どえすのみ

大学生パロディ銀高「サーズデイ」シリーズ 銀高誕2017 R18 分かってんのかなあ。 って思っちゃう。 「あ…銀?ど。した?」 リズムが狂っていたらしい。ごめん。 掠れ声で呼ばれて気付いた。 それは随分と頼りなげで、胸がぎゅっとなる。 「可愛い奴めー」 てへ。 そう言う銀時も、自身が最高に可愛く見える(であろう)笑顔を向けてやる。 「?…何が、んぅ、っふ」 口から出ていたかと軽く反省の気持ちだ。 薄く開いた涙目が、俺の心を覗こうとしている。 良かった。 そんな状態じゃ分かりっこない。 「ん…、してる時のは、やっぱ普段は見ない顔だよなあ、って」 「見んな…」 銀さんスマイルはそれなりに功を奏したらしく、特に追求はされずスムーズな再開となる。 代わりにそっぽを向かれてしまった。 うなじの皮膚が上気して赤くなっているのが分かる。 たぶん俺も同じようなもんだけど。 腕で顔を隠されたので、あわわと二の腕を掴んで退けた。 セックス中に名前を呼ばれるのって、最高なんだ。 そりゃそうだよねえと一人合点していたが、どうもそれだけではないと思い始めた。 高杉にとっても、効果抜群らしいのだ。 彼は声を上げたがらない。 一旦出させてしまえば最後、一気に盛り上がるが。 それは自身でも理解しているようで、尚更強情なので時折歯痒く感じる。 銀時、ぎんとき。 人の名を甘い声で呼びながら、どんどん乱れていく様子は凄く、くる。 そんなに俺の名はイイだろうか。 素敵な思い付きに我ながらにやけた。 しかし意識してみると、どうも自惚れではないのでは、と思える節があるのだ。 どうかなあ、ふふ、やっぱそうだよねえ。 ここ暫くのルーチン思考であった。 それも楽しいから悪くは無いが。 ちょっと追求してみよう、と銀時は思うのだ。 「腰おさえんなっ、やあ、っは」 お、効くんだねえ。 もどかしいと見え、狙い通りで嬉しい。 妙な高揚を感じていた。 「痛くないの」 「ない、けど」 へへ、よしよし。 「俺ね、きもちい…」 うっとりしちゃう。 ちょっとのあいだ失礼して。 がっちり腰を押さえたまま、自分の好きなように動いた。 「う、…銀…!」 手は固定で忙しいため、下の身体に重なることで自分の上半身を支えさせて貰う形だ。 こんぐらいじゃ、潰れないよね? 隙間なんてないくらい、みっちりくっつき合う。 そんなつもりでもなかったが、いつの間にやらホールド完了。 「だめ、ね。自分で動いたら。ね?」 「やあ、い、いい、っは、銀、ぁ」 堪らなくなって、声を上げて。 それで俺の名前を呼んで、いっちゃうってのが証明できるんじゃ無いかな、って。 良い感じだ。 近すぎてぼやけている肩口をそっと嘗め上げた。 せっけんの匂い。 溶けかけた、銭湯のデッカいせっけん。 触れ合う肌の暖かさが心地よい。 秋ってのは、油断しているところに突然やってくんだよな。 二時間ほど前は、街外れのラブホ街をぶらぶら見学して歩いていた。 「高えし」 こんなとこわざわざ来なくたって、どっちかの部屋でできるわけだし。 ちょっと入ってやるところ借りるだけで、そんなすんだ、という感覚。 「でもお前、さっきのパネル。SM部屋、気にしてんだろ」...

September 10, 2017

まごこロボ

勝手にロボ編・後 君が先か。 あっさりしたものだった。 置いてけぼりの寂しさを感じ、いったん身体を起こす。 湯、ドライヤー、衣擦れ、戸の開閉。それきり。 俺がさっさと出た方が良かったかなあ。それこそ「兄貴」らしかったんじゃないかしら。 こういう種類の気持ちは、例えばトシなんかは俺の知らないうちにあれこれ経験してるのかなあ。 状況がちょっと違うか。 だって何もしてないもの。 不思議なことに、この部屋には時計が無い。 いま俺は静かな小箱の底に寝そべっている。 とても自由で、帰りたい時に帰れば良くて。 自由すぎるのは少し寂しいな、とふと思った。 「アンタ、それで良いのか?」 昨夜だから、まだ半日も経っていない出来事である。 『男もお気に入りの香水の一つや二つ…』 万事屋の言葉に、後ろめたさを覚えたのは事実だ。 侍はそんな軟弱なことしませーん!って強がってきたけど、興味はあった。 頼れば、優しい部下たちは必死に一緒に考えてくれるんだろうと、何となく想像も出来た。 色気づきやがってと小突きながら、きっと嬉しそうに。 しかし腐っても俺はリーダーだ。 まずは自分で頑張ってみたい訳なのです。 お気に入りってのは、決して段ボールから見付けるものじゃないんだろうけど。 まあ、ありがたい機会ではあった。 青空市を抜けた愛しのあの子の背は、ゆっくり小さくなっていく。 それをぼんやり見送ったあと、懐から小瓶を取り出してみた。 小さすぎて、おもちゃみたいだ。 シュッ、て出来ない。小さな蓋を落としてしまわないように、慎重に慎重に回す。 開けるとすぐ中の液体が見えて驚く。 えっ、こんな感じ?シュッてしないならどうするの? 帰ってトシに聞こうか。…駄目じゃん俺。 知らずにがっくり落ちていた自分の肩に気付き、くそー、と思う。 くそー、くそお。 両手を青空に突き上げ、下ろす。 ついでに肩をぐるぐる回すと何だかすっきりした。 そして、大好きなあの子と向き合うために、今日は俺自身を満たしましょうデーにしようと思い立ったのだ。 行ったのは、バッティングとかつ丼とスーパー銭湯。 なあんだ、と笑わないで欲しい。誰が何と言おうと、俺は満たされたのだから。 自分だけのために使う休みは、久しぶりだった。 あと、香水について。 これは降って湧いた幸運だった。 スーパー銭湯でドライヤーを使っていると、隣に若い兄ちゃんが立った。 俺は腰タオルで先にドライヤー派、兄ちゃんは先に着ちゃう派と見た。 その彼は、懐から丸い小さな陶器を取り出して、ささっと何かした。 おまじないみたいな動き。手首、膝裏? と、ふわんと甘い香りが漂う。 なるほど!「そうやるんだ!」 やべ。 顔を上げた彼と目が合う。 「びっくりした。はは、目にゴミ入っちまった」 嫌そうでもなく、彼は片目をこすりながら笑った。 「あ、えっと、すみません」 「…いや。あんたは好かないか?」 「好かなくないよ!ただ、使い方よく分かんなくてね」 「小瓶なんかなら、蓋開けてこうやって(と言いながら彼はそれらしく手を動かして見せてくれた)押さえて、指に付いた分を肌に置く。ほんの少しずつ」 「へええ。ふうん…なるほど」 「じゃ、な」 俯いたまま低い声で教えてくれた彼は、最後にこっちを見てそっと笑った。 「ど、ども。ありがとう」 ちょっとこっちが照れちゃうような、綺麗な兄ちゃんだった。 ロッカーに戻り、着物を着て、兄ちゃんの教えに従う。 いい匂い。 うふふ、と思った。 一人でお酒なんかも、ちょっとだけ、して帰っちゃう? そして立ち寄った酒場で、奇跡の邂逅が起きる訳である。 こちらでも?ええもちろん。…で通されたカウンター、隣は紺の着流しの男。 席に着くと、甘い香りがふわり。 「スパ銭いたよね?」 こっそり横顔を盗み見るとビンゴ。声を掛けずにはいられなかった。 「その匂い…ぎ、」...

June 12, 2017

箱に下心

勝手にロボ編・前 依頼をスムーズにこなすためにはどうにも人手が足りなかった。 おまけに、埋めるべき穴とは天気の良い日ほど忌み嫌われるポジションだった訳で。 悩んだ挙句、銀時は禁断の手を使ったのだった。 万事屋を出た三人は、イベント会場である近所の公園に向かう。 準備万端、意気揚々。一行の姿は、いつもの万事屋に見えた。社長を名乗るには幾分か若い銀髪の侍、色白の美少女、それと。彼に関しては準備を「施された」が正しいだろう。あれの中身は可哀想なツッコミ少年か。 彼らを知る近所の人々は、笑って手を振り見送った。 中身は可哀想な…本当だろうか? 何と問われれば、道行く人々は着ぐるみと答えるだろう。 しかしこの着ぐるみ、ちょっと珍しいレトロなロボット型だ。 清清しいほどに段ボール箱だけで出来ていて、全体が直線的だ。潰した状態ではなくあくまで「段ボール箱」で全身が表現されている。 頭と思しき部分が一番大きい。それに比べ胴体に使われている段ボール箱は少しだけ小さく見える。手足は細長く、もちろん段ボール箱。 酷く簡単に作れそうだが、実は繋ぎ目の部分の処理が非情に難しいかも知れない。中の人間に求められるバランス感覚は、想像を絶するレベルかも知れない。そこには未知数の闇があるようにも見えた。 どちらにせよ、悪びれもせずに見る者を混乱に引きずり込む、万事屋渾身の作品であることは間違いない。 人々は思うだろう。斬新で間抜けで、どこか愛らしい。 「良いか、何があっても新八だっつって押し通すからな」 「でも被ってるからちょっと大きくても気にならないネ」 「被ってるからね。そうねサイズが…気にならないね、下から見ても。被ってて。ふ、っぶふ、あだっ」 一体何を考えたと言うのだろう。銀時の心に巣食う悪魔に、ささやかな天誅が下ったようだ。 休日の商店街は人が多い。目的地に向け、一行はおしゃべりをしながら進んだ。 ロボットは注目の的だったが、笑いかけてくる人々に手を振ったり「十時からゲンガトイ本日限定オープン!よろしくネ」と軽く宣伝をしたのは銀時と神楽で、本人は無言で歩き続けた。 ごす、ざす、がさ。 彼が歩く度に、素材が掠れ合う音だけはする。 ロボットらしいと言えばそうだ。 そうして三人は今日の仕事場に到着した。 大した報酬は望めないものの、単純に面白そうだったから受けたまでである。 広い公園を会場とし、百以上もの出店が集う。 骨董品(人によってはガラクタ屋だろう)、金継ぎ実演、採れたて野菜、即興似顔絵屋、コーヒー、若旦那の漬物屋…。 『かぶきもの市』 新緑映える季節に如何にも相応しい、和やかな催しだ。 「よお。また作り足したのか」 「おはよう銀の字。可愛いだろう。やあ、お前らも立派なロボット拵えたな。沢山呼び込んでくれよ」 『げんがとい』 黒ペンキで書かれた無骨な立て看板の後ろから、機械工風の男がぬうと立ち上がる。 ばしばしと背中を叩かれ、段ボールロボットは困ったように手を上下させた。 その様子に、近くの出店者の子らが寄ってくる。 物は気になるが店主が怖い。と思ったかは不明だが、どうにも近寄りがたい風情ではあったらしい。 「俺だけじゃあな。お前ら、今日はよろしく頼むぞ」 段ボールロボットは、おっかなびっくり、直方体の手で子どもたちの肩を叩いてみた。 果敢な少年が一人、ロボットの胴体を突付き返す。 ロボットはふざけて、いきなり両手を上げて見せた。 わーっ、と笑い声を上げ、子らは母親たちの店に戻って行った。 「また来るネー!」 「売れても売れなくても、うなぎ串くらいは買ってやる。あっちで見たぞ。確かに冬ものが一番だが、鰻はいつ食っても美味い」 「爺さん太っ腹アル!」 「神楽、ちゃんと持って来ただろうな」 「アイアイサー!」 神楽は、専用のベルトで斜めがけにしていた炊飯器を掲げて見せた。 源外の長机には、手のひらサイズのロボットがからりと並んでいた。 ロボットの背中にはこれまた小さなぜんまい。得意気な源外に促されて神楽がそれを回すと、ミニチュアロボットはぎいぎい言いながら白い手の上で足踏みをした。 「何に使うんだ?」 「最近の奴らは分かってねえな。これだけだから良いんだろうが」 銀時が別の個体を手に取りぜんまいを回すと、こちらはバチッと弾かれたように頭が数センチばかり伸び上がった。 「うおっ」 「それは当たりの卵割り機だ」 「銀ちゃん、これ欲しいアル!」 「そんならこっちはどうだ、ダニ起こし機。枕に当てて連打させると、何匹かは出てくる」 「…微妙アル」 段ボールロボットは、じいっと様子を見つめていた。 丸くくり抜かれた目には濃い色のサングラスのレンズがはめ込まれていて、その奥は窺い知れない。 だが、興味津々で覗き込んでいるように、見えた。 周囲にアナウンスが響き渡る。 『出店者の皆様にお知らせします。間もなく一般開場の時刻となります。笑顔を忘れずに、楽しい市にしましょう。繰り返します、間もなく…』 「俺はヘラヘラ手を振ってれば良いのか。ケムリ休憩は貰えんだろうな」 源外から一番遠い場所に立った段ボールロボットは、くぐもった声を出した。 何やら弱腰だが、ここまで来たらやり遂げて貰うしか選択肢は無い。 げんがとい、の出店位置は会場のちょうど真ん中辺りだ。公園の入り口の方は早速賑わい始めていた。 「ケムリ…そうね」 銀時は段ボールロボットの頭部を顔側にずらし、出来た隙間から手を突っ込む。 大切な回路か何かに傷を付けたら大変だ。指を軽く折り曲げ、そろそろと中身を探る。...

May 28, 2017

ぎん、ときしん

R18 「白夜叉と子供たちに、お土産どうぞでござる」 「これ神楽も好きだし、また子ちゃん喜ぶんじゃない」 船を出るとき、万事屋を出るとき。 何処かで聞いた台詞だと思うことが続いた。 そして気付いた。 俺は、どうやら伝書鳩でもさせられているらしい。 確信を持たせてくれたのは万斉だった。 それはつまり、彼が鳩の遣い手の片方ということである。 「今夜はかぶき町でござるかな」 夕飯は要らない、と伝えて出掛ける間際のことだ。首の動きだけで肯定を伝えると、白い紙袋を持たされた。 「そんなに気を遣わなくて、良いんだぜ」 まさか銀時の機嫌を気にしているのだろうか。お前は何も悪くねえんだぞ。少なくとも俺はそう思っていた。 そんな俺の野暮をよそに、万斉は唇だけで笑うのだった。 「今日、また子と出掛けたついでにな。子供たちもお好きだろう」 子供たち、も。あいつの印象が強過ぎて、人が甘味で喜ぶ度合いが分からなくなるのは頷ける。俺も時々そうだ。 「喜ぶさ。悪いな」 ありがたく受け取ると、心底満足そうな顔。 「お前は優しい奴だ」 サングラスの奥がきらりと光る。 いや、つい。 後悔するも遅かった。 「そうだろう」 さっと伸ばされた手で首筋を撫で上げられ、慌てて身体を引く。 じゃあな。言いながらそそくさと外に出た。 万事屋に着いてから中身を開けると、たっぷりのクリームと季節の果物が乗ったショートケーキが四つ。 子供たちを差し置き、銀時の歓声が一番大きかった。 俺は一口だけ。銀時が殆ど二個食べたことになる。 翌朝「また子ちゃんに」と持たされたのは風呂敷包みで、船に帰って開けると手のひら大の白いまんじゅうが四つ転がり出てきた。 一緒に確認したのは万斉と来島で、後から武市にもやって、残った四つ目はまた来島のものになった。 初めこそ甘いものの遣り取りだったが、いつしかそれに限らなくなった。 流石に毎回ではない。行きだけの日もあれば、逆に帰りだけの日もあった。 白夜叉と子供たちに、と口にするのが万斉。 銀時は必ず、また子ちゃんに、と言うのだった。 船から万事屋へ、今日の定期便は銀杏である。 今回の献上品を選んだのは、他でもないこの俺だ。と言っても貰い物だが。 「堅そうアル」 神楽は不思議そうな顔をした。 小さな白い手の上に乗った殻付きの銀杏。 どちらも同じくらい白くすべすべしていて、溶け合ってしまいそうに見えた。 坂本の差出人名で小包が届いたときは、皆が警戒した。 揺すると中からざらざらと妙な音が響く。しかし近頃は武器を頼んだ覚えもない。 親切で新型を贈ってくれたとも考えられるが、武器が収まる箱としては小さ過ぎる。 武市に桶一杯の水を持って来させ、下がってろ、と幹部以外の隊員は離した。 総督総督と心配してくれる声も嬉しかったが、何でもこの手でやらないと気の済まない性分なもので。 万斉はまな板、来島はフライパン。頭を守れ、の結果に各々が持ち出したのは何故か食堂のものだった。 後になって思えば妙な光景だが、大まじめだったのだ。 かく言う俺の装備は、万斉の予備のサングラスと圧力鍋。 皆が息を呑む中でガムテープを慎重に剥がした。 その中身が、季節外れの銀杏だったのだ。 『取引先から沢山もらいましたのでおすそ分けです。たつま』 同封は紙切れが一枚だけ。 その文章を読み上げると、一呼吸置いて隊員たちの吹き出す声が聞こえた。 「最悪ッス」 来島を除いて。 船の整備用の金槌を数本借りてきて、皆で殻を割るのは楽しかった。 「それじゃ指打つ。貸してみろ」 口うるさいかと我慢していたが、的確に引き金を引く来島の指は唯一無二だ。怪我でもされたら隊にとって大損失であるので、と心で言い訳をした後に声に出した。 「晋助様メッチャ早くないっスか」 「ああ、この繋ぎ目を狙うと一発だ」 言いながら新しい実を割って見せる。 ぱちん、と軽い音。 「さっきまでアタシの方が上手かったのに」 尖らせた唇は無意識か。近頃この娘は素直になった気がする。万斉は本当に素晴らしいプロデューサーらしい。 「年の功だろうな」 金髪頭にそっと手を伸ばし掛け、下ろした。 ほんの少し不機嫌な顔になってしまった彼女越しに、万斉と目が合う。 その生暖かい目をやめろ。 「晋助、拙者にも教えて」...

May 3, 2017

オプショントレーナー

公園で一服。 木製ベンチの、アーチ状の背もたれに沿って空を見上げていた。良い座り心地である。 これからの新しい世が、こんな椅子だらけになるって約束してくれるんなら、喜んで援助でも何でもしたい気分だ。 「ふんふんふーん」 どこかで聞き覚えのある低い声がハミングしている。空耳だろうか。否、きっと大正解。何と言っても、この街は彼の庭なのだ。 素知らぬふりで目を閉じたまま日差しに暖められていると、鼻歌はだんだん近付いてきた。のし、のし、と大きな足音も一緒だ。それがすぐ左隣に来た、と思ったところで、ぴたりと止んでしまう。 ゆっくり目を開けた。目に突き刺さってくる明るい水色、と、木漏れ日。 かつて左目があった場所、その奥底にも暖かな春を感じる気がした。 「ぶふうー」 それも束の間の感動で、視界はすぐに人影で覆われてしまう。人影どころか人そのものである。馴染みすぎてしまった、体温と匂い。 「…本物だよな」 「そっちこそ」 「新手のテロだとおっかねえ」 「銀さんのお、ハイテクサイバー攻撃、っつって」 酒の匂いがしないのを不思議に思った。ついでに血の匂いも無し。満点だ。 「退けよ」 「今ねえナノマシン注入中。もう、お前は俺の言いなり」 「残念だったな銀時、俺は抗体マシン入れてんのさ」 「知ってる?金色の闇ちゃん」 「うちの来島のほうが良いだろう」 覆い被さる身体が退く気配は、ない。話しながらずるずると下がっていくのが気になった。 「着物、ずれる」 互いの腰の獲物が変に引っかかり合っているのが邪魔だ。 「やっと捕まえたと思ったのにさ」 にあ。 小さな鳴き声がした。彼の足元からだ。 「そのまま出掛けるからってさ、今度はお守りなの」 み。にい、に。 「ま、追加請求も、良い感じにいけそうなんだわ」 万事屋として銀時が預かってきた子猫は、籠から出て定春と直接対峙しても全く臆さなかった。 むしろ怯えたのは定春の方だ。猫探しに駆り出されたは良いものの、専ら小回りの効く銀時の足としての活躍に徹したらしい。 はじめは見慣れぬ小さな生き物から距離を置いていたが、神楽の仲介のお陰ですぐ慣れた。 「よおし、よし。ピイちゃん、何か面白いこと覚えないかなア」 慎重に抱く神楽の腕の中で、子猫はチャイナ服の袖に短い爪を立てていた。 「こらあ、私の一張羅アル」 それでも小さな身体を潰してしまうのが心配なのか、神楽は自分の手では引き離せないのだ。全く、なんと目に優しい。 「文鳥みたいな名前付けるんだな」 小さな前脚をそっと布地の引っ掛かりから離し、抱き上げてみた。取らないでヨ、などの文句に内心身構えたが、神楽は何も言わなかった。 柔らかく長い毛をした三毛猫である。ソファに座って両手で脇下から持ち上げ、丸い瞳に目を合わせる。つやつやの煮豆がはまっているみたいだ。 み。小首を傾げ、小さな舌が自分の口周りを舐めた。 ついてきた新八と神楽が、背もたれの後ろから覗き込んでくる。 「神楽ちゃん、もう何号か分からないもんね」 「分かるアル!多分三十号くらい…でもピイちゃんアル。ピイって鳴くから」 「さて。そろそろ支度しねえとな。今日のスケジュール覚えてる人?」 俺は子守りならぬ猫守りだろうか。銀時の言葉に、思わず口元が緩んだ。 「あっ、今日のは行きたいアル。ピイちゃん…」 「う、僕もです」 名残惜しそうだが、神楽は張り切っている、ように見えた。 「じゃ頼んじゃおっかな。ヅラも来るってさ。まかない時間になったら銀さんに電話するように」 「仕事してない奴はだめアル」 「もう銀さんしてきましたあ」 「それもそうですよね、って幾松さん関係ないですけどね」 「でも優しいから普通においでって言ってくれそうアルな」 何だろう。少年少女が進んでやりたい手伝い。 「今日は何の仕事なんだ?」 「ラーメン屋さんです」「終わったらチャーハン食べ放題アル!」 「町内会のプチ打ち上げで、昼から大口らしいのよ」 勤労少年少女を見送ってしまうと、思いがけずあっという間に二人きりの時間が訪れた。 み。 そうか、三にん、か。 「せっかくだから、しとくか」 「猫にも躾するもんなのか」 「多少はね、必要らしいよ」 子猫を抱いたまま、横から銀時に抱かれる。 朝の仕事してきた?本当はまだまだラーメン屋の手伝い、できた訳だ。 「仕事が途切れなくて、景気が良いなあ」 「最近そうなの。春だからな。引っ越しとかはしんどい」 みい。み。 「餌は良いのか」 「銀さんもご飯欲しいもん…」...

March 26, 2017