへ買い出しに出掛けた。
買い出しから戻ってスーパー袋を漁っていると坂田が高杉家のドアを開けた。
「おつかれぇー!」
ゲームだ動画談義だと、楽しい夜はあっという間に明ける。
遊んだ翌朝に始発で帰る直前、夜が明けて初めて屋外に出るこの瞬間が好きだ。静かなまちの景色は色んな物が昼より清潔な何かをまとっている様に見える。
ラッシュを避ける為だけじゃなくて、この朝の雰囲気が好きだから俺は朝帰りが嫌いじゃない。
「お邪魔しましたー…」
玄関から小さな声で、まだ並んで寝ている坂田と高杉に一応の声を掛ける。
返事が来るとは思っていなかったが、顔の角度だけやっと変えた高杉からは「おー」、片手を上げた坂田からは「来週も俺間に合わんかったらレジュメ頼む…日替わり定食とトレードね…」と返された。
「鍵開けっぱですまんー。後でかけなよーバイバイー」
俺は母ちゃんみたいな事を言いながらドアを閉める。
高杉の部屋を出て一歩踏み出すと同時に、今自分が見た光景を頭の中で反芻した。
「お邪魔しました」?
もしかして本当に俺はお邪魔してましたか?
こちらに向かってひらひらと振られた坂田の手は、降ろすと同時にしれっと高杉の顔を撫でて自分の首元に引き寄せていた。
それに対し何も言わず、されるがままに坂田の肩口に額を擦り付ける高杉。あの顔は恐らく、もう夢の中に戻っていた。
坂田は色々おっぴろげな所があるし悪乗りも大好きだからそんな事もするかもしれない。しかし高杉は絶対にそういうタイプじゃない。
そうか、そうかそうか。
みんな知ってんのかな。いやマジか。それで良いのかなあいつら。良いか別に。これからも俺らと普通に遊んでくれるよな。なら良いか。
いや、しかしマジか。マジか…。
こうして衝撃の土日が明けまた授業の日々が始まる。
皆がいる中では坂田にも聞けず彼自身も普通だしで誰にも話せないまま、あの光景は夢だったような気になっていた。
そんな中、ちょうど人気のない喫煙所で高杉を見つけた。そそそとベンチの隣に座り勇気を出して聞いてみると、あっさり教えてくれた。香水か?流石イケメンはレモンのような香りがする。
「うん、俗に言うと付き合ってる。かな」
「彼女いたじゃん!」
「今でも女の子カワイイよ。好きだよ。好きなんだが不思議なもんで」
ここでは言えないきっかけがあったのか…?知りたいが白昼堂々と聞けず(教えてくれたところでパニックで何も言えなくなりそう)口をパクパクさせてしまった。
どんな勘違いをしたのか、高杉は顔をしかめて言い訳めいた声を出した。
「何だよ、いきなり襲ったりしねぇぞ俺は。大丈夫、自分でもよく分からんが銀時じゃないとどうにもならん。大丈夫だから、ほんと安心して」
坂田…そっか…お前らラブラブなんですね的な爆弾発言に圧倒された。
まぁ良い。もっと緊急を要する別件の相談事があるのだ。
「高杉、俺こんな感じで今夜ヤシャスィーン(突撃)してきて良いと思う?」
今日は一緒に選んでもらった服装で来た。
「お前に全てを任せる。…ククッ」
普通に漫画も読むんだな。こいつ本当に良い奴だ。
今夜、俺も坂田に続く為に。
行ってきます。