萌えない

寝起き男子って企画を下らんバラエティ番組でやっていたが、ヅラのはマジで放送事故になるだろうな。 毎朝目覚める度に、恋人の一番不細工な面を拝んでいる俺は可哀想じゃねぇか?しかし案外萎えないこともない。不細工の体温に安心して顔を寄せてキスしてやる。 と、唸りながらカサカサの目が閉じられて一旦一応の美男子の寝顔。口元をモゴモゴさせながら俺を横抱きにして、あぁ二度寝しやがった。くく…可愛い奴。と萌えていると段々とまた目が開いてしまう。クローズからのオープンは…やっぱり気持ちワリィわ、くく。

December 18, 2016

蜜もほろ苦

朝食後、桂が満面の笑みで冷蔵庫から取り出したのは水羊羹だった。 丁寧に菱形に切り取られ、つやつやしている。 甘味は苦手な高杉にもそれは魅力的に見えた。 「木戸先生すごい。…コーヒーゼリー?」 確かに子には早かろう。 「いつの間に。…銀時なら飛び上がって喜ぶな」 その通り。折角来てやったんだから、それは銀さんに寄越しなさいよ。 いや飛び上がんねえけど。 垣根の向こうに潜む怪しい影に気付く家人はまだ居ない。 彼の頭髪はいくつになっても変わらない銀髪だ。 噂には聞いていたがこの目で認めてしまうとやはりショックだった。 ふうん。へえ。ガキをこねくり回すの楽しそうだなオイ、随分しっかりした坊主じゃねえか可愛くねえ。 手土産、喜ぶだろうか? 母親宜しく笑顔を向けてくる桂の気持ちを無下にも出来まい。 何より、子を隣にして人の好意を断るのも如何なものか。 高杉はいただきますと手を合わせ、粋に添えられた黒文字で小さく切り分け口にした。 「ふうん。良い味だ」 本心だった。 「良かろう、俺の料理は一級品だ」 隣の高杉の様子を伺った後、フクも真面目顔で「いただきます」と手を付ける。 「美味しい。香ばしいって言うか。黒糖ですか?」 「よく知ってるな」 「ん…昔、食べましたから」 ああ。昔、とは恐らく生父母との思い出だ。 「そうか」 何と言葉を掛けるか迷ったが、頷くだけにしておいた。 子の表情は落ち着いている。胸を撫で下ろしたのに気付かなければ良い、と高杉は願う。 桂はそんな2人の姿が愛しかった。 この屋敷を訪れた回数はまだ片手で足りるが、既に勝手知ったる、だ。 いそいそと持参の茶道具を取り出すと親子は興味津々である。 昨夜と同じく囲炉裏で沸かした湯を使い、手前を披露した。 フクが物珍しそうに桂の手元を覗き込む。 「何です?シャカシャカ!」 何が面白いのだろうか。 早い早い、と笑い転げる子を「うるせえ」とむんずと掴みそうになって、高杉は手を引っ込めた。 初めて、か。 きっと多くの物を見るのは良い事だ。 沢山見せて、笑わせて、学ばせたいと、温かい気持ちになった。 「スピードが命だ。少しでも遅いと黒い茶が出来てしまう」 生真面目な顔を崩さないものだから、桂の冗談はたちが悪い。 「…親子揃って騙せると思うな」 「えっ」 茶碗から顔を離し見上げてくるフクの肩を抱き寄せた。 「澄ました顔して此奴が一等の悪童だったんだ。俺なんぞ、毎回被害者だったんだ」 「何を言う。失礼しちゃうわ、んもう!」 父様、ひがいしゃって何でしたっけ。 聞きたいのをフクは堪えた。2人が笑顔だったからだ。 こっそり大人たちの様子を眺め、ああまただ、と思う。 木戸先生はやさしい。 偉そうに見えるけど、父様は、何だろう、木戸先生に甘えている。 『僕はいつも、2人は仲良しだなあと思っています。』 そう作文に書きかけ、止めた。 もう少しだけ僕が子供の頃にこの家の子になってたら書いただろうな。 たまに、どんな大人になりたいか、なんて聞かれるけれど子供にとっては甚だ迷惑な話。以前、友と話した。 ほんとほんと。真面目に答えたって、大人から返される言葉は大抵つまらない。 友の手前そんな風に話を合わせたが、実を言うとその妄想は楽しい。 静かな屋敷を訪ねてくる桂、それを出迎える高杉。 まず大人ってのはあまり喋らない。その癖フクが知らないうちに2人だけの秘密、決まりごとが沢山あるようで時々いらいらする。 よく喋る大人だって沢山いるが、因みにそれは女の大人同士に多い気がするが、やはりフクにとって「大人」というのは桂と高杉だった。 この家の子になってひと月も経たない頃だ。 まだただの生徒だった時分、この屋敷を訪ねて来たところを見ていたので、彼の姿は覚えていた。 結った長い髪、姿勢の良い後ろ姿。少し怖い存在だった。 目が合って頭を下げると、腕を組んだまま無言でほんの少しだけ頭を下げ返してくる。 顔を上げても無言、無表情。 おおよそ子供に対する態度ではなかった。 おお、と隣に住む怖い爺さんだって一言は返してくるのに。 あのくそ爺。 あったあった、そのへん俺も騙されたやつな。 今や胡座で居座る男も、高杉らの会話にひとり頷いていた。 それにしても。...

December 18, 2016

厄にまみれて理想郷

お前の様に剥きたてを拵えるのが出来ないから、瑞々しいものを持って行こう。 屋敷に届いた木箱を開けると、行儀良く並んだ桃の柔らかな輪郭。 二つ失敬して古紙で包み、紙袋に大切にしまって友人の家を訪ねる。 「ヅラァ!美味いもん貰った。剥いてくれ!」 廊下の奥に呼びかけると、小さな影がたすき掛けを外しつつ廊下の奥からやって来る。 「手の掛かる」 「立派な桃だぜ」 その後頭部で揺れる尻尾に触りたい。 「なあ、首や手がチクチクするんだ」 「桃の毛だな。手を洗おう」 受け取った紙袋は予想したより重かった。さぞかし立派な桃だろう。 寄り道するも思った以上の暑さに弱ったか。小さな編笠を外すと乱れた前髪と湿った額。 「暑いな」 ふふ、笑ってみせても無理しているのは分かっているぞ。ちょうど掃除も終わったところだ。 「浅く水風呂でも溜めようか」 「それだとお前が大変だ」 何だって? 「小川に行かねえか。網に入れて桃も冷やそうぜ」 そうして連れ立って家を出た。向かったのはふしぎ沼へ向かう途中の浅いせせらぎ。 よく考えると、この水は沼と繋がっているのかも知れない。方向からするに沼から流れ出ている筈だが、それだと沼には更に上流があるに違いない。 小川に水を流し続けるには、沼にだってまた水が必要だ。しかし沼はやはり沼で、何処から水が注ぎ込まれているのやら。 やっぱりふしぎ沼だ。 足を浸すと良い気持ち。 桂家から持ち出した竹籠に桃を並べる。流されない様に一抱えもある石で網を挟み、流れに浸した。 水に揺らぐ桃に、小さな妹たちの昼寝姿を覗き見る時の心地がした。 「もう冷えた?」 「せっかちを直せと何度言えば分かるんだ」 その続きは分かっていた。 「良い子にしていればもうすぐだ」 とは言えそう早く冷えるものか、と桂は思っていた。ああほら、良い着物が。 「脱いでしまえ。また喧嘩かと叱られるぞ」 不満そうだったが、自分の足元を見下ろしてから納得したようで、高杉は水から上がった。 「お前だけだから、泳いでも良いよな」 止めてもどうせ飛び込む気だろう。 桂は腕組みをして笑って見せた。 可愛らしい褌一丁になると、まだ夏も初めだからその肌は白いまま。 何故かサワガニの身を思い出して、桂はむしゃぶりつきたくなった。 「お前、それが濡れたらどうやって帰るんだ」 ノーパン、いやノーフンか。 呆れていると「冷えてるぜ!」と嬉しそうな声。 いや俺は。 言いかけるも、不服そうな顔に気付き口を噤んだ。 「よし」 こちらがぼんやりしている内に、褌も解いてしまった姿に少々面食らう。 「少しだけ、良いだろ」 歯を見せて笑い一度こちらを振り返ると、素っ裸で小川の流れに逆らいざぶざぶ進んで行く。 「間抜けな格好で。虫に刺されるぞ」 如何にも心配する兄貴分の声を出してみたが、本当は困るのだ。 その体に自分の素肌を寄り添わせ、撫でてみたいような気持ちになるから。 しかし「痛って、小石」等と呟きながら大股で歩く姿を見ると追わずに居られない。 せせらぎの音を聞くよりも、草の香りをおぼえた時に何故か、如何にも水が気持ち良さそうに感じた。 「待てと言うに」 言いながら自分も袴と着物を脱ぐ。濡れるだろうかと躊躇したが、屋敷に帰ったら洗って干せば良いだけなのだ。 やはり俺は晋助ほど自由にはなれないな。 ひとり苦笑し、桂は褌だけ残して水に入った。 こうして子供達がよく遊ぶので、小川のへりには丁度良く段々が出来ている。 草が踏み倒されて絨毯みたいだ、と桂は思っていた。 石垣にぽつぽつ並ぶどくだみの白い花が爽やかだ。 水に入るまでが、草花の生気と小川から蒸発する水で暑く感じた。 船を抜けるのに手間取ってしまった。 若い奴らに任せた結果、今夜は慣れない舶来ものを食わされたのだ。 脂ぎっていて旨くも何とも無い、と思ったが万斉とまた子が嬉しそうで文句も言えず。 既の所で口の中のさまざまを飲み込んだ。 外に出たら出たで今度はキセルの葉を忘れたことに気付く。 我慢出来ずにタバコを吸ってしまって、ちょっとした厄日だ。 キセルはまだ許すがタバコは好かん。そう言われているのだ。 さっさと風呂で匂いを落とそうか。いや出迎えも捨てがたい。 悩むのも馬鹿らしくなり、そうして高杉は縁側で静かに往来の声を聞いていた。 待ちぼうけに文句が幾つか溜まる頃。 月明かりから身を隠すようにして、裏庭の茂みをがさごそ言わせながら待ち人がやっと現れた。...

December 14, 2016

星沈む

同棲し始めて初めての夏、いきなり良いことを知った。 アパートの裏を流れる川、その向いに居並ぶマンションの隙間から丁度良く花火が見えるのだ。 もう夜だと言うのにそこかしこで蝉が鳴いている。 桂の好みで、ここ最近の夕食は5日連続して蕎麦だった。流石に少々うんざりである。 てっきり倹約もしくは健康が、等と言い出すとばかり思っていたのに、好物だからと言われると閉口するしかない。 「俺はそこそこ本気だが。蕎麦と高杉が食えれば良いのだ。あとは時々カレーだな、あっ、あとんまい棒と、カニと。そんな所だ」 止めろよ笑うだろうが。 しかし限界は近い。俺は肉が食いたい。 一応、食い盛りの男子だぞ。 そうして今夜もまた鍋に水を張る桂の手を、どう止めようか考えていた。俺も料理を覚えると言っているのに、いつまで経っても小さなキッチンは桂の城なのだ。 旨いのは否定できないが、往々にして田舎のばあちゃんの料理みたいな渋い料理。今時こんな男子学生はちょっと珍しい。 今日は俺がする。 鼻歌を歌いながら鍋を火にかける背に向けて宣言した。 「気にするな、俺はこういうのが好きなんだ。 そうだな、暇なら洗濯物を頼んだ」 そういう事ではない。違う、違うんだ。 …ヅラ。俺、もう少し、適当なので良いんだ。 頑張れば出来るから、1回俺にやらせてくれよ。 「どうした。…分かった俺が悪かった、一緒にやってみよう、な」 蛍光灯の明るい光の下で言われると益々情け無く、急に遣る瀬無く感じてしまう。 ヅラ、あのさあ。 どぉーん。…ぱらぱらぱら。 言い淀んでいたら、窓の外から夏の音が流れ込んで来た。 急いで小さなベランダに続く出窓を開けると、紺色の空に金の尻尾が吸い込まれて行くところだった。 ヅラ!花火! 一度部屋の中に戻ると、桂は「ほぉ」と感心した声を上げて火を止めた。その手には投げ入れる直前の蕎麦。しめた。 冷蔵庫から急いで缶ビールを2本取り出し、桂に1本押し付け自分もプルタブを開けて再びベランダに出る。 二段階に尾を引いて火花がジャンプして行くところだ。いつ何処で花火大会かなんてノーマークだった。 川に映る煌めきが揺れている。 そうそう大層な物でも無いが、20分ほど花火は上がり続け、のんびりと自分の部屋から、ビールと共に眺める風物詩はやはり最高だった。 部屋に戻るとハーフパンツから出た足が痒い。 ふくらはぎ、膝上、上って内股、それぞれポツリと刺し跡が。これもある意味風物詩。 掻きながら桂を見遣るとどうやら無傷である。隣で見ていたのに。 何でいつも俺ばかり刺されるんだか。 さて、と桂が湯を沸かそうとしたので慌てて腰に抱きついた。 焼き鳥が食いてえ。スーパー行こうぜ。 桂は少し笑った。 久しぶりに酒屋みたいな夕食の後、風呂に入って布団に寝転ぶ。 桂のお陰でテレビを見る時間が減り、すぐ本を手にする習慣が付いた。 するかしないか、特に確認もしないが何となく流れは決まる。桂は分かってくれる。 後から布団にやって来た桂は、うつ伏せで本を読んでいた俺の背にそっと覆い被さってくる。そうしてTシャツの裾から脇腹を撫で上げるのだ。 「随分腫れたな」 裸に剥いた俺の身体を点検しながら、後ろで桂が呟いた。 洗いたての乾いたシーツがさらさらして気持ち良い。これは引越しの時に桂が持って来たやつ。元はしっかりした生地だったろうが、洗いすぎて少しざらざらしている。 確かに内股の虫刺されが熱を持っていた。 別に、放っておいても気付けば引いているものだ。 だがそこは流石の丁寧男子、ほらな。 「これじゃあ痛いくらいだろう」 冷蔵庫から、塗り薬と、アイスを買った時に貰った保冷剤を持って布団に戻ってきた。 俺の腰を掴み上げ、中にきちんと入れるために太ももを開かせる桂のほっそりした手。 それが合間に虫刺されの腫れをかすって、むずむずした。 のんびり濡らして解された穴が焦れている。 早く。腰を上げて見せたがまだくれない。 尾てい骨にぬるりと舌を当てられ驚いた。震える俺の股関節を抑えて、そのまま優しく背骨を舐め上げられた。これは初めてされる。 「んっ。やっ、ヅラ、それダメ、あ」 妙に感じた。 俺の背中を吸ったり舐めたりしながら、やっと桂は中にくれた。 ぴったり収めたらあまり動かない。これじゃあまた欲求不満だ。 堪らず自分で腰を前後に振ったら、太股の虫刺されを手の甲で撫でられぞわりとした。んん。 ああ、掻きたい、一気に痒い。 だがやり過ぎると内出血になると知っている。 んだよ、動くなってんなら、早く。しろよっ、ヅラっ。 「いや、俺は動かん。 ハイ締めてー…ん、良いねえ。 そのまま水平移動、腰を前後に、ああ、良い」 大人しく聞く俺も俺だが。何の検診だか。 我に帰るとイラっとして、足の指で桂のふくらはぎを抓ってやった。 「てっ」 小さく反応する声に満足していると、触れるか触れないかの瀬戸際で、虫刺されを指先でかりかりと刺激された。そこから身体の奥に火が付くように思った。 そこも腫れているけれど。前、前を掻いて欲しいのに。仕方ないから自分で自分のモノを擦った。...

August 27, 2016

暑さ寒さも

昔の様に上手くいくと思ったら大間違いだ。 今夜は乗ってやる。俺がお前に、乗るんだ。 意気込んで隠れ家にやって来たのに桂は一向に帰って来ない。 風呂を使っても、一服どころか何回燻らせても、果ては床に就いても。 終いに待ちくたびれ、本を手にしたまま夢の中に沈んでいた。 月が空高く登る夜半、家主はやっと戻った。 戸が開く気配と同時に枕元の火が消えた。 しゅるり、とさ、と衣擦れの音が浅い夢に響いてくる。けれども体はとろりと眠りに浸かったままで動けなかった。 目を開けた、つもりだったが見えた物がどこまで現実か、どうも自信がない。 暗い部屋に差し込む月明かりが、不思議と隅々まで満ち足りていた。 見慣れた長髪を揺らし、桂の影そのものも左右に揺れる。夜風に吹かれる陽気な柳みたいだ。 常の役割とは逆で、飲んできたのか珍しく口許が嬉しそうだ。 か細い声で何か歌を口ずさんでいる。 懐かしい歌だ。こんなに優しい声をしているのに普段は馬鹿ばかりで勿体無い。 もっと聞いていたいのに、次第に歌声は小さく暗闇に消えていく。せめて何の歌だったか確かめたいが、どうにも思い出せなかった。それも仕方ないのだ、殆ど夢の中なのだから。 覚めたら桂に聞こう。 そうして遅えじゃねえかと甘えて抗議して、胸や指に鼻先を擦り付けて、それから乗れば良い。 踊るように枕元に寄って来ると、陽気な酔い柳は膝をついた。 相手にするのを億劫にも思ったが、相変わらず楽しげな口許につられ思わず笑んだ。 珍しいな、声を掛けて白い頬を触りたかったが不思議と腕は全く動かない。 反して相手の手こそがこちらの目元に優しく置かれた。 瞼にかかる重みに、また意識が闇に沈む気がした。一度浮かされたその手は前髪越しに額をゆっくり撫で、また瞼をそっと押さえる。 着物の袖から白檀が強く香った。 帰って来てから桂が小窓をもう1つ開けたのだろうか、吹き入れる夜風が涼しい。 暑さ寒さも彼岸まで。 松陽先生の言葉を真似ては、毎年強い日差しに文句を垂れる自分を宥めてくれたことを思い出す。 そう言えば8月ももう半ばだ…。 深く息を吐くと、更にひっそりと桂の手に力が込められた。 その先は、もう闇だった。先程の月明かりが白昼の光だったかと思う程に、真っ暗だった。 いよいよ眠りに落ちようかという時、また小さな衣擦れを聞いた。 かさかさ、しゅる、さら。耳許に様々な音が流れ込んできた。一度に沢山の無機物が擦れ合うようで、気が遠くなる。 みんなを、頼みますよ。 はっとして飛び起きた。 酷い寝汗で、敷布団にも湿気が篭もっている。 長い髪は、確かに黒かったか。 置かれた手は、時に睦み合う手と同じだったか。 歌う唇は、ふざけたり訓示を垂れたり己を愛したりと忙しない、いつものそれであったか。 師の亡骸を葬ったのも、こんな夜ではなかったか。 あの日の暗い竹林の、ざあ、という騒めきが耳に蘇った。 胸の音がうるさい。枕元の火は眠りに落ちる前にどうにか自分で消したではないか。 布団の上に上体だけ起こし、流れるままに涙を落とした。 暫くのあいだ浅い息を吐いていると、今度こそ待ち侘びた家主が戻ったのだった。 「無用心がっ、過ぎるじゃない、んもう!」 勢い良く後ろ手で戸を閉めながら、母親のように顔を顰めていた。 濃い化粧で元来の美しさを下手に隠し、女物の着物を完全に着こなしている。 戸は、確かに内鍵を掛けたのに。 やれまた無断で上がり込みおって、だの来るなら俺のコンディションを考えて日を選べだの、ぶつくさ言いながら部屋に入ってくる姿が、急激に愛おしく感じた。 今度は体がきちんと動く。立ち上がり、髪飾りを外す途中の桂を横から抱き締めた。 「急に何だと言うんだ。寂しかったのか」 無言で首に頬を摺り寄せる。夜の街の匂い。 「俺は疲れたぞ。可愛い何処ぞの獣が背中を流してくれれば元気が出るかも知れんが」 戸惑いながらも桂は背中を撫でてくれた。 「…俺が上な」 背中の手は素早く頭上に移動し、軽い拳骨に変わった。 背中を流せば頑張ると聞いたが、どちらの役目でかについては、桂の口から出ていない。 望みを捨てずに、至って前向きに一緒に入浴した後に並んで布団に横になった。 「なぁ、先生の墓参り行こうぜ」 「お前にしては良い事を言う。行こうか。 そろそろ銀時を誘えば良かろうに」 それが出来れば苦労はしない。 「ヅラぁ、銀時にゃ優しくしてやってくれ」 お前も銀時も、困った時にゃ俺が行くからよ、とは言わない。 「…ようやっと俺の荷が降りる日が来たのか。その内、店に来てみるか?夜の街は好きだろう。 早く仲良くしろ、俺の気苦労も相当なものだぞ」 「フン。電波の世話役を押し付けた、せめてもの償いさ。とにかく、今日は俺が上な」 「これだから嫌いなのだ。 それに。良いか、ヅラじゃない桂だ。 因みにな、お前は今夜も下だからな」

August 15, 2016