その朝は一緒に登校し、昼は学食に集合、と約束してそれぞれの学部棟に向かった。
昼になると揃って日替わり定食を注文し、スポーツの試合、銀時と桂が所属するほとんど飲み会だけのサークルの人間関係、互いの実家の話、と一気に仲良くなってしまった。
「ね、今夜の飲み来てみれば」
言いながら生協で買ったシュークリームを食後に頬張る銀時。
別れた女の子とふたり、喫茶店でコーヒーを挟んで旅行の計画を立てた日をふと思い出す。
人がたくさん集まる飲み会なんて苦手だったのに、銀時がいればどうにかなるかもと思った。
結果は上々で、ショートカットで首筋が綺麗な、感じのいい女の子とも知り合えた。
土曜の夜には銀時の部屋で宅飲み。
銀時の学部の友人たちに高杉も混ぜてもらう形になった。
高杉くんイケメンだからな。あ、俺知ってた。どんな子って思ってた。結構みんなでとか好きじゃないタイプでしょ?
男の子同士にだって色々あるのである。一種の妬みや不安も相まって最初は小さな棘を隠せなかった面々だが、酒が入って皆でゲームのコントローラを握ると一気に打ち解けた。
その頃には「高杉くん」も、ただの高杉である。
ゲームで最下位になったら一気飲み。5試合やって3度、高杉は3秒イッキでジョッキに注がれた安いビールを煽った。
そして出来上がるのはもれなく、まだ慣れないアルコールで悪乗りの若者たちである。
「次、最下位になった奴。これまでの女の子自慢な!」
右隣を陣取っていた銀時が、高杉の頭を鷲掴みして宣言した。
「気安く、触るんじゃ、ないっ」怒った顔を作って手を払いのけるが呂律が回っていない。誰が見ても、この場で一番酔っている人物は明らかだった。
内容が内容だけに本当は誰が最下位になっても別に良い。と言うかむしろ話したいぞ聞いてくれと全員がこっそり思った。
が、やはり最下位は高杉だった。
「はーい、では高杉くん。現在ガールフレンドは?」
「…冬に別れた」
「大学の子?写真残ってる?やりまくり?」
「黙秘権」
「俺見たことあるよ、一緒に歩いてるの。普通に可愛い。なに学科?」
「プライバシーの侵害ですー」
高杉は大の字に横になり、珍しくへらへらと笑った。
「滅びろイケメン!」
その上に銀時がダイブして脇をくすぐり始めた。
「足、そっち足くすぐって!」
ゲラゲラ笑いながら皆は調子に乗って高杉をくすぐった。
「高杉くんイケメンだからな!」
笑いながら高杉は更に酔った。ビクビクと体を反応させて必死に「やめい!」と笑っていたのが、少し気持ち悪くなってきて動きが鈍る。
「だいじょぶ?…どれどれ」
顔を覗き込んで心配そうな声を出しながら、1人が高杉のTシャツをまくり上げ小さな両方の乳首をつついた。
「んぁ!」
変な声が出てしまい、高杉は赤面する。
その場の皆が一瞬、妙な気分になった、はずだ。他の男の子が笑いながら再度つつく。
「あれあれぇ、感じちゃうのぉ、高杉くん。イケメンだからな!」
もし彼らがまだ中学生でここが校舎だったら、生活指導の教師がすっ飛んでくるだろう。
「や、ちょっ、ダメダメ、ヒヒ、ほんとダメ…っ」
必死に笑いで済ませようにも高杉の腕は力ない。なのにいちいち色っぽい反応を返す高杉が面白い。
面々はいけないと思いつつ止められなくて、「耳感じるでしょ?」「ぷっ。へそカワイー」とくすぐる手の意図がおかしな方向に進んでいた。
「どらっ!」
しかし銀時が突然むんずと股間を握ると、目にも留まらぬ速さで飛び起きた高杉にグーで頬を殴られた。
「暴力反対、チービ!」
「る、せえ、爆発頭!」
「ちょっと顔が良いからって調子乗んなや馬鹿!」
「変態!」
…突然始まった下らなすぎる喧嘩に唖然である。酒でヘニャヘニャだった癖に突然猛獣と化した高杉に皆は恐れを成した。
こいつ、キレるとやばい。
その内に隣の住人から苦情が来て、取り敢えず落ち着こうと、気まずい空気ながらも仲良く全員で水をがぶ飲みし、雑魚寝で眠った。
「高杉くんイケメンだからな」ネタは一夜限りで終わった。
高杉は、ショートカットの女の子と大学でよく会うようになった。
「今度、夜ごはん行かない?」
控えめに誘われて悪い気はしない。
これ上手くいったら後ろのひとり遊びは当分出来なくなるな、と不謹慎な事もちらりと考えた。
しかしそれはそれである。
「そんなら俺の友達のバイト先に行ってみようか?ちょっとおまけしてくれる。全部奢りは勘弁だけど、それでも良い?」
銀時のバイト先の気軽なバルに連れ立って出掛けた。
少し背伸びした金曜の夜。
高杉と女の子が店の席に着くと、知らずに澄まし顔で水を持ってきた銀時は驚いた。
「どしたの。いつの間に2人仲良し?まさか、そうなの?」
「違うよ、まだ!」
焦った女の子の声に高杉が赤面した。これはひとり遊びサヨウナラコース決定か。
「へいへい、面白くねえな!ご注文は!」
苦笑しながらオーダーを取ると銀時は厨房へ行ってしまった。
残された2人はぽつりぽつりと話す。授業のこと、好きな映画、漫画。楽しかった。運ばれてきた料理と少しずつの酒で、ゆっくり仲良くなった。
途中で代わりばんこにトイレに立った。
高杉が用を足し終わると、真剣な目をした銀時が手洗いの前に立っていた。その目線に熱いものを感じてどぎまぎする。
自分の良いように解釈しているだけだろうが、実は銀時は自分の秘密に気付いていて、それを打ち明けても良い相手なんじゃないかと、ふと思う。
「あの子やめときなよ。俺の友達の、元カノ。すぐ悪いコト、されるよ」
「…大丈夫だって」
「俺、晋助に彼女出来るの嫌だな。寂しいし」
何も言えなかった。あんまり真剣な目だったから。止めていた息を吐いて、手を洗ってから銀時の肩を叩くとトイレを出た。
「人の服で手を拭くなチビ!」
席に戻ると、女の子は自分の部屋に誘ってきた。
悪くないが、一度目のデートでそう積極的な女の子は好みじゃない。
何となく興ざめして、2人の仲がそれ以上進むことはなかった。
その要因に銀時の言葉は決して入っていないはずだ。
それから銀時は、終電を逃したと言っては高杉の部屋を頼るようになった。しょうがねぇなと入れてやる自分に呆れながら笑う。バイトだゼミだ他所のサークルに混ざってみただのと毎日飲んでるんじゃないかと思うほどだ。
どうせだからと深夜のファミレスに出掛け、向い合って課題を済ませたりした。
銀時は時間も気にせずパフェだのあんみつだのを頼む。ほんと甘党だなと笑いながら、高杉はドリンクバーの薄いコーヒーを啜った。
大学でも、大学を出ても、気付くと2人でつるんでいる。たった数週間で、桂にもびっくりされる程に仲良しだった。
「おかしいだろ。お前は俺の何なんだ」
「彼氏でしょ」
悪びれずに応える銀時の膝裏に、見事に高杉の膝カックンが決まる。
銀時本人を含め、彼のおかげで友人も増えて何だか楽しい学生生活を謳歌していたからすっかり忘れていた。
朝一番の講義に向かう日は、満員電車。
前と同じ場所にはまってしまった。隣は真面目そうな中年のサラリーマン。いつか自分も就職活動をするようになったら、こういったおじさんに会社説明をして貰うのかもしれない。
あの朝の手はもっと若かったはずで、この人は違うだろう。そもそもあんな事が何度もあったら世の中の痴漢事情について軽く研究してみたいくらいだ。
意識し過ぎると俺こそ変質者になってしまう。もうない、何度も起こる訳が無い。
信じたかったのに今回は腰だった。
揺れと圧を上手に利用して背面から腕を回し、手の平は高杉の体の前側に回ってくる。
股関節をいやらしい手つきでなぞられ背筋が震えた。
もう片方の手にはまた少年誌を持っている。後ろから見てどうなっているのか良くわからないが、カムフラージュに使っているのだろう。
手はそのまま股間の物に触れた。飲み会で銀時に掴まれたのとは訳が違う。今度こそ本物の痴漢だ。怖い。
これ以上何をされるんだと固まっていると、手は意外にもブツを通り過ぎ、穴との間の真ん中に位置する窪んだ場所を、人差し指で小さく前後になぞり始めた。
自分でもめったに意識しない場所だ。触れられて初めて、そこが性感帯足り得る事を知る。
前回に比べ行動が更に大胆になっている。
最寄り駅からマークされていたのだ。
かぁっと頭に血が上り、その手を叩き落として次の駅で電車を降りた。
あれに乗るのが一番スムーズかつ大学に着いてから少しのんびり出来るのに。仕方ない。
今朝の手から、甘い香りはしなかった。
顔で判断するのも微妙だが、やはり一度目とは別人だと思った。
あの手肌はもっと若かった。
なら自分は「お相手募集中」の類の何らかのサインを出してしまっているのか。
銀時に話してみようか、と数度思ったが結局できないでいる。
そんな事あるんだなぁ、男なのになぁ、と一緒に笑って欲しい。
しかし、件のひとり遊びがやめられない身としては「男なのに」で片付けられない後ろめたさもある。
誰かに突いて欲しい。
銀時…してくれねぇかな。最近そんなことを考えるようになってしまっていた。
二日酔いの土曜にどちらかの部屋を出てうどん屋に向かい、だらだらと街に出かけて服やゲームを物色する。
「銀時。お前…ほんと俺の何なんだ」
「晋助が彼女でしょ」
銀時の尻の右側に高杉の拳がめり込む。
「銀時のリュック、重いな」
ある夜、言いながら玄関に置きっ放しだった荷物を持ち上げるとチャックが少し開いていて中身が見えた。水色の生地と少年誌が入っている。
ざわざわと違和感を覚えた。この組み合わせは嫌な思い出を運んでくる。
「ごめん」
静かになってしまった高杉の様子を見に部屋の中から出てきた銀時は、自分の正体がバレたことを知った。
怯えた表情で固まる高杉の頬に手を当てた。
銀時は甘いモノが好きだ。パフェ、あんみつ、ソフトクリーム、シュークリーム。
いつだって高杉の隣で甘い香りをさせていた。
「銀時…あの日の朝って、」
「ごめん、本当ごめん。怒んないで。胸を弄ってたのはサラリーマンでさ、普通の、けっこう良いスーツ着たような、ほんと普通のおじさんだった。俺、途中から晋助に気付いて。されてるのに気付いたのはもう少し後で。気付いたんだけど、可哀想だし助けなきゃって、思っ…う前に目が離せなくてすごい変な気分になっちゃって。俺、ヅラから教えて貰ってずっと晋助のこと知ってたんだ。イケメンって言うか美少年って言うか、ちょっとツンとしてる感じがクールっぽくて羨ましいような。いけ好かない奴って思ってたんだ、本当は。でも、その晋助があんな事されてて、ごめん、俺、すごい興奮しちゃって。男の子もありだなって」
高杉はどういう顔をすれば良いか分からなくて、下を向いて聞いていた。
「電車停まって晋助の顔見たらほんとにキツそうだったから、とんでもないことしちゃったって気付いて一旦離れたんだ。で、様子伺ってたらトイレ行っちゃって出てこなくて。ん、これ超チャンスじゃねって思ったんだけど、よく考えたら俺が変態ってバレるから、急いで上に着てたシャツ脱いで、手洗って香水で、なんつうか、変装?したの。ごめん。狙ったんだ」
しょんぼりしながらも必死に、正直すぎるほどに詳細を説明してくれる銀時を見ながら、高杉は拍子抜けというか心底ホッとしていた。
銀時が見たと言う、一度目の朝に高杉の胸を弄っていた「おじさん」と二度目のおじさんは恐らく同一人物だ。複数の人間に変な目で見られている訳じゃない。あのおじさんを避ければ当面は大丈夫だろう。
ともかく、甘い指は銀時だったのだ。それならついでに一度目も二度目も、銀時の手だった事にしよう。
沈黙。
「…手、手が、甘かった」
自分は何を言っているんだろう。こんな時に。
「あ。えと、唇でしょ?触っちゃったよね。ごめん。く、口にね。あの、エロ動画でよく見るようなことしたくなっちゃって。つい。嫌がる顔にも興奮しちゃって…」
「あ…」
口を…。銀時になら、されてみたい。
「甘い、匂いがした。プリンみたいな」
「へっ…?プリン?食べた食べた。食べたかもしんない。友達の家の近くのパン屋で買ったプリンパン、中にプリン入ってる奴、食べ」
…焦れば焦るほど要らない事を言うタイプだ。笑いをこらえるこっちの身にもなって欲しい。
良いから。分かったから。
「してくれ。口、してくれよ。銀時、俺と付き合って。ください」
友達になれた。次は、恋人に。
恐る恐る、銀時の人差し指が唇をなぞる。
部屋に着くなり食べていた、うさぎの絵がプリントされた細長いロールケーキの甘い香り。
しまった、うがい手洗いをさせてない。意外と高杉は潔癖だ。
唇の端からほんの少しだけ、銀時の指が口の中に食い込んでくる。これがあの朝の指。
目を閉じると、窓に映る自分達の姿が瞼に浮かんだ。
暗いトンネルを走る電車は、窓に満員電車の中身を映し出す。
ぎこちない手で唇をなぞってくる銀時は食い入るように高杉の横顔を覗き込んでいる。
Tシャツの上に水色のシャツを羽織り、もう片方の腕は胸元の筋肉を揉みしだき、時折小さな実を可愛がる。
電車は揺れて地上へ出る。
高杉は目を開け銀時にキスをした。
大丈夫。もう俺は満員電車も少年誌を持った手も怖くない。
銀時なら嬉しいと思えるから、だから全部してくれ。心からそう思った。
銀時は目を丸くしたが、微細に震える手で高杉の顔を固定し耳をゆっくり撫でてくる。
そして角度を変えてキスをくれた。
遠慮がちに差し入れられる舌は酷く甘い。
こうしてキスをしたらあの朝もきっと甘かっただろう。銀時の食べる甘いものはいつだって高杉には糖分が濃すぎるが、彼の舌からこうして残り香を味わうのは悪くないと思った。
あんなに友達が多くて遊んでばかりなのに、迎え入れた舌からは戸惑いを感じる。これなら任せてもらったほうがお互いに気持ちいいかもしれない。取り敢えず今夜は、そうしよう。一旦ご退去願い、高杉は改めてお邪魔した。
一度唇だけで触れてから、中に滑りこむ。薄目で顔を見つめていたら目が合った。切羽詰まったような、苦しそうな目だった。
ビクッと銀時の体が震える。そうか、見られてると気まずいよな。可哀想に思い高杉は目を閉じた。上唇と上の前歯の間に舌を滑り込ませる。横に少しずつズレながら、小刻みに歯茎の辺りを舐めてやった。
丁寧に、動物の毛繕いを思い浮かべながら可愛がった。
少しずつ銀時も場に慣れてきて、今度は往訪側に回った。
高杉の腰を強く抱き寄せながらゆっくり舌を合わせてくる。
何事も模倣からの実践だ。彼は彼なりに自分に合った攻撃を覚えたようだ。
うっとりしながらキスを受けていると、ちゅる、と小さな水音を立てて銀時の唇が離れていった。
「晋助、アナニーはまってるの」
心臓が飛び出るかと思った。
「それ。俺もお年ごろだからさぁ。知識と照らし合わせると、アナニーしてるとしか見えなくなってくるラインナップ…」
銀時の指差す方向にはノートパソコンが乗った小さなデスクがある。
少ない文房具やスマホの充電器やらと並ぶ白色ワセリンとメンタムは確かに違和感があるかもしれない。
「ねぇ、もしかして晋助、できるの…?」
ごくり。
「男としたことはない。けど穴は使える」
そっか。ひとり遊びの方で良かった。俺が処女をいただけるということでおkですね。
「性的に満足させてくれるだけの奴が欲しいんじゃなくて、ちゃんとこれからも俺と仲良くしてくれる?これまで以上に。ほんとうに、恋人として」
こいびと、とはっきり銀時の唇から聞くと腰の奥が変な感じだ。
そうか、恋人。
「ん。よろしく。銀時」
一度唇を噛んでから決心したように真っ直ぐこちらを見据えて言った高杉の赤い顔はとても可愛かった。
「実は俺、今夜このまま最後までするの勿体無いと思います」
それは高杉も薄々思っていた。
流れで一気に行きたくても流石に最初はシャワーを浴びたい。その前にウォシュレットを使いたい。
机上のメンバーから一瞬で高杉のひとり遊びを見抜く知識があった訳で、それはつまり受け入れる方の下準備事情にも理解があると信じたいところだが。
変にホッとした顔をしていたのがバレていた。
「今日は、手始めに軽くイチャイチャして寝よ。続きはお楽しみ。銀さんわくわく」
何かを察したような顔を一瞬した、ように見えた銀時は正面から高杉をぎゅうと抱きしめ、軽く唇にキスをした。
並んで入ったベッドは男2人にはやはり狭いが、隣の体温が嬉しい。
あの朝から4回目の木曜日。
高杉は少年誌を見ても平気な自分に戻った。
「なぁ銀時、やっぱ俺ジャンプ派」
掲載作品の好みもさることながら、マガジンは紛らわしい。痴漢のおじさんが持っていたのは純粋にカムフラージュの為だったのか、少年時代から変わらず買って読んでいた少年誌の使い方を間違えたのか。
まぁ重要な問題ではない。ただ、不名誉で理不尽な難癖を付けられる少年誌はちょっと可哀想だ。
「…どしたん急に。いや銀さんもだけどね。マガジンはね、バイト先のみんなと回し読みするんですよ、いやジャンプもなんだけど。あの日は偶然俺の当番の週でね?お付き合いと世論調査ですよ。いや痴漢の為じゃないから。…おい何笑ってんだ」
じゃ、日曜の夜はきっちりセックスして、夜中に一緒にコンビニ行ってジャンプ買おう。