だから次の金曜に

辰馬とはそれなりに長い付き合いだ。 学生時代に知り合い、其々それなりの会社に就職した。 長期の地方研修やら海外赴任の時期やら、互いに行ってらっしゃいとお帰りを何度か言い合ってきた仲だ。 誰と付き合っていた時に一番苦労をして、何の飲み会で無様に倒れたか、そんな事も覚えている。 このように長い付き合いであるので、勿論それなりに新しい事なんかも一緒に経験してきた。 今夜も、そうだ。 「高杉ィ、会員制のバァにの、行ってみんか!」 金曜の夜、賑やかな飲み屋街。 そういった店の存在は知っていた。 風俗に行くよりは安いと捉えるか、しかし気を遣う点が増えるから面倒と言うべきか。 まぁ体験してみない事には何とも言い難い。 片手を軽く上げて見せると、辰馬はニカっと笑って力強くハイタッチをしてきた。 彼は早速「詳しい地図は秘密です。お越しの際はお電話下さい」とのホームページ説明文に従い、電話で道順を聞き始める。 雑居ビルの鉄製扉を開けると、バーとしては案外普通だった。 半分ほど席の埋まった店内で客たちは普通に語らい、盛り上がっている。今のところは、だろうか。 ごく普通のバーカウンターに酒がずらりと並び、いや、その先はやはり。 シャワー室、壁に沿ってぐるりと繋げられたソファ、双方の合意の元でのみ使われる小部屋。 ガラス張りの扉を覗くと、絡み合う誰か達の白い身体が見えた。 一通りの説明を受けるとバーテンダーがカウンターに通してくれる。 そこには先客の若い男女が2人。 4人横並びで、辰馬、自分、女、男、の順で快く混ぜて貰い、取り敢えずは乾杯と自己紹介。 「俺ギンです、こっちはね、」 「ムツ」 「むつゥ?6つ?青森かの?」 「…どちらかと言うと後者が合ってる」 透けるような白い肌と恐ろしく綺麗な顔をしちゃいるが、気の強そうな女だ。 表情の変化が乏しく、どうも取っ付きにくいタイプだった。 「ここでは皆、秘密の名前でお付き合いね。 ただね、短い方が絶対良いよ。最中に呼んでもらう名前だから。 2人は会社のお友達同士?昭和生まれではないよね?」 まあ、そんな感じ。 金曜は飲み放題と言うから、ハイボールを数杯空けていった。 何処其処のラーメン屋が旨い、等の他愛もない世間話から始まり、次第に「一番好きなプレイは」と如何にもな話題に移っていく。 時折、若い店員達も相槌を打って会話に入ってくる。皆んな世間話の体のままで、穏やかに言葉は繋がっていく。 これは流石だな、と妙に感心してしまった。 辰馬はリョーマ、俺はシン、と名乗った。 「此奴はのう、なかなか良い顔しちょるでしょう。ただ真面目君で、どうも気難しいんですわ。アッハッハ! 折角こげな所に勇気出して来て、しかもどえらい美人さんが居ったら、仲良くしなきゃあ勿体なすぎるぜよお」 辰馬はムツにご執心のようだ。気持ちは良く分かるが、手を出すタイミングがいまいち掴めない。 「…腐れ縁なんです。リョーマは昔から煩くて。 でもギンと、ムツ…さんは俺ら邪魔じゃないんですか?」 「女はタダ同然だから、酒が飲めるだけで有り難い。あんたら、飽きるまでこの席に居れば良い」 目前のロックグラスに鎮座する氷を細い指で回しながら、ムツが目線を寄越してくる。 今、笑った、のか。 案外優しい女なのかも知れない。 「邪魔じゃないとも言えないけど、ふふ、俺楽しいよ普通に」 ムツを挟んで座る陽気な銀髪「ギン」の目線が煩い。相槌の度にやたら目を合わせてくる。 若いと思ったが本当だろうか。 落ち着いた話の振り方から想像するに、暗い照明で若く見えているだけのような気がした。 少なくとも自分より年下と言う事はないだろう。 俺に譲れ?お前ら邪魔? それとも早くムツをその気にさせて皆で楽しくプレイしよう? その笑顔に一体何が込められていると言うのか。 「シャワーしたいんじゃない?」 居心地の悪さに耐え兼ね席を立つも、すかさず追ってくるギンの声に少々うんざりしてしまう。 彼のお陰で、面倒に感じ始めていた。 ちょっと高い勉強料だったと思って早く出たいくらいだ。そうそう上手く事は進まないものである。 向こうのソファ席に座る連中は乾杯で盛り上がっている。 薄暗いフロアを見渡すが、自分と辰馬のような若い「ご新規くん」が取っ付けそうな女の目星は付かなかった。 別料金という話でもないようなので、仕方なくシャワーを借りる事にする。 「タオルの場所とか教えてあげる。まずは男同士で作戦会議しよ?」 どうにも不本意ながら今は従っておくのが良さそうだ。常連やらボス格やらは、どこにでも居るらしい。 「今夜は残念ながら女の子少なくて。でも金曜土曜って意外とそうなんだよ。 ノリで来ちゃう煩い男の子同士とか。 君ら見たとき正にそれだと思ったけど、2人揃ってると良いコンビだし、こう言う子らなら、若い男の子と話すのも楽しいなって。 今夜みたいに女日照りの時はさ、男同士でベタベタして見せると逆に女の子たち喜んで寄ってくるよ。 ね、その作戦でいこう?」 よく喋る男だ。しかし思惑が分かってホッとした。 話しながらシャワー室の扉を開けたギンに、中に通される。そうしてタオルの場所なんかを教えて貰う。 フロアを横切る途中でギンの悪戯っぽい笑顔に促されて小部屋を覗くと、先程まで折り重なっていた2人の姿は消えていた。...

October 17, 2016

咳止めシロップ

今日も今日とて飲み帰り。 最後までヤバいヤバいと嘆いていた先輩も就職が決まり、今夜はその宴だった。 俺が決まった時もしてくれるんだろうな弟分達よ、そんな事を考え薄っすらブルーになった自分をほんの少し呪う。 明日?朝からバイト?なんてお気の毒。 そんなの知らねえ、銀さん特製ラブリーカクテルをお飲みなさい。 「ビールのキンミヤ割りって、それ割ってないじゃないすか」 気にしない、気にしない。 それでも終電で自分の部屋に辿り着くのが流石でしょう。 そうして無事に帰ってくると、アパート前に見慣れぬ軽自動車が停まっていた。 月に照らされぴかぴか光るそれはきっと新車だろう。どの部屋の誰がバイト代を溜め込んでいたのやら。 もしくは遠恋中の彼氏の訪問、はたまた「酒が抜けるまで居させて」? 何れにせよ腹立たしい。 敷地内に一応禁止の立て看板があるが、幸いウチの大家は大変緩いのだ。 俺らみたいな学生へと言うよりは、セールスの業者向けとかって噂だ。 部屋までの階段は鉄板で、足音が響く。その細かい模様が、ヨーグルトにくっついてくる粒粒の砂糖みたいで嫌いじゃない、と俺は思っている。 予感はしたが、やはり。ドアノブを回すと鍵が開いていた。 「上等じゃねえか」 髪を拭きながらウチの超絶豪華、と言いたいが言えない…小さなバストイレから晋助が顔を出した。 「そりゃ帰って来るっての。いくら丈夫っつっても俺だって飲みすぎると鼻クソニキビ出るからさ。 それ以前に、ぶっちゃけ期待してたよ、こういう流れ。 俺もシャワー浴びてきますからねえ、寝るなよお」 「良いから行け」 回し蹴り?酷くない? そうして湯上がりぴかぴかの俺の目に映った姿は。 「いや、え?スウェットは?」 ねえ何できっちりお洒落してるの。お前の置き寝巻き、あるでしょうが。 良い子は出来るだけ薄着で、お布団で恋人と抱き合う時間だと言うのに。 「これさ、学部の奴から借りたんだ」 狡いからそんな嬉しそうな顔しないで欲しい。指先で揺れるのは、ああ、お前かよ! チャリと鳴った車の鍵、そこにぶら下がるのは、何それ木片?年輪が見えてますけど。 「そういう系の授業で使ったとかって」 「どんな授業だよ…」 「良いから、ギンパもっと乾かして来い」 嫌な予感しかしない。っと、くしゃみ。 「その汚えスウェットでも何でもいいが、上に一枚着ろよ。もう夜はすっかり秋だ」 「嫌だ!」 いやほんと。優しく言われたからって大人しく従うとは思わないで欲しい。 もう布団に入りたいんですよ。高杉枕を抱いて寝て、起きたら朝に、ゆっくりしたいに決まってるでしょうよ。 「銀時、明日ってか今日か、めでたいだろう?」 「だからこそ今夜はゆっくり寝かせて下さい」とは言えず、優しい俺は従ってしまうのである。 暗い駐車場、晋助はトイレだろうか。 光量が落ちているものの、寝ぼけ目にはナビ画面の光が充分に突き刺さる。 アルコールの所為か助手席でぐっすり眠ってしまったようだ。 腕は何処へ行ったのか、自分の物なのに一瞬考えてしまった。 肩を動かすと、ヘッドレスト後ろに伸ばしたままのようだ。これじゃあ攣る。戻そうとするが組んだ手が解けない。 皮膚の感触を辿ると、手首にキツめの布の感触があった。 あいつ。僅かにぞっとする。 たが落ち着いて腕を上に伸ばすと、まずヘッドレストからは簡単に抜けた。目の前に両手を持って来ると、手ぬぐい2枚で縛られている。ヌルいねえ。 そこで思い留まった。お楽しみなら是非お付き合いさせていただきます。 腕はヘッドレスト後ろに戻し、澄まし顔で晋助を待つ。 今の俺は「縛られた可哀想な彼氏くん」なのだ。 割と直ぐ、紙コップ片手に晋助は戻って来た。 ガラス越しに目が合って内心どうしようと思うが、「縛られちゃってどうしよう」だと信じているのか、にんまり笑顔を向けられた。 ドアが開いた瞬間、その手からコーヒーが香る。加えて夜の匂い、涼しい風。 確かにすっかり秋だ。 当たり前のような顔で俺の側、つまり助手席側のドアを開け、人の体に乗り上げてくる。 お前いきなりか。 膝上に圧を掛けられて気付いたが、膝掛けと思っていたのは晋助のパーカーだ。 中に忍び込んでくる手が冷んやりしていて震える。 冷んやり?これは、肌と肌の感触だ。 「…おかえり。うん個室だった訳?」 答えない。鼻で笑いやがったな。 「嬉しいだろ。すぐ出来るぜ」 ボソボソとした呟きとは対照的に目が輝いている。いつ脱がせやがった…いや、実を言うと心当たりはある。 確かに良い夢を見てはいたのだ。何だか忘れたがエロいやつ。森の深緑と、その中でぽつんと四つん這いになった誰かさんの白い太もも。それを眺めながら、俺は妖精ちゃん達に接待されていた。 「幸せそうに撫でられてたぜ」 細まる目に遠くの電灯が反射して、飴玉みたいだと思った。面積が狭くなるのに何でこんなに輝くんだろう。 自分で下半身を露わにする晋助の姿を黙って見つめた。だって縛られているんだもの。そしてとてつもなく狭いんだもの。 こんな所で発情期しちゃって困った子ですよ全く。 窓の向こうを見たが、幸い人の気配は無かった。一体何処のお山なのか、街灯も遠くにぽつりぽつりと申し訳程度に瞬くのみである。...

October 10, 2016

仲間でしょうが

正直あいつらが疎ましい。 何くれと高杉に世話を焼く桂も、そんな存在がいかに有難いか分かっているのかいないのか、当たり前に桂の好意を受け取る高杉も。 二人の間には、自分には入り込めない血の繋がりのような何かを感じる時がある。 疎ましい以上に胸にある強い感情、これが何かと言われると難しい。 いま知る中で最も近い言葉で言うなら、羨ましくて、腹立たしかった。 ある晴れた夏の昼下がり、銀時はどうにも落ち着かなくて一人海を見に来た。 カモメに混じって白い鷺が水面すれすれを飛ぶ。 海面から一度離れて浅瀬に立ったと思うと、見ればその嘴には小魚が二匹挟まっていた。 上手く取るもんだ。一度に咥えて欲張りな奴…想像したら喉の奥が苦しくなった。 その夜。 軍議も良い具合にまとまり、その分きっちり疲れもした。のんびり酒でもと桂の部屋を訪れると中から掠れた声が聞こえる。 どきりとして障子に手を掛けたまま耳を澄ませ、ふと理解したのだった。 二人の空気から何となく、全くの寝耳に水という訳でもなかったが、やはり衝撃だ。 いよいよ置き去りではないかと寂しく思う自分と、これは大層面白いと胸を高鳴らせひっそり笑う自分。 何故笑うか? 兄弟の様な結び付きには負けるが、あの二人それぞれから自分に向けられる気持ちも確かに感じているからだ。 桂からは信頼、高杉からは普段の喧嘩腰で隠された羨望。そして淡い恋慕、のような。 それならそれで関わり方を考える余地がある。 能天気で好奇心旺盛で、銀時は十分に健全な少年だった。 桂に教えられた遊びは、正直嫌いじゃない。 ただ余り嵌ってしまうのも恐ろしくて、取り敢えず始めは嫌がって見せることにしている。 先月要所を奪ってからというもの、戦は落ち着いていた。 戦況の好転とは逆に体調を崩して暫く養生していたが、今朝からはすこぶる調子が良い。 そこで幼い子を持つ母親よろしく世話をしてくれた桂に、体慣らしをしたいと嘯き、初めてこちらから誘ったのだ。 驚いた顔をされ、高杉は内心慌てた。昨夜まで病人面の面倒見てやってた奴相手にそんな気分になれってのも酷だよなと苦笑し、冗談で終わらせるつもりだったのだが。 夜になり、軍議に顔を出して必要な事だけ伝えると後は銀時と桂に任せた。 向こうの交渉を待ってる暇があるなら彼処でもう一発やろうぜ。配置は任せる、まとまらなきゃたたき台で良いんだ、出来たら見せてくれ。 今なら勝てると思っていた。押せる時に押さなきゃ駄目なのだ。 広間を出て暫く縁側でぬるい風に当たった後、桂の部屋に勝手に布団を敷いて寝転んだ。 「確かにお前には才があるがな、いつも鬼の言いなりだと皆の肝っ玉は冷えまくりだ。たまにはあのように任せてくれると安心する。…臥せっている間に大人になってしまったか」 やれやれと肩を回しながら桂が部屋に戻ってきた。自分の拙い誘い文句に対し驚いたものの、そうか待っていたぞ、と優しく微笑んでくれた桂が。 「叩くと言っても、交渉はしてみるだろう?その時は頼むぞ、高杉」 「任せとけ」 楽しみだ。笑いを漏らしながら布団の上で膝立ちになり、桂に腕を伸ばした。 屈みこむ桂に抱き締められ、その滑らかな髪にこっそり頬ずりをする。 久しぶりだから、と何時にも増して優しく触れられ焦れた。 座したまま後ろから桂に抱かれ、肌蹴た夜着の隙間からやわやわと唇と指先で撫でられ小さく唸っていた。 裾から脚の間に差し入れられる手が冷たく感じる。太ももをなぞり上げ、やっと褌まで来たと思うと指先でそっとなぞるだけ。 仕方ないから後ろに首を傾けて唇を強請る。そこに桂のものが当たると同時に、褌の結び目が解かれる。やっと。 うっとりと続きを待ち侘びていると急に桂が声を出して驚いた。 「銀時、来ないのか」 「…良いのかよ」 耳を疑ったが、障子の向こうから返ってくるのは確かに銀時の不貞腐れ声だった。 「勿論だとも」 言いながら桂は夜着の中から取り出した手で顔を撫ぜてきた。その流れで髪を整えられ、逆に乱れかけの夜着は襟元を掴み一気に腰まで降ろされる。 いま気付いたが、首元が何箇所か、ちりりと微細に痛むのだった。 障子が開いたと思うと、不機嫌そうな目の銀時が立っていた。 羞恥心から目を逸らすと、彼はふっと笑った、気がした。 廊下の向こうをそっと確認してから障子を閉め、銀時は自分たちに身を寄せてくる。 なあ食える木の実ってこれだっけ、そんな会話をした幼い頃の日のように、ごく自然な仕草だった。 彼を待つ間、桂は高杉にしてやったのとは逆に、自分の夜着の襟元を直していた。そうして美しい髪も、大して乱れてなどいないが手櫛で片方に纏めて流した。 狡い奴。自分は清廉に見せながら、俺を弄ぶ。 お前が大切だと囁く割に、その俺をいつも乱れた存在に見せたがるのだ。 只ならぬ空気が耐えられず、目線を落とし畳のささくれを何となく見つめていた。 すると細い指に顎を掬われ、間近に迫った銀時の顔を見つめる事になる。 「これが自慢の秘蔵っ子って?まだまだお師匠さんには程遠いんじゃねえの」 低く話す銀時の目が冷たく感じて怖い。なに、何の話だ。 「ふ、侮られては困るぞ」 片方は優しく舐めながら、もう片方の乳首は指でぎりりと抓り上げる。 桂の白い手は存外容赦が無い。 暴れようにも、左手は正面に座り直した桂に指と指を絡められ、右手は桂と交代で己の背後にぴたりと張り付いた銀時に強く押さえ込まれている。 「成長したと、きちんと銀時に見せるんだぞ、でないとお前のここは千切り取ってしまうからな」 出来たらご褒美、との言い方も迷ったが、これだけ怯えている高杉は桂にとって珍しかった。 可哀想に。憐れみながらもぐしゃぐしゃに虐めたくて、胸が高鳴る。 微かに首を上げ、怯えた上目遣いでこちらを伺われると堪らない。 桂はさっと真横に伸ばした腕を振り、高杉の頬を掌で叩いた。ぱん、と良い音がした。 「早くしろ高杉。悪い子だ、それでは大きくなれん」 涙で滲んだ両目が見開かれる。ああまた、そんな目を俺に向けるな。 奥歯の向こうで唾液がきゅうっと溢れて、背中で髄液が沸き立つのが分かる。 自分の美しさが最大限に引き出せる様に、桂はゆっくりと笑いかけた。...

September 25, 2016

stop bath

先週の内に街を歩いて目星を付けていたホテルに向かった。 駅に戻ると、待ち合わせた北口方面から商店街に入り、一つ目の角を右手に曲がる。 歩きながら、コンビニで買った物…俺はコーラ、ギンは新発売の茶、を飲んだ。 ドラッグストア、小さなラーメン屋、古ぼけた赤茶の壁のホテル。その居並びの堂々たるや、笑える物がある。 「撮らせて下さい」の大義名分のもとにはぴったりだが。 ドアを開けて部屋に入るとなるべく何でもない風に装ったが、ギンにもそう見えているかは微妙だ。 良いんだな。そっちとしては何もしなくて良いんだよな?どうにも腹の奥が落ち着かない。 実際、意識しているのは全くもって自分なのであった。 靴を脱いで備え付けのスリッパに履き替えると、おどけた様子でギンがベッドに寝転がる。 「こおんな感じ?」 何かポーズを取ろうとしてくれたのだろうか、しかし勢い余ってベッドヘッドに頭をぶつけ、様々なボタンの内の1つが押されて照明が落ちる。 「ぐおお!」 咄嗟に頭を抱えてベッド上で小さく丸まる姿に声を上げて笑ってしまった。 磨り硝子から差し込む夕陽で、部屋は気怠いオレンジ色に染まる。 「あ、良いですね、そのままでお願いします」 カメラバッグを漁り、急いで準備した。 「何、何が良いの?!」 まだ頭を抑える可哀想なギンはやや悲痛な声を上げた。 「ギンさんの身体、すげー綺麗だな」 思った事が素直に口をついて出てしまった。他意は無い。 子供の頃から俺には筋肉が付きにくい。鳥ささみとか、高タンパク物とか、よく食ったが。 彼の身体は白い皮膚が健康的につやつやしていた。バランス良く付いた筋肉がしなやかで本当に綺麗だと思ったのだ。 自分の呑気な発言に慌てても後の祭り。 そう言う種類のひとたちにとって、筋肉を褒められるのはとても嬉しい。そんな情報をぼんやりと思い出し赤面してしまう。 「いや、すみません。格好良いモデルさんに出会えて、俺、ほんと幸せっす」 咄嗟にカメラを構え直して早口に言葉を継いだが苦しすぎる。 どうか流してくれ、お願いだから。これじゃあ俺が変態じゃないか。 こんな如何にも若造な俺を、笑って許してくれ、る、よな? レンズ越しの彼は、真っ直ぐこちらを見つめていた。先程までと変わらない。 大人にとっては、もう心底どうでも良い心の動きなのかもしれない。そりゃそうだ。気にしすぎてそれこそ恥ずかしいぞ俺。 ほっとするこちらの胸中を見透かすように、レンズ向こうの顔はにやりと笑った。 「ちょっ」 顔から湯気が出るようだ。 メモリカードにギンの体をたらふく喰わせて「休憩時間」を有意義に使い切る頃、外はすっかり夜だった。 賑わう通りに出て幾つか店を覗き、縦に長い居酒屋に入った。店内の照明は控えめだ。 「辛いの、好きなの?」 不意に尋ねられてどきりとする。いや、ありがたい。さっきから、何を話そうか考えていた。 モツ煮を2人で取り分けた自分の椀には確かにたっぷり七味を振っていた。ギンはそのまま。 「あんみつだなんて素敵過ぎる」 手持ち無沙汰でメニューを触っていると、横から覗き込んで来たギンが目を輝かせた。 「シメですか?」 「ううん、俺、甘党なの。これつまみに飲める」 「…マジすか」 「お仕事、何なんですか?」 「人材育成と研究職と人事と事務と…色々混ぜた感じ。 土日もちょいちょい潰れて手当もあって無いようなもんで、ぶっちゃけ超きついんだけど、結局すげー楽しい系。 毎日100人くらいと笑顔で挨拶すべきだけど俺は適当にしてる系」 「…分かっちゃったかも」 「ああいう掲示板使ってるの、やばいでしょ」 「ふ、言わないですよ。誕生日とかも適当に入れてます?」 「その辺、俺のは本物」 ふうん。 「ギンさんに人材育成、されたかったなあ」 「やめとけやめとけ、俺、超やる気ない育成課だから」 良い兄貴が出来たみたいだ。 嘘かも知れないが、「本当はね」と名字も教えて貰った。 ただどうしても敬称無しでは呼べない。 「春風くんってかもうハルくんで良い?俺もギンって呼んで欲しいな。あと敬語がイヤ」 そんな、フランク過ぎる。自分はどう呼んでもらっても構わないが、年上の人間に対してだなんて出来る気がしない。俺は意外とナイーブなのだ。 別れ際、ギンは「若い友達が出来て嬉しい」と言ってくれた。 友達。そうかそれで良いんだ。 俺も嬉しかった。 翌週、俺たちはまたホテルの同じ部屋にいた。 夏の夕方はいつまで経ってもうす青い。 浴室を覗くと、磨り硝子の向こうで点滅する信号がドロップみたいに見えた。何となく、ちょうど反対側の季節を思い出す。 今日は密かに本番用と呼んでいるフィルムカメラも連れて来た。 部屋に入ってから荷物を置くと、持っていたビニール包みを手渡す。 「坂田さんこれ、お土産。頑張ってくれるモデルさん、休憩時間にどうぞ」 「なあに?って言うかギンで良いって。止めてよ何か距離が。きなこもち?」 「…わらび餅。駅前で売ってたから。甘いもん好きなんだろう」...

September 10, 2016

星沈む

同棲し始めて初めての夏、いきなり良いことを知った。 アパートの裏を流れる川、その向いに居並ぶマンションの隙間から丁度良く花火が見えるのだ。 もう夜だと言うのにそこかしこで蝉が鳴いている。 桂の好みで、ここ最近の夕食は5日連続して蕎麦だった。流石に少々うんざりである。 てっきり倹約もしくは健康が、等と言い出すとばかり思っていたのに、好物だからと言われると閉口するしかない。 「俺はそこそこ本気だが。蕎麦と高杉が食えれば良いのだ。あとは時々カレーだな、あっ、あとんまい棒と、カニと。そんな所だ」 止めろよ笑うだろうが。 しかし限界は近い。俺は肉が食いたい。 一応、食い盛りの男子だぞ。 そうして今夜もまた鍋に水を張る桂の手を、どう止めようか考えていた。俺も料理を覚えると言っているのに、いつまで経っても小さなキッチンは桂の城なのだ。 旨いのは否定できないが、往々にして田舎のばあちゃんの料理みたいな渋い料理。今時こんな男子学生はちょっと珍しい。 今日は俺がする。 鼻歌を歌いながら鍋を火にかける背に向けて宣言した。 「気にするな、俺はこういうのが好きなんだ。 そうだな、暇なら洗濯物を頼んだ」 そういう事ではない。違う、違うんだ。 …ヅラ。俺、もう少し、適当なので良いんだ。 頑張れば出来るから、1回俺にやらせてくれよ。 「どうした。…分かった俺が悪かった、一緒にやってみよう、な」 蛍光灯の明るい光の下で言われると益々情け無く、急に遣る瀬無く感じてしまう。 ヅラ、あのさあ。 どぉーん。…ぱらぱらぱら。 言い淀んでいたら、窓の外から夏の音が流れ込んで来た。 急いで小さなベランダに続く出窓を開けると、紺色の空に金の尻尾が吸い込まれて行くところだった。 ヅラ!花火! 一度部屋の中に戻ると、桂は「ほぉ」と感心した声を上げて火を止めた。その手には投げ入れる直前の蕎麦。しめた。 冷蔵庫から急いで缶ビールを2本取り出し、桂に1本押し付け自分もプルタブを開けて再びベランダに出る。 二段階に尾を引いて火花がジャンプして行くところだ。いつ何処で花火大会かなんてノーマークだった。 川に映る煌めきが揺れている。 そうそう大層な物でも無いが、20分ほど花火は上がり続け、のんびりと自分の部屋から、ビールと共に眺める風物詩はやはり最高だった。 部屋に戻るとハーフパンツから出た足が痒い。 ふくらはぎ、膝上、上って内股、それぞれポツリと刺し跡が。これもある意味風物詩。 掻きながら桂を見遣るとどうやら無傷である。隣で見ていたのに。 何でいつも俺ばかり刺されるんだか。 さて、と桂が湯を沸かそうとしたので慌てて腰に抱きついた。 焼き鳥が食いてえ。スーパー行こうぜ。 桂は少し笑った。 久しぶりに酒屋みたいな夕食の後、風呂に入って布団に寝転ぶ。 桂のお陰でテレビを見る時間が減り、すぐ本を手にする習慣が付いた。 するかしないか、特に確認もしないが何となく流れは決まる。桂は分かってくれる。 後から布団にやって来た桂は、うつ伏せで本を読んでいた俺の背にそっと覆い被さってくる。そうしてTシャツの裾から脇腹を撫で上げるのだ。 「随分腫れたな」 裸に剥いた俺の身体を点検しながら、後ろで桂が呟いた。 洗いたての乾いたシーツがさらさらして気持ち良い。これは引越しの時に桂が持って来たやつ。元はしっかりした生地だったろうが、洗いすぎて少しざらざらしている。 確かに内股の虫刺されが熱を持っていた。 別に、放っておいても気付けば引いているものだ。 だがそこは流石の丁寧男子、ほらな。 「これじゃあ痛いくらいだろう」 冷蔵庫から、塗り薬と、アイスを買った時に貰った保冷剤を持って布団に戻ってきた。 俺の腰を掴み上げ、中にきちんと入れるために太ももを開かせる桂のほっそりした手。 それが合間に虫刺されの腫れをかすって、むずむずした。 のんびり濡らして解された穴が焦れている。 早く。腰を上げて見せたがまだくれない。 尾てい骨にぬるりと舌を当てられ驚いた。震える俺の股関節を抑えて、そのまま優しく背骨を舐め上げられた。これは初めてされる。 「んっ。やっ、ヅラ、それダメ、あ」 妙に感じた。 俺の背中を吸ったり舐めたりしながら、やっと桂は中にくれた。 ぴったり収めたらあまり動かない。これじゃあまた欲求不満だ。 堪らず自分で腰を前後に振ったら、太股の虫刺されを手の甲で撫でられぞわりとした。んん。 ああ、掻きたい、一気に痒い。 だがやり過ぎると内出血になると知っている。 んだよ、動くなってんなら、早く。しろよっ、ヅラっ。 「いや、俺は動かん。 ハイ締めてー…ん、良いねえ。 そのまま水平移動、腰を前後に、ああ、良い」 大人しく聞く俺も俺だが。何の検診だか。 我に帰るとイラっとして、足の指で桂のふくらはぎを抓ってやった。 「てっ」 小さく反応する声に満足していると、触れるか触れないかの瀬戸際で、虫刺されを指先でかりかりと刺激された。そこから身体の奥に火が付くように思った。 そこも腫れているけれど。前、前を掻いて欲しいのに。仕方ないから自分で自分のモノを擦った。...

August 27, 2016