そういう相手にマッサージして貰うのは良いものだ。
万斉の手は大きく、熱くて少し乾いている。その手の平で背中や腰を強めに押さえてくれるだけでも気持ちが良い。
どうにも朝が苦手で、目覚めたとしてもすぐには動きたくないし実際動けない。
ぼんやりする俺を置いてむくりと起き上がりテキパキとシャワーを浴びに行こうとする万斉を、必死のこの技で少しだけ引き留める。
「腰…してくんねえかな」
顔だけ向けて頼むと声が随分かすれていた。
静かに微笑う気配。
潰れた餅の気分でうつ伏せに伸びると、万斉はゆっくり首の付け根から腰にかけて押してくれる。
体が温まる。昨夜の意地悪さなんて全くの嘘だった様に、優しい手だ。
終わると今度こそ俺は置き去りにされる。
しかしそのお陰で、浴室が空くまで、二度寝ができる訳だ。ククッ。
温もりの残る布団の中に潜ってうつらうつらしていると、髪を拭いながら再度起こしに来る親切な可愛い男。
俺の、男。
「もう。行くでござるよ」
まだ裸の背中に赤い筋が見えた。あせもだろうか。
思い当たることがあった。
いや、そうか、これは爪痕だ…。
よく見ると幾筋もある。流血までいかないが地味に痛そうだ。
悪い事をした。
もそもそと布団から右手を出して自分の爪を見ると、特に伸びてはいない。ならそんなに強く掴んだろうか、それも記憶が無い。
「なぁ、背中。悪いな」
くすり。
「いつもの事でござろう。体、苦しかったか?」
いつも、とな。
そうでしたか全く気付きませんで。自分が酷い奴に思えてくる。
「体?俺?」
「そ。2度目以降によく爪を立てられるでござる。もう嫌とか、勘弁とか言いながら晋助はよく引っ掻く。猫みたいでござる」
2度目以降?それは俺も必死だった。
一度達すると急激に眠くなるのに、拙者はまだでござるだ何だと、人をひっくり返したりうつ伏せて布団に押し付けたりと好き勝手に。
こっちはいつも辛いでござると言いたい。
改めて昨夜の記憶を手繰り寄せようとしたが思った以上に寄ってこない。
手、俺の手。最中に何してた?
思い出すのは必死にしがみついていた目の前の枕とか、腰が逃げておる、と万斉に引き戻される時の、遠のく畳の目とかだ。
他には、あぁ、そんな顔も見たな。
もうおかしくなるから嫌だと言っているのに覆いかぶさって腰を突き上げてくる時の、珍しいしかめっ面。
この野郎。
軟膏でも塗ってやろうと思ったが、辞めだ。
「こいつは効くぜ」
渋々身体を起こし、部屋の隅にある漆塗りの戸棚を開けた。
中から薬箱を取り出し、押し付ける。
「おや」
返事は聞かず、後はさっさと布団に潜り込んだ。