咳止めシロップ

今日も今日とて飲み帰り。 最後までヤバいヤバいと嘆いていた先輩も就職が決まり、今夜はその宴だった。 俺が決まった時もしてくれるんだろうな弟分達よ、そんな事を考え薄っすらブルーになった自分をほんの少し呪う。 明日?朝からバイト?なんてお気の毒。 そんなの知らねえ、銀さん特製ラブリーカクテルをお飲みなさい。 「ビールのキンミヤ割りって、それ割ってないじゃないすか」 気にしない、気にしない。 それでも終電で自分の部屋に辿り着くのが流石でしょう。 そうして無事に帰ってくると、アパート前に見慣れぬ軽自動車が停まっていた。 月に照らされぴかぴか光るそれはきっと新車だろう。どの部屋の誰がバイト代を溜め込んでいたのやら。 もしくは遠恋中の彼氏の訪問、はたまた「酒が抜けるまで居させて」? 何れにせよ腹立たしい。 敷地内に一応禁止の立て看板があるが、幸いウチの大家は大変緩いのだ。 俺らみたいな学生へと言うよりは、セールスの業者向けとかって噂だ。 部屋までの階段は鉄板で、足音が響く。その細かい模様が、ヨーグルトにくっついてくる粒粒の砂糖みたいで嫌いじゃない、と俺は思っている。 予感はしたが、やはり。ドアノブを回すと鍵が開いていた。 「上等じゃねえか」 髪を拭きながらウチの超絶豪華、と言いたいが言えない…小さなバストイレから晋助が顔を出した。 「そりゃ帰って来るっての。いくら丈夫っつっても俺だって飲みすぎると鼻クソニキビ出るからさ。 それ以前に、ぶっちゃけ期待してたよ、こういう流れ。 俺もシャワー浴びてきますからねえ、寝るなよお」 「良いから行け」 回し蹴り?酷くない? そうして湯上がりぴかぴかの俺の目に映った姿は。 「いや、え?スウェットは?」 ねえ何できっちりお洒落してるの。お前の置き寝巻き、あるでしょうが。 良い子は出来るだけ薄着で、お布団で恋人と抱き合う時間だと言うのに。 「これさ、学部の奴から借りたんだ」 狡いからそんな嬉しそうな顔しないで欲しい。指先で揺れるのは、ああ、お前かよ! チャリと鳴った車の鍵、そこにぶら下がるのは、何それ木片?年輪が見えてますけど。 「そういう系の授業で使ったとかって」 「どんな授業だよ…」 「良いから、ギンパもっと乾かして来い」 嫌な予感しかしない。っと、くしゃみ。 「その汚えスウェットでも何でもいいが、上に一枚着ろよ。もう夜はすっかり秋だ」 「嫌だ!」 いやほんと。優しく言われたからって大人しく従うとは思わないで欲しい。 もう布団に入りたいんですよ。高杉枕を抱いて寝て、起きたら朝に、ゆっくりしたいに決まってるでしょうよ。 「銀時、明日ってか今日か、めでたいだろう?」 「だからこそ今夜はゆっくり寝かせて下さい」とは言えず、優しい俺は従ってしまうのである。 暗い駐車場、晋助はトイレだろうか。 光量が落ちているものの、寝ぼけ目にはナビ画面の光が充分に突き刺さる。 アルコールの所為か助手席でぐっすり眠ってしまったようだ。 腕は何処へ行ったのか、自分の物なのに一瞬考えてしまった。 肩を動かすと、ヘッドレスト後ろに伸ばしたままのようだ。これじゃあ攣る。戻そうとするが組んだ手が解けない。 皮膚の感触を辿ると、手首にキツめの布の感触があった。 あいつ。僅かにぞっとする。 たが落ち着いて腕を上に伸ばすと、まずヘッドレストからは簡単に抜けた。目の前に両手を持って来ると、手ぬぐい2枚で縛られている。ヌルいねえ。 そこで思い留まった。お楽しみなら是非お付き合いさせていただきます。 腕はヘッドレスト後ろに戻し、澄まし顔で晋助を待つ。 今の俺は「縛られた可哀想な彼氏くん」なのだ。 割と直ぐ、紙コップ片手に晋助は戻って来た。 ガラス越しに目が合って内心どうしようと思うが、「縛られちゃってどうしよう」だと信じているのか、にんまり笑顔を向けられた。 ドアが開いた瞬間、その手からコーヒーが香る。加えて夜の匂い、涼しい風。 確かにすっかり秋だ。 当たり前のような顔で俺の側、つまり助手席側のドアを開け、人の体に乗り上げてくる。 お前いきなりか。 膝上に圧を掛けられて気付いたが、膝掛けと思っていたのは晋助のパーカーだ。 中に忍び込んでくる手が冷んやりしていて震える。 冷んやり?これは、肌と肌の感触だ。 「…おかえり。うん個室だった訳?」 答えない。鼻で笑いやがったな。 「嬉しいだろ。すぐ出来るぜ」 ボソボソとした呟きとは対照的に目が輝いている。いつ脱がせやがった…いや、実を言うと心当たりはある。 確かに良い夢を見てはいたのだ。何だか忘れたがエロいやつ。森の深緑と、その中でぽつんと四つん這いになった誰かさんの白い太もも。それを眺めながら、俺は妖精ちゃん達に接待されていた。 「幸せそうに撫でられてたぜ」 細まる目に遠くの電灯が反射して、飴玉みたいだと思った。面積が狭くなるのに何でこんなに輝くんだろう。 自分で下半身を露わにする晋助の姿を黙って見つめた。だって縛られているんだもの。そしてとてつもなく狭いんだもの。 こんな所で発情期しちゃって困った子ですよ全く。 窓の向こうを見たが、幸い人の気配は無かった。一体何処のお山なのか、街灯も遠くにぽつりぽつりと申し訳程度に瞬くのみである。...

October 10, 2016

仲間でしょうが

正直あいつらが疎ましい。 何くれと高杉に世話を焼く桂も、そんな存在がいかに有難いか分かっているのかいないのか、当たり前に桂の好意を受け取る高杉も。 二人の間には、自分には入り込めない血の繋がりのような何かを感じる時がある。 疎ましい以上に胸にある強い感情、これが何かと言われると難しい。 いま知る中で最も近い言葉で言うなら、羨ましくて、腹立たしかった。 ある晴れた夏の昼下がり、銀時はどうにも落ち着かなくて一人海を見に来た。 カモメに混じって白い鷺が水面すれすれを飛ぶ。 海面から一度離れて浅瀬に立ったと思うと、見ればその嘴には小魚が二匹挟まっていた。 上手く取るもんだ。一度に咥えて欲張りな奴…想像したら喉の奥が苦しくなった。 その夜。 軍議も良い具合にまとまり、その分きっちり疲れもした。のんびり酒でもと桂の部屋を訪れると中から掠れた声が聞こえる。 どきりとして障子に手を掛けたまま耳を澄ませ、ふと理解したのだった。 二人の空気から何となく、全くの寝耳に水という訳でもなかったが、やはり衝撃だ。 いよいよ置き去りではないかと寂しく思う自分と、これは大層面白いと胸を高鳴らせひっそり笑う自分。 何故笑うか? 兄弟の様な結び付きには負けるが、あの二人それぞれから自分に向けられる気持ちも確かに感じているからだ。 桂からは信頼、高杉からは普段の喧嘩腰で隠された羨望。そして淡い恋慕、のような。 それならそれで関わり方を考える余地がある。 能天気で好奇心旺盛で、銀時は十分に健全な少年だった。 桂に教えられた遊びは、正直嫌いじゃない。 ただ余り嵌ってしまうのも恐ろしくて、取り敢えず始めは嫌がって見せることにしている。 先月要所を奪ってからというもの、戦は落ち着いていた。 戦況の好転とは逆に体調を崩して暫く養生していたが、今朝からはすこぶる調子が良い。 そこで幼い子を持つ母親よろしく世話をしてくれた桂に、体慣らしをしたいと嘯き、初めてこちらから誘ったのだ。 驚いた顔をされ、高杉は内心慌てた。昨夜まで病人面の面倒見てやってた奴相手にそんな気分になれってのも酷だよなと苦笑し、冗談で終わらせるつもりだったのだが。 夜になり、軍議に顔を出して必要な事だけ伝えると後は銀時と桂に任せた。 向こうの交渉を待ってる暇があるなら彼処でもう一発やろうぜ。配置は任せる、まとまらなきゃたたき台で良いんだ、出来たら見せてくれ。 今なら勝てると思っていた。押せる時に押さなきゃ駄目なのだ。 広間を出て暫く縁側でぬるい風に当たった後、桂の部屋に勝手に布団を敷いて寝転んだ。 「確かにお前には才があるがな、いつも鬼の言いなりだと皆の肝っ玉は冷えまくりだ。たまにはあのように任せてくれると安心する。…臥せっている間に大人になってしまったか」 やれやれと肩を回しながら桂が部屋に戻ってきた。自分の拙い誘い文句に対し驚いたものの、そうか待っていたぞ、と優しく微笑んでくれた桂が。 「叩くと言っても、交渉はしてみるだろう?その時は頼むぞ、高杉」 「任せとけ」 楽しみだ。笑いを漏らしながら布団の上で膝立ちになり、桂に腕を伸ばした。 屈みこむ桂に抱き締められ、その滑らかな髪にこっそり頬ずりをする。 久しぶりだから、と何時にも増して優しく触れられ焦れた。 座したまま後ろから桂に抱かれ、肌蹴た夜着の隙間からやわやわと唇と指先で撫でられ小さく唸っていた。 裾から脚の間に差し入れられる手が冷たく感じる。太ももをなぞり上げ、やっと褌まで来たと思うと指先でそっとなぞるだけ。 仕方ないから後ろに首を傾けて唇を強請る。そこに桂のものが当たると同時に、褌の結び目が解かれる。やっと。 うっとりと続きを待ち侘びていると急に桂が声を出して驚いた。 「銀時、来ないのか」 「…良いのかよ」 耳を疑ったが、障子の向こうから返ってくるのは確かに銀時の不貞腐れ声だった。 「勿論だとも」 言いながら桂は夜着の中から取り出した手で顔を撫ぜてきた。その流れで髪を整えられ、逆に乱れかけの夜着は襟元を掴み一気に腰まで降ろされる。 いま気付いたが、首元が何箇所か、ちりりと微細に痛むのだった。 障子が開いたと思うと、不機嫌そうな目の銀時が立っていた。 羞恥心から目を逸らすと、彼はふっと笑った、気がした。 廊下の向こうをそっと確認してから障子を閉め、銀時は自分たちに身を寄せてくる。 なあ食える木の実ってこれだっけ、そんな会話をした幼い頃の日のように、ごく自然な仕草だった。 彼を待つ間、桂は高杉にしてやったのとは逆に、自分の夜着の襟元を直していた。そうして美しい髪も、大して乱れてなどいないが手櫛で片方に纏めて流した。 狡い奴。自分は清廉に見せながら、俺を弄ぶ。 お前が大切だと囁く割に、その俺をいつも乱れた存在に見せたがるのだ。 只ならぬ空気が耐えられず、目線を落とし畳のささくれを何となく見つめていた。 すると細い指に顎を掬われ、間近に迫った銀時の顔を見つめる事になる。 「これが自慢の秘蔵っ子って?まだまだお師匠さんには程遠いんじゃねえの」 低く話す銀時の目が冷たく感じて怖い。なに、何の話だ。 「ふ、侮られては困るぞ」 片方は優しく舐めながら、もう片方の乳首は指でぎりりと抓り上げる。 桂の白い手は存外容赦が無い。 暴れようにも、左手は正面に座り直した桂に指と指を絡められ、右手は桂と交代で己の背後にぴたりと張り付いた銀時に強く押さえ込まれている。 「成長したと、きちんと銀時に見せるんだぞ、でないとお前のここは千切り取ってしまうからな」 出来たらご褒美、との言い方も迷ったが、これだけ怯えている高杉は桂にとって珍しかった。 可哀想に。憐れみながらもぐしゃぐしゃに虐めたくて、胸が高鳴る。 微かに首を上げ、怯えた上目遣いでこちらを伺われると堪らない。 桂はさっと真横に伸ばした腕を振り、高杉の頬を掌で叩いた。ぱん、と良い音がした。 「早くしろ高杉。悪い子だ、それでは大きくなれん」 涙で滲んだ両目が見開かれる。ああまた、そんな目を俺に向けるな。 奥歯の向こうで唾液がきゅうっと溢れて、背中で髄液が沸き立つのが分かる。 自分の美しさが最大限に引き出せる様に、桂はゆっくりと笑いかけた。...

September 25, 2016

stop bath

先週の内に街を歩いて目星を付けていたホテルに向かった。 駅に戻ると、待ち合わせた北口方面から商店街に入り、一つ目の角を右手に曲がる。 歩きながら、コンビニで買った物…俺はコーラ、ギンは新発売の茶、を飲んだ。 ドラッグストア、小さなラーメン屋、古ぼけた赤茶の壁のホテル。その居並びの堂々たるや、笑える物がある。 「撮らせて下さい」の大義名分のもとにはぴったりだが。 ドアを開けて部屋に入るとなるべく何でもない風に装ったが、ギンにもそう見えているかは微妙だ。 良いんだな。そっちとしては何もしなくて良いんだよな?どうにも腹の奥が落ち着かない。 実際、意識しているのは全くもって自分なのであった。 靴を脱いで備え付けのスリッパに履き替えると、おどけた様子でギンがベッドに寝転がる。 「こおんな感じ?」 何かポーズを取ろうとしてくれたのだろうか、しかし勢い余ってベッドヘッドに頭をぶつけ、様々なボタンの内の1つが押されて照明が落ちる。 「ぐおお!」 咄嗟に頭を抱えてベッド上で小さく丸まる姿に声を上げて笑ってしまった。 磨り硝子から差し込む夕陽で、部屋は気怠いオレンジ色に染まる。 「あ、良いですね、そのままでお願いします」 カメラバッグを漁り、急いで準備した。 「何、何が良いの?!」 まだ頭を抑える可哀想なギンはやや悲痛な声を上げた。 「ギンさんの身体、すげー綺麗だな」 思った事が素直に口をついて出てしまった。他意は無い。 子供の頃から俺には筋肉が付きにくい。鳥ささみとか、高タンパク物とか、よく食ったが。 彼の身体は白い皮膚が健康的につやつやしていた。バランス良く付いた筋肉がしなやかで本当に綺麗だと思ったのだ。 自分の呑気な発言に慌てても後の祭り。 そう言う種類のひとたちにとって、筋肉を褒められるのはとても嬉しい。そんな情報をぼんやりと思い出し赤面してしまう。 「いや、すみません。格好良いモデルさんに出会えて、俺、ほんと幸せっす」 咄嗟にカメラを構え直して早口に言葉を継いだが苦しすぎる。 どうか流してくれ、お願いだから。これじゃあ俺が変態じゃないか。 こんな如何にも若造な俺を、笑って許してくれ、る、よな? レンズ越しの彼は、真っ直ぐこちらを見つめていた。先程までと変わらない。 大人にとっては、もう心底どうでも良い心の動きなのかもしれない。そりゃそうだ。気にしすぎてそれこそ恥ずかしいぞ俺。 ほっとするこちらの胸中を見透かすように、レンズ向こうの顔はにやりと笑った。 「ちょっ」 顔から湯気が出るようだ。 メモリカードにギンの体をたらふく喰わせて「休憩時間」を有意義に使い切る頃、外はすっかり夜だった。 賑わう通りに出て幾つか店を覗き、縦に長い居酒屋に入った。店内の照明は控えめだ。 「辛いの、好きなの?」 不意に尋ねられてどきりとする。いや、ありがたい。さっきから、何を話そうか考えていた。 モツ煮を2人で取り分けた自分の椀には確かにたっぷり七味を振っていた。ギンはそのまま。 「あんみつだなんて素敵過ぎる」 手持ち無沙汰でメニューを触っていると、横から覗き込んで来たギンが目を輝かせた。 「シメですか?」 「ううん、俺、甘党なの。これつまみに飲める」 「…マジすか」 「お仕事、何なんですか?」 「人材育成と研究職と人事と事務と…色々混ぜた感じ。 土日もちょいちょい潰れて手当もあって無いようなもんで、ぶっちゃけ超きついんだけど、結局すげー楽しい系。 毎日100人くらいと笑顔で挨拶すべきだけど俺は適当にしてる系」 「…分かっちゃったかも」 「ああいう掲示板使ってるの、やばいでしょ」 「ふ、言わないですよ。誕生日とかも適当に入れてます?」 「その辺、俺のは本物」 ふうん。 「ギンさんに人材育成、されたかったなあ」 「やめとけやめとけ、俺、超やる気ない育成課だから」 良い兄貴が出来たみたいだ。 嘘かも知れないが、「本当はね」と名字も教えて貰った。 ただどうしても敬称無しでは呼べない。 「春風くんってかもうハルくんで良い?俺もギンって呼んで欲しいな。あと敬語がイヤ」 そんな、フランク過ぎる。自分はどう呼んでもらっても構わないが、年上の人間に対してだなんて出来る気がしない。俺は意外とナイーブなのだ。 別れ際、ギンは「若い友達が出来て嬉しい」と言ってくれた。 友達。そうかそれで良いんだ。 俺も嬉しかった。 翌週、俺たちはまたホテルの同じ部屋にいた。 夏の夕方はいつまで経ってもうす青い。 浴室を覗くと、磨り硝子の向こうで点滅する信号がドロップみたいに見えた。何となく、ちょうど反対側の季節を思い出す。 今日は密かに本番用と呼んでいるフィルムカメラも連れて来た。 部屋に入ってから荷物を置くと、持っていたビニール包みを手渡す。 「坂田さんこれ、お土産。頑張ってくれるモデルさん、休憩時間にどうぞ」 「なあに?って言うかギンで良いって。止めてよ何か距離が。きなこもち?」 「…わらび餅。駅前で売ってたから。甘いもん好きなんだろう」...

September 10, 2016

developer

男の裸を撮ろう、それもとびきりエロいやつ。 毎年大賞を狙っている写真賞に出す作品の、今年度コンセプトが突然決まった。 今年こそはと意気込み過ぎるのが災いして煮詰まってしまい悩んでいた。 それでもじっとしてなど居られなくて、酒に逃げていたのだ。そんな、課題とバイトと酒をループする日々の中での、突然の啓示だった。 繁華街で飲んだくれて帰る中、同じく調度良い塩梅に出来上がった兄さんに抱きつかれ、朝まで飲んで帰ってきたり。一緒に馬鹿をやってくれる存在がいればそれだけで楽しい年頃。 たまに見るような、女が撮った赤裸々めな恋愛写真みたいな感じで。でもそれを男の俺が真面目ヅラして撮っているという可笑しみ。その作品を掲げる自分を、気取った審査員たちが二度見する光景が今から楽しみだ。 設備は学校のものを使えるとしても、印画紙、フィルム、と何かと入り用な貧乏学生のこと。 撮りたい構図も使いたいカメラも、時間帯も、果てはどこのギャラリーでどんなサイズで、全てが見えているのに形にする財力などどこにもない。 俺に裸を撮らせてくれる男が欲しい。野郎同士の出会い系サイトなんてどうだろう?四の五の言ってられない。 早速スマホのブラウザを立ち上げ検索してみると出てくる出てくる。所謂「ネコ」って奴が多いようだ。掘って欲しいってか。撮ってならやれるんだが。撮るだけなら。 はたと思いついた。…綺麗な男を探せば、男役なら出来ないことも無いかもしれない。掲示板を辿って見えてくる実態は、どいつもこいつも目的は驚くほど純粋で、恋の相手を探しているのだった。 これはイケると思った。もし困るようなことになったら、恋人として合わない、と伝えれば良いのだ。 大当たりに好都合じゃねえか。 これまでの乱れ気味の交友関係で培ってきたものも無い事はないので、恋愛関係には少々覚えがある。もちろん女相手に限るが。 それでも純粋に色恋と考えれば、性別など関係ないのではないか? 人間、目的に必死になると新しい物への恐れが無くなるのかも知れない。何故か同性愛への嫌悪感等は考えなかった。 人の良さそうな少年を演じきり、どうしてもと言われたら教えて貰って少しだけサービス。 後は「好きにはなれなかったごめんなさい」、それでいけるんじゃないか? サヨウナラをしても作品に使わせて貰えるような関係性を築けるだろうか、そこが一番重要である。 一晩かけて散々考え抜いたプロフィールがこれだ。 美術系の専門学生、初心者19歳です。 黒髪、細身筋肉質、170センチ。 僕の作品作りのモデル兼、まずはお友達からOKな方いませんか。 本当に初心者なので、あまり期待しないでください。 よろしくお願いします。 春風 この書き込みに対し、びっくりするほどすぐに返事が来た。3件も。 40代会社経営者バツイチ趣味はマウンテンバイク、30代サラリーマン「春風くんジョジョ好き?」、20代言えないくらい真面目系のお仕事してます。 どれも怪しく見えるし疑ったら申し訳ない気もする。 取り敢えず一番若い「真面目系」の彼に返事を送った。 なかなかの男前だが、微妙なドヤ顔のプロフィール写真に笑ってしまった。一言欄には「ギンと呼んでくださいね★」とあった。 約束は、おやつの時間に雑多な繁華街にほど近い駅前で。 北口を出てすぐの一段窪んだ広場。まずは安全な場所から相手をいち早く見付け観察してやろうと早めに来たが、そんな自分こそ、逆に高みの見物で観察されている可能性は充分にある。 正直ここに来て酷く尻込みしていたのだ。 しかし、約束した男は話の通りに目立つ銀髪でそこにいた。 事前のやり取りの中で事情は正直に話した。実は掘るも掘られるも専門外、できるのは撮るだけ。でも必ず美しく残すから作品にさせて欲しい。 それで良いと返してくれた。面白い、と。プロフィールも写真も本物だったようだ。植込みの街路樹を背に、俯き加減で立つ姿は色男に見えた。 二言三言、精一杯の笑顔で挨拶を交わす。 背は180まではいかないだろうががっしりした体つきだ。話すと少しだけ見上げる形になる。 脱色にしては触り心地の良さそうなふわふわした珍しい銀髪、細い銀縁メガネ、ぼんやりしがちな緩い表情、のんびりとした話し方。 面と向き合ってみると妙に親しみの持てる男だった。近くで見ても、良い顔をしている。 「初めまして、これがギンですよ。緊張してる?それは俺だよ、だって見せるんだから」 優しい笑顔の男だ。今日はテスト機だけ、と言っても色々重い。一番大切なカメラは本当に好きな物に使うと決めているから、取り敢えず今日は留守番。 俺の超大作はまだ始まったばかりなのだ。 撮らせて貰うのはこちらだから部屋に招いても良いんだが、と思ったが互いのプライバシーやらを考えると、結局ホテルが妥当だった。 「すぐ始めるの?」 わくわく、と言った様子でいきなり話を始められ尻込みした。 「一旦何か飲んでから行きませんか。はは、俺が、緊張してしまって」 「そうだね、それが良い」 ほっ。 良さそうな服、着てるな。厚手の白いTシャツにベージュの半ズボン、紺色のデッキシューズ。えらく飾り気がないが生地がしっかりしている。 その界隈に関する先入観から予想していたよりずっとシンプルで、それでいて雰囲気のある男だ。言えないけど真面目系、って何の仕事だろう。 「この路線よく使うの?」 ぎこちなくも並んで歩きながら彼の姿を盗み見ているとまた唐突に話しかけられてどぎまぎした。 「あ、いえ、今は引っ越しちゃったんですけど、よく通ってました」 「そ?俺も昔よく遊んでた」 「この辺で遊ぶ所ありますか?」 「あるよお、反対口のスーパーの向こうに玉突き屋、土日の午前中に行くとダーツ投げ放題できて、安いんだよ」 気さくな話し方に安心する。こんな先輩が欲しいと思った。玉突き屋?パチンコのことか? 「いんや、もちっと大きくて重い玉」 ? 「今の若い子には流行んないかな。ビリヤード」 今時そんな遊び本当にする人いるのかと驚いた。確かに自分よりは年上だろうが、このギンという男にだって古い気がする。 昔読んだ古い青春小説の中で、主人公が色んな女たちとビリヤード場に通っていた。暗くて煙草の煙に塗れていて、寂れて、いかがわしいイメージがある。 「…行ってみよっか?」 察しの良い男だ。 「あ、あの、普通の、人たちですよね」 失礼を言っただろうか。ギンは声を上げて笑った。 初めてのビリヤード場は、全然いかがわしくなかった。 むしろ黙々と見事に棒を操り玉を突いている「おひとりさま」なおじさんが何人かと、そこまで上手くもないが上品そうな50代くらいの夫婦が1組、と驚くほど健全に大人の空間だった。...

August 22, 2016

RESERVED

程よい実入りがあったので今夜は一杯、一杯だけね。仕事帰り、ちょっと浮かれてかぶき町を歩く。 店先の「お疲れ様セット1000円」の看板に釣られ逡巡していると、聞き慣れた甘くて低い声に呼び掛けられた。 「銀時?」 振り向けば愛しい隻眼の色男が笑っている。 包帯無しで紺の木綿浴衣、首元から白い襟が覗く。 これじゃあ俺だって分からない。見事に紛れるもんだ。 「一緒に、ど?」 「いや、先約がな…」 くいと手でエア猪口を傾けて見せると、あっさり断られてしまった。少なからず、いや正直かなりのショックを受けた。 この街に居るイコール銀さんに会いに来てくれたものとばかり。 ちぇ、良いさ良いさ、それじゃあな。萎む気持ちを悟られないよう、彼に背を向ける。 すると意外にも嬉しい言葉が追ってきた。 「な。俺の用足し、お前も来いよ」 しかし変な会合に連れ出されるんじゃないだろうな。 怖気づいたが好奇心が勝った。短刀くらいは忍ばせているのだろうが、彼の腰にはいつもの獲物が無い。それなら良いかと大人しく付いて行く。 客引きの声とネオンの光を抜け、かぶき町の賑わいから遠ざかるように歩いた。静かな道が続いて次の街との真ん中に差し掛かる頃、小さなうどん屋に着いた。 周囲にはぽつりぽつりと感じのいい飲み屋に明かりが灯っている。 そして漂ってくる美味しそうな出汁の香り。 とんとんとん。リズミカルな包丁の音が響いていた。 通りに面した作業台はガラス張りで、中ではうどんのおやじと呼ぶにはまだ早い男が生地を切っている。 店内から染み出すオレンジの光が柔らかい。良い店じゃねえか。 「よ」 店主だろうか、うどん切りの男に軽く会釈をし、高杉は当たり前のように暖簾をくぐって行った。 え、待ってよ、常連さんかよ。 面食らったが、一応倣って店主(だよな?)に会釈をしてみた。くしゃりとした笑顔が返される。 高杉の後を追って敷居をまたぐと席は立ち食いのカウンターだけのようだ。 我が万事屋の玄関から応接間までの廊下くらいの奥行きだろうか。大半が仕事帰りらしきサラリーマン、学生風の若い男がちらほら、カップルが1組。それで席は殆んど埋まっていた。 「あの店主な、昔の連れ」 さっさと奥の壁際を陣取り、早く来いと嬉しそうに手招きをする高杉の隣に立つ。 テーブルにもたれかかると、いきなり耳を疑う事を得意そうに囁いてきた。 …ハァ? 聞き返そうとすると、うどんを切っていた男(店主で良いんだな?)が人懐こい笑顔で水を持って来た。 「総督まいど。どうも、お世話になってます、坂田さん」 なんだ。連れって…隊の、ね。 「あつひや2つ」 短く高杉が何か注文した。2つと言うことは俺もそれ?つうか今何て言った?聞き慣れないから、すかしたイケメンが使いやがる通な隠語かと思っちゃうよね。 しかしよく聞くと、単に熱い麺を冷たい出汁に入れてくれ、の意味らしい。 「総督。新作の梅おろし、人気ですけど」 店主が親切に紹介してくれるも、興味は無さそうだ。隠しちゃいるが俺には分かる。幾つになっても好き嫌いの多い男だ。 「…夏らしくて良いな。それさ、良い女がいたらサービスしてやれよ、な。俺は普通が良いんだよ。お前の、普通の味が良い」 何言ってんだこいつ。ぼふ、とケツを手の平で叩くと無言で睨まれた。 「隊の、って昔?いま?」 「昔の、だな。故郷が讃岐でよ、店持ってる親戚んとこで修行してたんだと。話聞いて、まず無事だったで嬉しいだろう、それがこっちで店出すって聞いて祝いに来てみりゃ、これが旨くてな」 へえ…。高杉はまず食より酒だし、少し暑くなると更に食が細くなる。 うどん、ねえ。うどんが旨いって言うか「うどんなら食べられる」ってことなんじゃないのお? かつての仲間とは言え嬉しそうに他所の男を褒められるつまらなさも相まって、俺はまだまだ疑いモードだ。 カウンターの中では若い店員がザルで麺の湯切り中である。あれ、俺たちのだと良いな。 何処からかカタカタと小さな金属音がする。何だと思えば、テーブルの隅に伏せられた灰皿の中からだ。 横の高杉も、灰皿を見つめていた。 手を伸ばしてそっと持ち上げると、何と中からころんとカナブンが現れた。 ブドウひと粒くらいはある。店の灯りに照らされて緑色の背中が艶めいていた。 顔を見合わせ、2人でぷっと吹き出した。 と、カナブンは存外静かにテーブルから飛び立ち、見事に暖簾をくぐって出て行った。 途中から見ていたのか、湯切りの店員と目が合う。 前の客の仕業だろうか。 堪え切れず、今度は3人で笑った。 「はい、お待ちい」 またもや素敵な笑顔で現れる店主とうどん。澄んだ琥珀色の出汁がきらりと光る。 それとは別皿で、彼は得意気に小盛りの鶏天を2つの丼ぶりの間に置いてくれた。 流石にこれは期待せざるを得ない。 一段高いカウンターにはセルフサービスのすりおろししょうが、天かす。俺はどちらもさっくりと匙でひとすくいずつ。高杉は何も入れなかった。 2人並んで箸を割り、「いただきます」と手を合わせた。 うどんを数本すくってすする。 これは。 本当に旨い。 澄んだ汁が、って出汁か、一口飲むと舌の奥にきゅんとくる。 隣を見ると、高杉は無言でうどんを啜っている。こんなに勢い良くものを食べる奴だったろうか。とにかく無心で食べている。 すする、咀嚼、汁を飲む。丼ぶりを置く。また汁。 目線は丼ぶりから離れず、良くても時折ぼおっと壁を見つめるのみ。 すする、汁。また汁。鶏天さくり。さく、もぐ、もぐもぐ、もぐ。汁。...

August 10, 2016