咳止めシロップ
今日も今日とて飲み帰り。 最後までヤバいヤバいと嘆いていた先輩も就職が決まり、今夜はその宴だった。 俺が決まった時もしてくれるんだろうな弟分達よ、そんな事を考え薄っすらブルーになった自分をほんの少し呪う。 明日?朝からバイト?なんてお気の毒。 そんなの知らねえ、銀さん特製ラブリーカクテルをお飲みなさい。 「ビールのキンミヤ割りって、それ割ってないじゃないすか」 気にしない、気にしない。 それでも終電で自分の部屋に辿り着くのが流石でしょう。 そうして無事に帰ってくると、アパート前に見慣れぬ軽自動車が停まっていた。 月に照らされぴかぴか光るそれはきっと新車だろう。どの部屋の誰がバイト代を溜め込んでいたのやら。 もしくは遠恋中の彼氏の訪問、はたまた「酒が抜けるまで居させて」? 何れにせよ腹立たしい。 敷地内に一応禁止の立て看板があるが、幸いウチの大家は大変緩いのだ。 俺らみたいな学生へと言うよりは、セールスの業者向けとかって噂だ。 部屋までの階段は鉄板で、足音が響く。その細かい模様が、ヨーグルトにくっついてくる粒粒の砂糖みたいで嫌いじゃない、と俺は思っている。 予感はしたが、やはり。ドアノブを回すと鍵が開いていた。 「上等じゃねえか」 髪を拭きながらウチの超絶豪華、と言いたいが言えない…小さなバストイレから晋助が顔を出した。 「そりゃ帰って来るっての。いくら丈夫っつっても俺だって飲みすぎると鼻クソニキビ出るからさ。 それ以前に、ぶっちゃけ期待してたよ、こういう流れ。 俺もシャワー浴びてきますからねえ、寝るなよお」 「良いから行け」 回し蹴り?酷くない? そうして湯上がりぴかぴかの俺の目に映った姿は。 「いや、え?スウェットは?」 ねえ何できっちりお洒落してるの。お前の置き寝巻き、あるでしょうが。 良い子は出来るだけ薄着で、お布団で恋人と抱き合う時間だと言うのに。 「これさ、学部の奴から借りたんだ」 狡いからそんな嬉しそうな顔しないで欲しい。指先で揺れるのは、ああ、お前かよ! チャリと鳴った車の鍵、そこにぶら下がるのは、何それ木片?年輪が見えてますけど。 「そういう系の授業で使ったとかって」 「どんな授業だよ…」 「良いから、ギンパもっと乾かして来い」 嫌な予感しかしない。っと、くしゃみ。 「その汚えスウェットでも何でもいいが、上に一枚着ろよ。もう夜はすっかり秋だ」 「嫌だ!」 いやほんと。優しく言われたからって大人しく従うとは思わないで欲しい。 もう布団に入りたいんですよ。高杉枕を抱いて寝て、起きたら朝に、ゆっくりしたいに決まってるでしょうよ。 「銀時、明日ってか今日か、めでたいだろう?」 「だからこそ今夜はゆっくり寝かせて下さい」とは言えず、優しい俺は従ってしまうのである。 暗い駐車場、晋助はトイレだろうか。 光量が落ちているものの、寝ぼけ目にはナビ画面の光が充分に突き刺さる。 アルコールの所為か助手席でぐっすり眠ってしまったようだ。 腕は何処へ行ったのか、自分の物なのに一瞬考えてしまった。 肩を動かすと、ヘッドレスト後ろに伸ばしたままのようだ。これじゃあ攣る。戻そうとするが組んだ手が解けない。 皮膚の感触を辿ると、手首にキツめの布の感触があった。 あいつ。僅かにぞっとする。 たが落ち着いて腕を上に伸ばすと、まずヘッドレストからは簡単に抜けた。目の前に両手を持って来ると、手ぬぐい2枚で縛られている。ヌルいねえ。 そこで思い留まった。お楽しみなら是非お付き合いさせていただきます。 腕はヘッドレスト後ろに戻し、澄まし顔で晋助を待つ。 今の俺は「縛られた可哀想な彼氏くん」なのだ。 割と直ぐ、紙コップ片手に晋助は戻って来た。 ガラス越しに目が合って内心どうしようと思うが、「縛られちゃってどうしよう」だと信じているのか、にんまり笑顔を向けられた。 ドアが開いた瞬間、その手からコーヒーが香る。加えて夜の匂い、涼しい風。 確かにすっかり秋だ。 当たり前のような顔で俺の側、つまり助手席側のドアを開け、人の体に乗り上げてくる。 お前いきなりか。 膝上に圧を掛けられて気付いたが、膝掛けと思っていたのは晋助のパーカーだ。 中に忍び込んでくる手が冷んやりしていて震える。 冷んやり?これは、肌と肌の感触だ。 「…おかえり。うん個室だった訳?」 答えない。鼻で笑いやがったな。 「嬉しいだろ。すぐ出来るぜ」 ボソボソとした呟きとは対照的に目が輝いている。いつ脱がせやがった…いや、実を言うと心当たりはある。 確かに良い夢を見てはいたのだ。何だか忘れたがエロいやつ。森の深緑と、その中でぽつんと四つん這いになった誰かさんの白い太もも。それを眺めながら、俺は妖精ちゃん達に接待されていた。 「幸せそうに撫でられてたぜ」 細まる目に遠くの電灯が反射して、飴玉みたいだと思った。面積が狭くなるのに何でこんなに輝くんだろう。 自分で下半身を露わにする晋助の姿を黙って見つめた。だって縛られているんだもの。そしてとてつもなく狭いんだもの。 こんな所で発情期しちゃって困った子ですよ全く。 窓の向こうを見たが、幸い人の気配は無かった。一体何処のお山なのか、街灯も遠くにぽつりぽつりと申し訳程度に瞬くのみである。...